横浜俳話会大賞(過去の受賞作品)
一 年 大輪 靖宏(輪)
老友の筆の強さよ初便り
水底に陽の輝きて春の川
古青磁の澄みたる色ぞ春の色
野も山も生命に満ちて風薫る
老鶯の声透き通る谷の寺
海辺駅列車待ちつつ月を待つ
露の世をともかくも生き今日暮るる
年新た 今村 千年(末黒野)
禅寺のとよもす鐘や淑気満つ
眠た気な猫に御慶申しけり
息災をひとりひとりに雑煮膳
真ん中に猫も加はり初写真
梯子乗みなとみらいへ手足伸べ
鳶は舞ひ綾竹舞ひぬちやつきらこ
頑に有季定型去年今年
静岡おでん 青島 哲夫(青岬)
おでん屋の女将の指に絆創膏
おでん鍋ぐつぐつ煮えて迷ひ箸
竹串の林立したりおでん鍋
ふる里のB級グルメてふおでん
竹串を楊枝がわりにおでん酒
おでん酒背もたれのなき屋台椅子
おでん食ぶ自己申告の串の数
無題 阿部 文彦(無所属)
沖をゆく船も染めたり初茜
日溜りへ雀舞い来る小正月
椅子三つ並べ卒業式終える
病室のベットは四つ夏の月
一つ散りひとつ膨らむ夏椿
独り居の玻璃戸を叩く秋簾
汽車降りて別の空あり鰯雲
溽 暑 大本 尚(あすか)
春立つも眠りの深きもの数多
青き踏む歩ける今を歩きけり
手枕の畳に夏のきてをりぬ
貝風鈴風を呼び込む島の路地
カラメルを煮詰めたやうな溽暑かな
虚貝踏めば遥かな秋の声
冬銀河忘れたきこと夢に見る
今日一日 岩田 信(無所属)
荒野には冬の足跡樹に微熱
やすらかな朝を映している植田
ひたむきに生きてきました羽抜鶏
ぎっしりと空をつめこむ青田かな
針刺すと血が抜けていく凌霄花
稲刈られ村は眠りの色になり
労働の重み噛みしむ今年米
四季折々 相 道生(無所属)
咲くものに枯れゆくものに春の雨
ばつさりと切れば水吐く新キャベツ
画用紙をはみ出す未来子どもの日
一坪の墓がふるさと麦の秋
敗戦忌砂落ち尽くす砂時計
旋盤の鉄屑の青寒波来る
しがらみを断ち切る火花飾焚く
梅の花 大高 芳子(蛮)
弥陀仏を彫りし一刀寒の水
マニキュアを落とし袱紗の初稽古
去る町の人のやさしさ梅の花
江ノ電の踏切の音夏終はる
空家の隣も空地地虫鳴く
ちやつきらこさざ波立つる船溜り
冬ざれや荒磯に立つる波しぶき
大根煮る 江田 ゆう(青岬)
小さき嘘重ねし看取り桜蘂降る
心地よき微風を知らぬ水中花
ピリオドの打てる会話やかき氷
八月は躓きながらやつて来る
晩年のほどよき色に大根煮る
好まざる世情を分つ白障子
素数だけはみ出す孤独懐炉抱く
無 題 大竹 鎌美(無所属)
冬夕焼富士を墨絵に浮き立てり
仏具みがく老の一途の年忘れ
むつみける庭賑はす福寿草
風紋に鳥の足あと風ひかる
小正月となり之猫の鈴なりぬ
ふっくらと南瓜煮上り人を待つ
流木に波とどかざる小春昼
合歓の花 麻実 洋子(青岬)
若菜摘む皺の手にある平和かな
真つ当に生きしも胡瓜曲がりをり
親の役生きてる限り合歓の花
国境無き宙の沈黙星流る
夫癒えよ耕しのもう目の前に
思ひ切りノーと言へた日とろろ汁
あんみつを運ぶロボット悲しげに
一 滴 勝又 民樹(無所属)
マネキンの小指に持たすサングラス
仏壇の花に蟻ゐる沖縄忌
糸締める汗は肘から畳職
掬ふたび雲を揺らして草清水
滴りのつぎの一滴見て去りぬ
全員にスイッチ入る阿波踊
草に木に音置いてゆく秋時雨
渡し船 池田 恵美子(あかざ)
新旧の撫牛のをり梅日和
若大将の映画観てゐる春炬燵
本籍の遠きままなり巣立鳥
空缶の転がつてゐる木下闇
猫走る袋小路や宵祭
鎌倉湖に彩を添へたる櫨もみぢ
