


会報

会報は年4回発行し、会員に配布しています

俳和会珠玉集
母のぬくもり 久田ひさこ
四ツ辻やのの字廻しの山車の跡 (七草)
秋日和総展帆の白き素手
新米の母のぬくもり炊きあがる
豆柿の五つ残して陽のこぼる
寝台車 松尾 隆信
寝台車銀河の中を行きにけり (松の花)
秋冷を来て秋冷の滝の前
震災津波伝承館帚草真赤
秋果ての塩屋の岬白秋忌
矢印 守屋 典子
矢印の東西南北斜め秋 (さがみね)
台風を待つや中洲に鵜の不動
雁渡し並ぶプロパンガスメーター
野分来る車止めには南京錠
角切 安田のぶ子
内祝の新米は稚児の重さ (同人)
新しき標札木賊刈られをり
合唱に果つる宴や爽やかに
角切られ雄鹿は山へ一目散
ちちろ 柳堀 悦子
秋立つや護摩木に母の名を書きて (雲)
山の日や甲斐駒見ゆる菊畑
開帳の秘仏照らせり盆の月
ちちろ鳴く市営球場外野席
秋の蛇 山岸 壮吉
直進のための曲身秋の蛇 (青山)
幽霊に「待ってました」と夏芝居
ハチ公と待ちくたびれて薄暑光
耕すや星の表を行き来して
軍港めぐり 山田 京子
命日にたつぷり供ふ栗ごはん (鷹俳句会)
鍋かけて囲炉裡かこみし家仕舞
短日や陸より早き船灯
満載の軍港めぐり小春凪
豊の秋 山本 一歩
飛ぶひとつ飛ばざるひとつ秋蛍 (谺)
母のゐるところが故郷豊の秋
これほどのとんばうこれほどに子供
運動会の借りものとして手を取られ
桃 山本 一葉
手違ひで運ばれてきて心太 (谺)
風鈴とほどよき距離に座りけり
大仰に金魚を飼ふといふ話
目の前に桃絵日記の桃となる
冬の旅 山本 国慶
ガス灯の運河の歌や冬あかり (無所属)
ハロウィンに魔女が飛びかう二重窓
ひび割れや薄利少売冬凌ぐ
鉄板の蟹を守りしトングの手
喚鐘 山本ふぢな
山茶花や喚鐘をきく露地のひと (わかば・すはえ句会)
校訓は自主と明朗花八つ手
寒潮や峠にならぶ鯨塚
綿虫やピザが自慢の山のカフェ
わたつみ 横山 節子
渚に足跡盆あとの波がしら (松の花)
サーファーの這うて高波迎へけり
炎天の波すれすれを鴎かな
寄す波に後じさりして涼しかり
星今宵 横井 法子
年立つや今日の一歩を明日に継ぎ (あふり俳句会)
老い疾し雛は闇に置き去りに
友と踏む雨紅の丘の残花かな
星今宵鵲の橋踏み外す
夏椿 吉居 珪子
蝶と蛾と人種差別の残る世と (無所属)
ゆれてこそコスモス畑風を待つ
赤く咲く夢捨てました夏椿
若冲の鶏居るか鶏頭畑
秋の日に 吉沢トキ子
薄の穂煌く光雲になり (輪)
鳥となり我野に喰むやからす瓜
もういいかい!はじく子の声木の実落つ
ダム底にバス停ポストねむる秋
アトリエ 𠮷田 功
ウインクする顔認証よ春の風 (無所属)
地震きたる芯黒々と蕗の薹
間延した塵紙交換長閑なり
アトリエの窓を開ければ春の海
紅葉 吉田 典子
文字になる前の枯葉か 拾う (歯車)
髪切って桜紅葉に追いつけぬ
点線の鉄路の先は泡立草
紅葉より先に来ている指の冷え
偏差値 吉村 元明
ベイエリア一望朱文字の墓洗ふ (ロマネコンティ)
闇市のSin′Sing′Sing!敗戦忌
脳内の偏差値ぐんぐん土瓶蒸し
触れるならお気に召すままラ・フランス
大きな字 米田 規子
いちにちのほんのひととき蕨餅 (響焰)
東京や薄日うす雲松の芯
大花野失くしたことば落ちている
秋の七草ゆったりと書く大きな字
鳥になる 脇本 公子
春風や両手広げて鳥になる (雲)