冬うらら自転車と乗る渡し船
籐 枕 江原 玲子(無所属)
逃水のここが限界反戦歌
海鳴りの耳底にあり籐枕
抜け道の通行禁止梅雨鴉
赤ベコの首振らせつつ生ビール
どんぐりの帽子がとれて無礼講
欲いまだ助走中なり冬紅葉
おでん鍋湯気にまじりてつい本音
力 瘤 大関 洋(谺)
老松に力瘤あり年立てり
大榾の半分ほどが火となりぬ
池に来て行きどころ無き芝火かな
地球儀の北半球に春の塵
ペンギンは水の中なる大暑かな
良夜なり松には松の影ありて
声あらば叫んでをらむいぼむしり
岬回り 小野 元夫(百鳥)
早や秋の岬回りのバスの揺れ
梨の皮ひと帯に剥き母となる
冬の虹福音のごと孫生まる
栗落ちてただの林になつてゐる
灯台に叛きし椿から落ちよ
母もその母も揺らせり吊り雛
佐保姫と同宿の嶺暮れかかる
春日傘 金澤 一水(輪)
また一つ音を違えて椿落つ
花冷えのモカの香溢る日曜日
羞ひを会釈にたたむ春日傘
黒揚羽影一頭の重さあり
椅子二つ間合ひ正しく秋澄めり
枯菊の火中に誇る栄華の日
買ひたての靴の子軽く蹴る落葉
母の階 井上ミヤコ(あかざ)
万象の丸みを帯びし冬景色
福寿草久しき母とオンライン
映像の母の手招き冬温し
天寿てふ母の階六花舞ふ
お揃ひのチュチュにほんのり桜咲く
潮騒やコキアの丘の赤とんぼ
星流るちちははの家終ひけり
春 野 飯高 孝子(さへづり)
たつぷり遊びし子ら去る夕春野
梅の香や茶店ベンチの串団子
望まれて満ち咲く桜通院路
伝聞の曾祖母酒豪春の宵
春キャベツ今日の光も巻き込ませ
北窓を開けて春風通る道
春暁の富士は紫構へかな
靴 音 家田 あつ子(谺)
涼新た白磁の壺に何も活けず
空の色乗せて零るる芋の露
流星の果てたる山に明日登る
胸元の殊に綺麗な菊人形
枯木山より透き通る鳥の声
川流れゆく水鳥を留め置き
月冴ゆる靴音のなほ冴ゆるなり
花 樗 鵜飼 教子(あかざ)
古民家の土間に掃かれし余寒かな
御朱印の墨のしめりや朴の花
花樗旅のはなしの無尽蔵
コテージの寝入る子に添ふ夜涼かな
安らぎの大地を願ふ虫の夜
無住寺や木の実の落つる音かすか
大寒や火の穂小さく豆を煮る
初 心 荒川 杢蔵(無所属)
水仙のかをりのほどの今日の幸
調律師探りあてたる春の音
まんさくの咲いて田んぼの初仕事
鮎釣の我慢の竿のしなやかさ
渋柿を世に送り出す手間一ツ
達磨忌や父の達磨図父に似る
薄ごほり割つてさびしき顔に逢ふ
袖 袂 岡田 史女(末黒野)
夫婦して百七十歳明の春
放水の秀のきそひけり出初式
吹かれゆく成人の日の袖袂
指先のこはばる日なり霜の声
日当りし橋の袂や鴨の陣
起き抜けに飲む大寒の水旨し
醒めやすき二度寝の夢や寒の雨
臥竜梅 加賀田せん翠(無所属)
初つばめ一番好きなシャツを着て
落ちながら滝は水へと力抜く
妻の名はもう忘れたか石蕗の花
名月や明日はハッキリノーと言う
指笛は島の恋唄鳥渡る
声のする方によく咲く臥竜梅
木枯や母は一日探しもの
ふきのたう 太田 幸緒(無所属)
はろばろとたどりし八十路ふきのたう
クルーズの柔い汽笛や春の宵
機の眼下湧きしあまたの雲の峰
瀨の音を聞きつつ鮎の味を利く
日溜りや親子繕ふ鰯網
ひぐらしの声しみ入るや森の闇
湯ざめしてなほまとまらぬ返書かな
ネオン 梅津 大八(谺)
梅咲いて特に主張はなかりけり
横浜俳話会七〇年滴れる
おし黙る最後の一つ庭花火
九条のありてビールを飲んでをり
コーヒーよと妻が呼ぶ朝原爆忌
すぐ先を行く兄見えず雪降り降る
文字が文字押し出すネオン冬の雨
秋 冷 太田 土男(草笛・百鳥)
亡き人に時の過ぎゆく花すすき
蛇笏忌の山に入れば山の音
吾亦紅言葉飾らぬことにせり
秋冷や牛の引きたる涎にも
風にさへ切つ先のある厄日かな
ニッポニア・ニッポンのとぶ豊の秋
動物の末裔にヒト冬銀河
古 巣 大関 司 (谺)
落つるなら日溜りの中朴落葉
降り頻る雪にスクラム動き出す
夕暮れの迫つて来たる古巣かな
顔よりも大きグローブ子供の日
青春の日から戻りし昼寝覚
白木槿母がひとりで住みし家
健やかに老いて今宵のとろろ汁
転 生 安部 衣世(航)
春うらら土竜の穴に耳を寄す
里山は何はともあれ抱卵期
手の内にジョーカー来たり桜桃忌
冬銀河五坪の小屋は夢を編む
枯木立沼にみ空の深さあり
引つ越しは自分探しや氷面鏡
ひとときの転生ありや花吹雪
薄紅葉 片倉 幸恵(花林)
春兆す樹幹に満つる水の音
トトトントン薺若葉の三分粥
漆掻きの幹に傷跡冬ざるる
薫風や地球丸ごと脱皮して
あの時の空腹癒し甘藷蔓
五人囃今宵の曲はブラームス
子育ては急ぐことなし薄紅葉
浜どんど 大木 典子(あすか)
火を育て炎なだむる浜どんど
和布干す浜に媼の通る声
源流の始まりはここ苔の花
震災を知りたる蝉のまた一声
夕涼や吹けばビードロ異国めく
土踏まず枯野の温み持ち帰る
平凡を良しとす生活玉子酒
犬の影 小川 竜胆(雅楽谷)
犬は尾を猫は首振りうららけし
囀や波紋は空へかぎりなし
どつしりと団扇の上に黒き猫
まれて赤蜻蛉より西瓜の香
地球一周できさうな鵙日和
絡み合ふことを嫌ひて穴惑ひ
後ずさりする狼に犬の影
寒 造 木関 偕楽(谺)
小鳥来る移動図書館に子ら群るる
山里に水車の響き走り蕎麦
白濁の湯槽縁取る草紅葉
終バスを見送る野辺や虫すだく
気動車の始発の蒸気今朝の冬
杣小屋の厳かなりし斧仕舞
世界遺産女杜氏の寒造
御 降 伊藤 眠(雲)
ものの芽を数へ戦のなき国へ
娘の老いを母は知らずや母の日来
一鵜きて己が翳りに紛れたり
濁酒ざらりと荒き猪口の肌
白寿なほ終章ならず櫨もみぢ
寒北斗掬ふものなき濁世てふ
御降のふとおそろしき能登の海
初日の出 今吉 正枝(無所属)
水平線一糸纏わぬ初日の出
転入の子の席あたり余寒かな
さよならはクラクション一つ春の雪
風花の触れたる物に溶けにけり
吉兆や黄身二つなる寒卵
梅咲くや蒼い空詠む友のいて
木漏れ日に花片栗の飛ぶ構え
私 物 麻生 明(無所属)
冬日和ゴリラが見せている背中
屈伸のおのれの重さ春の昼
ぴりぴりと三叉神経柿若葉
永々と私物の手足昼の月
長生きの筋肉太し文化の日
この海鼠笑い返していたのかも
人日や人体という重きもの
雲の峰 稲村 啓子(あかざ)
安曇野の風集まりし春キャベツ
臥竜梅枝の先まで光留む
血管の沸とふくれる街暑し
若き日の父母のこと盆の客
爆音のダムの放流雲の峰
ぼうたんや母似の姉の笑ひ皺
人波に熊手持つ子や肩車
予報円 尾澤 彗璃(蛮)
ふらここのひとつひとつに水たまり
立ち漕ぎのおでこ丸出し夏来る
ポケットの小銭チャラチャラ海の家
虫の音や太平洋に予報円
同潤会アパート跡の小春かな
徳利の首に荒縄寒の入
床屋への道は平坦懐手
草の花 小沢 真弓(あふり)
蟬幼く光の中を登りゆく
新宿に痩せし落日夏つばめ
はたた神足より濡れし雨宿り
じやんけんで取られしあの子草の花
月光のかけらを拾ふ波の音
星飛ぶや継目の著き土器の壺
秋の夜の羊をいくつ数へても