名草の芽狭庭に大地ありにけり
死は一字命も一字花は葉に
武器持たぬ誓ひに灯す初明かり
無題 和田 順子
ふと軽き風なり秋と思ひけり (絵硝子)
秋の夜は佳き言の葉の湧くを待ち
黄葉浴び上野の杜にゐる若さ
ぶつからぬ程を人急く十二月
モエレ沼 渡辺 和弘
噴煙を間近に見たり夏の雲 (草樹)
炎昼の釣り人一人モエレ沼
自転車の力伝わる大夏野
竜神の真っ直ぐ見る目夕焼雲
花の兄 渡辺 絹江
松韻のさはとありけり初社 (松の花)
篠笛や正月二日の花の兄
背筋平らか正月三日の牧の牛
根の長き俎板始の青菜かな
柏餅 渡辺 順子
ゴールデンウィークひとりでに口笛 (好日・草樹)
いずれ死ぬための養生柏餅
蛇の首直線曲線水平線
ふるさとや鍛冶屋の路地の夕涼し
断捨離 渡辺 正剛
老いたればなるやうになる去年今年 (岳・顔)
どんど火や棄てたき過去は数多あり
断捨離は心の隅にむかご飯
住所録✕✕✕と年暮るる
星月夜 渡辺 長汀
振ってみるいのちの音の種袋 (無所属)
火起しも課外学習キャンプ場
一握りほどの集落星月夜
尼寺の鎮もる庭や白桔梗
秋 渡辺 照子
肌脱ぎの男の声は掠れゐて (青岬)
考へる人の形で固まる秋
戦争が貧乏かずら増やしたる
引き算のはじまる紅葉ゆゑ綺麗
多すぎる 渡辺 時子
とろろ擂る一人には多すぎるけれど (谺)
立冬や薬缶の湯気の大袈裟に
かすかなる波音石蕗の花日和
観覧車動くと見えず綿虫飛ぶ
風吹くところ 土生 依子
胸板のうすきを嘆く紙ひひな (青芝)
すぐ凹む私と同じ紙風船
しあはせに匂ひありけり初桜
天界は風吹くところ飛花落花
梅雨の駅 菱沼多美子
傘二つゆっくり目立つ梅雨の坂 (無所属)
子つばめの食の盛んな駅舎かな
夏シャツや静かに街の色となる
木製の父のステッキカンカン帽
ミモザの花 檜山 京子
春光や川に魚影の見えてをり (梛)
春ざれや小魚光る鷺の嘴
今年竹撓ひて窓を窺へり
あえかなるミモザの花や揺れやすき
水のようす 平田 薫
ひろびろと汽車道をゆく揚羽蝶 (つぐみ・海原)
やさしそうな自販機さがすえのころ草
あめんぼう水のようすを見て帰る
吹く風も蜻蛉もまだあたらしく
青嵐 平野 肇
浄瑠璃の装束映ゆる春障子 (無所属)
黒雲は太陽を巻き青嵐
三日月の銀から金へ移る宵
近道はここにあったか落葉敷く
夜の秋 比留間加代
産土の夏越祓つまづけり (蛮)
何もかも割引年齢蚯蚓鳴く
すがれ虫ひつそり暮らし高層階
夜の秋からりと崩る角氷
百日紅 福田 仁子
茅の輪潜る頭上にカアと八咫烏 (七草)
大夕焼東京大空襲の空
日の脚のさらり降り来るさるすべり
花木槿茶室で一服俳句二句
九月五日 復本鬼ヶ城
まあ一杯やれと師の声西鶴忌 (阿)
売るほどに虫の声あり闇深し
解凍をして枝豆を五莢ほど
子規描きしバナナの表紙獺祭忌
草の花 藤田 裕哉
春光のつんつん鶴見つばさ橋 (蛮)
角打ちの肴となりぬ夏帽子
鳶職の組みし足場や草の花
ここだけの母の小言の炬燵かな
昭和 藤田芙美子
蚊帳つりし頃の昭和の家庭かな (無所属)
カルピスよ昭和の味の咽をゆく
心情をかくせぬ扇の動きかな
葉ざくらを仰ぎ黙すや六地蔵
どんぐり 藤原ミツエ
空の高さまだ知らぬなり雀の子 (さつき)
放水に蝉の飛び出す木立かな
きちきちを逃すたちまち草となる
洗濯機底にどんぐり三つ四つ
苔の花 古瀬 道子
大人びた口ぶりの子や桜の実 (あかざ)
沢庵の配流の里苔の花