母子手帳 麻生ミドリ(無所属)
下萌や嫗の赤きスニーカー
弔問の行きに帰りに沈丁花
束の間の同じ背丈や子供の日
三冊の黴のにおいの母子手帳
白シャツの恩師いつもの紙袋
投げ返す子等のボールや大西日
焼芋を包む新聞簡体字
幻 影 菅原 若水(小熊座・輪)
生も死もミカドアゲハの夢の中
雪渓は潰えし夢の欠片かな
人体の組織美し天の川
むざんやな汚染土に産むきりぎりす
床下より冬の虹立つ箟峯寺
五賤といふ民こそ宝竜の玉
みちのくの泪の化身雪蛍
初 鏡 木村 晴美(青山・オリーブ)
初糶や男衆の背炎立つ
ひと刷毛の紅まだ似合ふ初鏡
青空は富士の玉座や風光る
牛蛙控へてをりぬ勝手口
仰向けのかなぶんに貸す指一本
一村を染めて浮き立つ稲穂かな
百語捨て一語を拾ふ良夜かな
余 生 菅沼 葉二(無所属)
小春日や背中を合はせ聞く鼓動
空つぽになつても続く日向ぼこ
行く春や雨の江の島山二つ
峰雲や妻子連れ去る観覧車
厄日とて味な娘が酒提げて
育休を頑張る息子小鳥来る
余生てふ生は無かりしいぼむしり
花梨の実 川野ちくさ(蛮)
倖せの黄色い電車鳥くもり
朧夜や開きしままの謡本
斎場の椅子の軋みや目借時
ビル街の風は気まぐれ白日傘
鍵付の夫の抽斗夜の秋
秋暑し息整ふる鏡の間
花梨の実自分の個性など知らぬ
実南天 佐藤 久(蛮)
初電車いつもと同じドア開く
白無垢の渡る小流れ梅日和
紫陽花に千の真珠や昨夜の雨
万緑の中や朽ちたる半仙戯
いまさらの悋気無花果割れてゐる
小説にならぬ一生実南天
角打ちに混じるムートンブーツかな
山 桜 川村智香子(顔)
最後まで得体の知れぬ海鼠噛む
初蝶の光をこぼし風に乗る
春光やすくすく育つ樟大樹
ほたほたとほたえ死にかや落椿
佇めば時の流るる桜かな
嬉嬉と咲き鬼気と散るなり山桜
桐の花母との時を掘り出しぬ
散 華 君塚 凱宣(無所属)
丘に立つ桜雄々しき散華かな
無人駅降り立つホーム春の闇
山際が白み今世の蝉時雨
逆立ちし蜘蛛は虚空へ投網打つ
役目終へなほ堂々と捨案山子
竹林の闇に打ち入る野分かな
落葉抱く明和八年座す野仏
汎神論 川島由美子(歯車)
初蝶来母が出てくる勝手口
螢狩来るはずのない人といる
黒ぶどうゆっくり答出すつもり
柿誉めて無造作に柿渡される
梅真白恐れるもののない齢
おでん鍋どかっと置いて汎神論
冬木の芽まだ衰えぬ好奇心
時に遇ふ 金子 きよ(あすか)
大川に春の音する舟大工
青栗の毬やはらかき山雨かな
春の宵時差を直せし腕時計
父も見し大天狗あり夏木立
水打つて郡上八幡夜の帳
赤とんぼ下駄箱小さき分教場
蕉翁の遺愛の杖や虫すだく
イマジン 久保 遡反(蛮)
大袈裟な熊手置かるる定食屋
出勤の靴音硬き冬の朝
紅梅や図書館までの上り坂
歯髄まで削られてゐる梅雨の入り
神さまの寝転んでゐる青田かな
門火焚くイマジン歌ひながら焚く
病棟の動物園になる夜永
人 柱 清水 善和(繪硝子)
人柱立てし城とぞ冴返る
天心を抉るがごとく唸り凧
水を脱ぎまた水を脱ぎあごの飛ぶ
ダリの繪の時計ぐにやりと夏旺ん
街中にゐて人遠し鰯雲
天地に響く鶴唳波郷の忌
神木の樹齢三千注連飾
晩 年 櫻井 了子(無所属)
草笛の聞こえぬ城址雲速し
万緑や身の閂がはずされる
足裏から来る晩年やかたつむり
百姓を忘れた父のアロハシャツ
秋湿りゴム一本で決める髪
風にまだ少し棘あり台風過
糸嘗めて通す針穴夜長かな
福 笑 佐川キイ子(七草)
あるがまま生きると決めし福笑
馬鈴薯植う無為なる時を耕して
春を待つ三界の子の母なれば
春北斗銀河の水を野に山に
黒南風や少し嘘ある日記帳
月冴ゆる故山彩なき熟寝かな
サッカー場誰に蹴られし冬落暉
水 底 作山 大祐(無所属)
三宝柑窓辺の椅子に一つ置く
春の風邪淡き色なる薬かな
飛魚の鋭き目付き空中に
雨一滴土にまみれる夏の畑
一筋の光りをはじく冬の川
水底に動かざる寒鯉一尾
大きく跨ぐ雪原の轍かな
嫁 御 神野 重子(七草)
初明り戦なき世の星であれ
二月来る大地の目覚め誘ふ雨
幹抱けば芽立ちの鼓動わが鼓動
誕辰の亡夫へ土用鰻の上
秋なすび嫁御二人に支へられ
炎秘む穂芒の波火口原
饒舌なをんな無口に薬喰
冬銀河 芝岡 友衛(あふり)
春引き連れ長き螺旋の滑り台
寄木は物の怪めきて冬銀河
菜の花や茸のやうに家ばらけ
雷ひとつ予鈴ごとし春兆す
富士壺の涸ぶ隆起や涅槃西風
虫出しの男出て来しマンホール
真つ新な渚を歩くみすゞの忌
土 筆 酒寄 悦子(七草)
この星を人の世と言ふ寒月光
豆撒くや身ぬちに鬼のふて寝して
啓蟄や親の拓きし畑は野に
防災基地に摘む一握の土筆かな
うららかや等身大の影を連れ
金時山の時のあたりや山笑ふ
旅立ちの朝の桜隠しかな
風光る 剣持 紀夫(玉藻)
風光る地産地消の二つ星
子らと追ふドクターイエロー風光る
遠足やAIロボのお出迎へ
花見とて何処の坂も目黒川
春雷や巡回バスはまた遅れ
足を知る土光節なり目刺焼く
菜の花や瀬戸に夕日の渡し船
雛の夜 神山ひろし(あふり)
酸模噛む往時を偲ぶ語り種
かの人の余韻腕に冬銀河
苔のむす砲台跡や風薫る
人懐つこさは生来のまま進学す
夜の更けて雛壇よりの話し声
春雪や離れし心の落しどこ
蛤の汁の濁りや雛の夜
朧 月 桑原千穂子(風鈴)
聞き流す知恵も身につき花は葉に
急がざるこの世の旅路朧月
おしゃべりは老いの妙薬夕端居
長き夜のテレビ桟敷という居場所
水澄むや小事大事を駆けぬけて
女子会と称して老いの日向ぼこ
年の瀬や時短料理も板につき
鳴く蛙 佐藤 信(童子)
楽し気にまた集まりて蛙の子
たんぽぽやいつもの場所にまだ蕾
抱卵期屋根の隙間に鳴く雀
思ひきりまだまだ伸びる松の芯
帰り咲く椿や地にもびつしりと
人間は何故戦争か鳴く蛙
平和への願ひは止まず春の虹
無 題 佐藤 鈴代(無所属)
邂逅の綾を沈めて春の川
杜若古城に絡む雨の糸
落し蓋のごと長梅雨のけだるさよ
坂下る影を長しと桐一葉
杉玉の秘色碧き月登る
一粒の塩の耀く若菜粥
鴟尾照らす雲の一片秋逝けり
出羽三山 斉藤 繁夫(無所属)
憲法記念日山並みは関はらず
土用餅信濃の山河八重に立つ
錠剤はうぐひすいろや冷し汁
がね揚げの料理や減りし稲雀
百目柿戸口細目に開けておく
出羽三山朝日置きたる崩れ簗
石蕗の花黒潮土佐を離れたる
余 寒 杉本 春美(白馬)
草の香をにぎり園児の昼寝かな
花は葉に百年きざむ学舎かな
寄りあひて女かしまし額の花
饒舌になりて父子の端居かな
夢二絵の女わびしき十三夜
澄まされし古寺にある余寒かな
啓蟄やますます募る好奇心
人 日 窪田ますみ(七草)
曇天のサザンビーチや風白し
大矢数の爪垢煎ず西鶴忌
やうやくを心の折れる秋出水
昨夜の月落ちたる池の白き鯉
猿茸身内の虚ろ伐り倒す
時雨るるや哲学顔の鷺一羽
人日や類人猿との違ひ問ふ
勾 配 小山 健介(無所属)
才能という名の病蝮草
蝶生るる戦場という高低差
振り向かず埠頭へ急ぐ夏帽子
三線と太鼓指笛雲の嶺