変はりなき郷の山河や夕蛍
みちのくや新蕎麦啜るおちょぼ口
父の日 古田 亨
父の日や一張羅着て洋食屋 (若葉俳句会)
外野手の背面キャッチ夏の空
負け試合背中に刺さる大西日
緑陰にキッチンカーが来てマルシェ
霞 星 一子
遠望のノースドックや秋霞 (新俳句人連盟)
新涼や桜木町の街俯瞰
浜風になぶられている秋の宵
四十六階からの夜景に目眩気配は秋
膝手術 堀江野茉莉
一人酌みをり春月に灯ともさず (谺)
家で飲むラムネのなにか物足らぬ
膝二つ疵もふたつや菖蒲刀
手術せし膝に炎帝こもりゐるや
青葉潮 本間 満美
島つなぐ航跡長し青葉潮 (あかざ)
梅雨灯す街道沿ひの骨董屋
紫陽花や山門くぐる傘の波
夕涼や手櫛で足るる母の髪
奈良の旅 前田 忠嗣
奥山に鹿道ありて苔の花 (輪)
千年の夏風抜ける朱雀門
猿沢の祟り知らずや水馬
煤けるも螺鈿の光る夏座敷
雨あがり 牧野 英子
胸中を明かしたくなきサングラス (あかざ)
雨あがり川面に夏の光跳ね
カセットのテープ切れたる夏の果
少年のつむじ右巻き牽牛花
命 松田 知子
命尊し年越し蕎麦を夫と (松の花)
第三子出産間近の賀状くる
元旦暮るる能登襲ふ大き地震
五日の葬場碧空に全き富士
夜の秋 松本 進
貪欲な鴉の眼草いきれ (あかざ)
夜の秋ひとり降り立つターミナル
赤とんぼ乳母車より小さき手
厨より鼻歌もるる暮の秋
行方不明 三浦 文子
蓮の花来世はどこで待ち合わす (歯車)
ほうたるの行方不明になりにゆく
百日紅戸籍謄本ただ一人
抽斗が伝言を噛む星祭
大夕焼 宮沢 久子
まだ何かでそうな気配蟬の穴 (波・繪硝子)
沈黙は我が意にあらず蟇
電線のないわが町染める大夕焼
万緑や二月三月四月堂
大夕焼 宮元 陽子
時告ぐる丘の教会大夕焼 (末黒野)
羽抜鶏獲物狙ひて突進す
ふくらみや水も滴る土用の芽
風灼くる緑青の吹く釘隠し
海市 武良 竜彦
父は海市母は陽炎わが伝記 (小熊座)
冤罪の緊箍児締まる旱梅雨
芍薬や立てば銃剣持たされる
赤紙のさらさら揺れて星祭
四季折々 村上 裕也
我が顔を見上げてをりぬ冬の蠅 (蛮)
春一番バスがあとからついてくる
明烏の破れる処暑の熟睡かな
月満ちて大蛇の如き松の影
椎の花 森清 堯
膨らめる眼下の並木椎の花 (末黒野)
梅雨に入る往来ときにとまどへり
池端や釣師の日傘列なして
蘆茂るつと高鳴きの鳥一羽
青もみぢ 安江冨美子
子の元へ姉の出郷花こぶし (あかざ)
春うららボトルの栓を開けませう
せせらぎの光ゲの揺らぎや青もみぢ
あこがれし熊野古道の夏木立
秋扇 柴崎ゆき子
木の芽雨暮しの音のやわらかし (玄鳥)
借りし書に夢二の栞春惜しむ
薫風や山の詰所の電話鳴る
潮騒を入れて閉じけり秋扇
花の宿 多賀みさを
つひ寄りぬ亡き師が店の桜餅 (さへづり)
一灯点る古刹の堂や花の冷え
遠き日のあだ名飛び交ふ花の宿
白じろと闇に浮き立つ庭桜
立春 髙橋 泰子
山深き信濃に霧降る音を聞く (さへづり)
立春や土の目覚めの祝い歌
ちちろ鳴く寂しい時は灯を消して
紅葉踏み手足の火照り持ち帰る
からすのえんだう 髙平 嘉幸
土手愉しからすのえんだう今盛り (繪硝子)
青空にはじけ映えたり花蘇枋
芽柳や水ゆたかなる石神井池
春雨に昼を灯ともすカフェテラス
ユダ 竹中 瞭
卆寿なり望みはただに花まみれ (春秋句会)
ジーパンのほつれより腿文化の日
袖なしの狸の皮を土産とす