色鳥の鳴き交す空退院す
軍港へ続く勾配枇杷の花
煤逃げやゆっくり探す文庫本
二拠点暮らし 菊地 春美(無所属)
唯一の東の窓や山笑う
痩せ畑を根城と定め葱坊主
醤油屋に和み拡がる燕の子
この先も生きてるつもり梅漬ける
選ばれて吾の畑にあり夏野菜
朝の畑我が我がと茄子・胡瓜
夏草や世代交替しのび来る
保線夫 鹿又 英一(蛮)
うしろ向きの保母が先頭春の風
囀やフランス山の膨らみし
扇風機まはして玉子掛けごはん
道化師の見する素顔や晩夏光
保線夫の一列にゆく昼の虫
マルエツの股引穿きし大阿闍梨
虎刈りの小学生のゐる炬燵
花 衣 佐藤 廣枝(無所属)
初日の出子らに託せる国であれ
片耳にせせらぎ両耳にうぐいす
各駅停車で座って行くわ花衣
奥の手を使わずに生き飛花落花
座してなお風呼ぶ僧の夏衣
病む地球はすかいに越え天の川
耳聡く小春の海へ抜ける径
星 満 天 佐藤 桂子 (あかざ)
あたたかや野の花を摘む人のゐて
家事の手の何やらたのし日永かな
遠蛙星満天の能舞台
御大師と巡る札所や合歓の花
朝霧の描く墨絵の家並かな
釣瓶落し骨董市の早仕舞
明り点く放射線室そぞろ寒
仙翁花 佐野 友子(七草)
糸口をとざすおぼろや瞽女の道
綿津見の腹に鎮めの桜散る
天邪鬼踏みつけて逝く男梅雨
片耳のピアスに埋む蝉時雨
血中の濃度ほどよき温め酒
かはたれのこの身を灯す仙翁花
日にけにも妹背山雪無尺
寫眞館 黒川 明(あかざ)
大根のどこを切つても水の音
よく伸びる猫の胴体春炬燵
冬日さす祖父の遺しし寫眞館
電柱の通夜の矢印春寒し
半坪の母の墓なる秋の草
海底の艦は動かず終戦忌
一瞥のトラの眼差しうそ寒し
冬木宿 坂 守(無所属)
生業の匂ひまとひて入学す
げんまんで明日の約束豆の飯
桑の実や幼どちみな貧しかりし
夏あざみ小道折れれば友の家
白桃や席替いつもままならず
縄跳びを潜り抜けるや秋の空
冬木宿友それぞれに本開く
汐干狩 衣川 次郎 (青岬)
尻といふ平和が並ぶ汐干狩
妻のゐる天くすぐりて遠花火
炎昼の無声映画のごとき街
屈みたる母しか知らず草の花
誰のものでもない月だから綺麗
捨てられて空の深さを知る案山子
喪正月指鉄砲で遺影撃つ
恵 方 北浦 美菜(蛮)
幼子の手のなる方の恵方かな
封印のセロハンテープ夏隣
寒明の素顔を映す硝子かな
水筒の水をひと口魂祭
鈴虫の一楽章に児の寝息
八月の米一合の重さかな
読みさしの人情話年の暮
桜 時 佐藤 公子(松の花)
花吹雪仔牛は二月生れとふ
羽音して何方なるや熊ん蜂
八ツ橋の右に左に鳴く蛙
堰音の奥に堰音山桜
水音の芽吹きの谷の底の底
夕日差崑崙黒といふ椿
渓音のほかは聞えず竹の秋
船 旅 石川 暉子(松の花)
夫と行きしサグラダファミリア春の旅
八十八春の船旅誕生日
秋の日の世界一周船の旅
夫運転伊香保温泉夏の日よ
ネモフィラの青き波打つ青き丘
新緑の風に誘はれ森を行く
青梅の大きくなりぬ小雨中
肝試し 景山田歌思(無所属)
炊上がる小泉米や薫る風
更衣弾けさうなる女学生
雨雲の飛ぶやうに来て梅雨の入り
千切れ雲飛ぶやうに行き梅雨上がる
釣竿の大きなたわみ夏来る
袖引いて顔伏せてゐる肝試し
木枯や三重連の登る坂
四 季 近藤由美子(蛮)
つぶやきを拡散される黄水仙
阪神忌オカンと二人震えた日
鳴り止まぬライン通知や去年今年
雑煮椀諸手で受くや輪島塗
速乾の赤いネイルやクリスマス
砂日傘留守にしている尻の跡
夜濯ぎや悔し涙のユニホーム
むしわらひ 鈴木香穂里(あふり)
屋上に木椅子の孤独山眠る
蘇る日々や手作り内裏雛
若者の料理豪快春大根
あたたかや手箱に旧知の古切手
命名の太字に春光むしわらひ
能面の翁と笑むや石蕗の花
秋風裡子と輪唱の声はるか
初 空 瀬崎 良介(蛮)
初鮎や蓼酢使ふか論ひ
籠球のかけ声高し夏きざす
天麩羅の玉蜀黍や恋話
白飯と焼売が好き旅の秋
立飲みの熱燗ぐびり鳩時計
初空や火の見櫓の鉄の色
竹窓の行き交ふ人や春景色
無 題 菱沼多美子(無所属)
熱中症予防と水を飲みにけり
昼寝覚何人家族だったっけ
赤とんぼ曲がりくねった道をゆく
鈴虫や発想転換しなくては
帰りなんと行けど行けども虫の声
羽子板の明るき市をめざしけり
寒卵このシンプルがたまらない
実千両 根本 朋子(風鈴)
早春の風は水色もえぎ色
八十路には八十路の歩幅風光る
丸太橋わたれば夏野開けたり
朝顔を咲かせ余生を彩どりぬ
山坂のほどよき風や新松子
これよりは各駅停車山眠る
晩年の一日一句実千両
暑気払ひ 長谷部幸子(七草)
春泥や弟遊ばすお兄ちやん
廃校の正門入らば余花白し
初鰹わくわく出刃の錆落し
日の目みる精米業の夕焼けかな
アルコール好きも嫌ひも暑気払ひ
文月や涼々と言ふ銘酒酌む
真つ新な一打の境地除夜の鐘
片 陰 立野 治子(あかざ)
辛夷咲くどこかへ抜ける里の径
雉鳩の含み声する朝曇
三角四角の片陰拾ひ駅の道
草むしり拳を梃に立ち上がる
子の直球受けるミットの音涼し
山の端の夕日に染まる榠櫨の実
風ぐせのままに活けられ秋桜
悠久の時 福田 仁子(七草)
昭和百年平和に明けし大旦
立春や足踏み止めず信号待ち
彼岸西風まだ来るなとて母の声
悠久の時を乗り継ぎ柿若葉
光の子遊ばせてゐる滝の水
大花野振り向きもせで兄のゆく
樟の木のざわめき神の旅立か
夢の屑籠 竹中 瞭(無所属)
夢少しふらここ空へ向けて漕ぐ
夢違ふ爺と婆なり花蓆
懐かしき俳人はみな鬼籍梅雨
新緑に妻立たしめて開けゴマ
撒しなり喰はばごきぶり死ぬ薬
生きいきとパセリ残飯処理の台
翡翠の唐津の繪皿旅終る
片 陰 中島 俊二(あかざ)
水茄子の刺身塩のひとつまみ
茉莉花に傘を寄せあふ川の端
シャボン玉わたしを前に力尽く
衣ずれの音きいてゐる夏座敷
しろつめ草大の字に沈みこむ
梅漬けるあらん限りの重石のせ
電柱の片陰たのむえにしかな
老 生 長尾 七馬(無所属)
生身魂孫まで送り我九十五
瓜の馬乗るべき我はここに居て
棚経や女盛りの孫娘
岐阜提燈初めての女孫道しるべ
稲妻の如く光りて消えにけり
ひこ孫はアメリカ人よ新豆腐
孫二人曽孫五人梅雨明けぬ
かき氷 苗村みち代(風鈴)
そよ風に口づけされて山笑う
藁葺きをくすぐっている花吹雪
女子会は苺づくしのティータイム
憂鬱を少し崩してかき氷
秋夕焼川辺に残る町工場
新蕎麦を打つ名人の真似をして
宿坊の五右衛門風呂やすきま風
葉月空 服部 光子(あかざ)
紅梅のつぼみほころぶ日和かな
落札の米の行方や夏隣
竹叢を覆ふごと咲く山の藤
湧水の流れ濁るや夕立後
援農の学徒来たるや葉月空
住宅の迫り来る墓地帰り花
鏡文字の文見付けたる煤払
水鉄砲 田畑ヒロ子(顔)
クーラーにかけ込み羽化をしていたる
蛇の外出その度嫌われて不整脈
水鉄砲「バキューン」と言われ倒れねば
虹消えしあたり仄かに彩湿る
新玉葱一皮剥けば写楽の絵
サーフィンや海に落書きしてもどる
ヨットの帆風不等辺三角形
晩 年 多田 学友(暖響)
あらたまの九十七歳夢ゑがく
匂ふまで刃を研ぎ篆刻始かな
難病癒え句作に生きるおらが春
春に受く日本篆刻展顧問賞
夏に受く日書家展大臣賞
もの言へぬ蟇は鳴くのみ楸邨忌
晩年に未知の道あり花野行く
勅使門 比留間加代(蛮)
梅は実にぽとりと天満宮の屋根
マネキンの睫うつむき藍浴衣
さよならの後の止まり木星涼し
枝豆の空莢並べ獺祭忌
万緑や老舗旅館のキッズ室
山桜ゴンドラの影ピンク色
石庭の勅使門より初燕
コラム 芳賀 陽子(無所属)
別段のこともなさずに去年今年
新年のコラムに谷川俊太郎
手話の手の流暢にして梅ひらく
薫風や能登にたなびく大漁旗
いつの日も夜店は時の玉手箱
赤とんぼ日に三本の路線バス
ごろごろと冬瓜でいる忌引なり
昭和の日 野木 桃花(あすか)
火に仕へ水に仕へて昭和の日
陶工の火の色をよむ花の冷
居心地の良き距離に夫さくら咲く
歳月はときに重たし髪洗ふ
今生の一隅照らす野路の菊
釣人の海鼠を釣つてしまひけり
ちちよははよ冬の花火が見えますか
臍 新村 草仙(雅楽谷)
臍にやや熱ある朝や瑠璃蜥蜴
行水の盥の女の臍斜め
臍見せて寝転ぶ土手の大花火
臍の緒に傘寿の埃山椒魚
蟇に臍あるかの如き佇ひ
養生記七情六欲臍下の手
臍隠せ小さき手重ぬはたた神
早稲田の夏 復本鬼ヶ城(河)
七円五十銭のバスで早稲田へ暑し暑し
図書館へ入れば涼しコピー取る
茶房といふ名の茶店(さてん)の扇風機
日陰なきスロープ上り教室へ
バリケードに阻まれてゐる炎天下
三朝庵での講義帆足図南次先生の汗
吉永小百合の出席カード夏の教室
蛇よぎる 関戸 信治(無所属)
蛇よぎる尺貫法の存在感
少し間のありてアウトや夏の雲
曲線の少し尖った初蛍
切り株は木の名を持たず青蜥蜴
父の日や問診めきし子の電話
ラムネ飲む最後一振り音を飲む
名ばかりの優先席や西日濃し
さるすべり 錦織 睦子(輪)
逃げ水や路面電車は音を踏み
初蝶の吹かるる翅の重さかな
枕辺の水の輝ふほたるの夜
百日紅生き抜く日々の厨事
敷居越し絵巻広ぐる夏座敷
針先の稚魚を流す子風光る
外湯まで飛び石五つしぐれけり
天高し 八谷眞智子(あふり)
娘を迎ふ名残の空の陽を受けて
凹んではをれぬ余生よ七日粥
老桜や会津の仏腰太き
輾転反側闇の底打つはたた神
まいまいも数十億年の列に
陋屋ゆする軍機低空風死せり
衣捨つ思ひ出も棄つ天高し
爽やか 櫻井 波穂(松の花)
爽やかや港のホテルは帆のかたち
爽やかに生きむ彼の世の夫のため
秋天へオブジェの動く美術館
物置のカタカタ出すやいとど跳ね
秋の宵峠をチャリで越え来し子
石榴裂け星の降る夜となりにけり
新涼や眼凝らして増やす星
二 胡 中村 誓子(鷗座)
円窓の軸に桜や風淡し
朧月晩学の二胡蘇る
嬰児(みどりご)よようこそ虹の七曜に
八月やどの子も育て童神
ほくほくの蓮の実飯や詩経から
柿林抜けるや武蔵野父の墓
どの背にも日差したっぷり初詣
木はうたう 平田 薫(つぐみ・海原)
春という感じ煎餅割ったとき
犬ふぐり空はいちにち空であり
蝶の昼ちいさな遮断機がおりる
春の雨ふっくら水にもぐりこむ
木はうたう鵯はきのうの雨をおもう
榠櫨の実いくつもの空おいてきた
知らないとこたえて柚子の黄色かな
夏の旅 西村 弘子(無所属)
晩年の旅を励ます夏かもめ
短夜や美しき水脈引き出航す
外つ国の空に映えたる夏の潮
炎昼の歩みとどめず島巡り
石畳露店に猫の三尺寝
パエーリヤの蟹に舌打つや地中海
夕涼み水平線を欲しいまゝ