ポインセチア今またユダが唆かす
老いざかり 多田 学友
住み古りて此処も故郷春来たる (暖響)
青き踏むすこやかにいま老いざかり
ときめきは老いにもありてサングラス
大花野夢のうちにも杖つかひ
草いきれ 田中 悦子
帆船も客船も五月溶け込む (無所属)
五月の花嫁真昼の鐘を撞く
初物の西瓜の甘さ今朝の卓
寝転べばいつかの匂い草いきれ
大螢 谷口ふみ子
金魚玉吊るす真水の匂ひせり (船)
サーフィンの男西日を舞台とす
大螢うしろに闇を引きつれて
世界地図畳に拡げ夏休み
落椿 田畑ヒロ子
青葉梟鳴くたび青き闇深む (顔)
もののふの無念の形(なり)に落椿
青山に嵌め込んである滝一条
爽やかや身ほとりに置く裁ち鋏
春を渡す 千葉 喬子
岬から岬へ春を渡す橋 (繪硝子)
一輌車に保線夫の礼風光る
手品師のふはと鳩生む花の昼
振り向きもせぬ人に打つ草矢かな
飛鳥の春 塚田佳都子
遠つ代を出でて飛鳥の花筏 (好日・草樹)
うららかや啼鳥を聴く石舞台
石室の虻の羽音に取りつかれ
わが影おく入鹿首塚風光る
無題 露木 華風
動脈の鈍き痛みや蚯蚓出づ (無所属)
懲りもせず辛子やう効く心太
夕明りはや水無月の大祓
コンビニのレジ横鬼灯売られけり
花曇 戸恒 東人
白木蓮の互ひに白を高め合ふ (春月)
散る花にこんと手の伸び正三位
巡礼の一番札所紅枝垂桜
屯倉(みやけ)の名残る上野花曇
春の宵 友井 眞言
百円の古書売る店や春の宵 (無所属)
会釈してすれ違う時春の宵
ぐい呑は柿右衛門なり春の宵
土手道の街灯一つ春の宵
狐憑き 内藤ちよみ
溜息の深さに積もる春の雪 (朱夏)
狐憑きに戻っただけです老いの春
蕗の薹あるうち自爆せぬ地球
騒がしくてならぬ細胞初桜
百足虫 苗村みち代
憂鬱をすこし崩してかき氷 (風鈴)
夕焼をもっと見たくて海に出る
万緑や遠くに響く銃の音
百足虫でて夜中に騒ぐひとしきり
花冷 永井 良和
梅林に紅ひと色のうす化粧 (無所属)
花冷の病室の空ただ真白
まれし打つ音に鎮もる五月場所
かごの鳥いま緑林のカゴの鳥
古き年月 長尾 七馬
一片は散りて待ちたり六義園 (無所属)
教へ子の来たる三月若さの比
戦中の思ひ浮びて春暑し
半風子肥えて昔の昼休み
深川の日 長濱 藤樹
霧島の神のきざはし走り梅雨 (蛮)
あぢさゐの風の集まる鐘撞堂
深川の日を跳ね返す神輿かな
自転車の力士のペダル春の風
童神 中村 誓子
新涼へ漕ぎ出すように二胡を弾く (鷗座)
初売りのフライパンなり卵焼き
しゃきしゃきと若布サラダや童神
折鶴のうまくなりし子昭和の日
凧 新村 草仙
夜桜や魚目燕石電気館 (雅楽谷)
日もすがら海見て過す凧
山笑ふ獣笑ふ競ひ合ふ
水馬やひと掻きをして元の水
観覧車 西村 弘子
つばくらや未だ見えてゐる観覧車 (無所属)
磁器の白ほめたゝへたる晩夏光
コーヒーの水のうまさや花カンナ
せゝらぎの旅人となりぬ冬桜
音符 根来久美子
平等院天の音符の如く蓮 (すはえ)
夕焼を孕み帆船外つ国へ
稲光秘仏のおはす古寺に鴟尾
天命を果たし静寂の桐一葉
日傘 根本 朋子
菜の花や波の音するローカル線 (風鈴)
相席に小さくたたむ日傘かな
夏暖簾くぐれば声の飛んでくる
賑わいのあとの静けさ桜蕊
洗ひ髪 野木 桃花
夕さりの海沛然として白雨 (あすか)
小麦色の湘南の夏水平線
向き合ふは俳句の時空洗ひ髪
蟬しぐれ閉門迫る寺に居り
起承転結 芳賀 陽子
起承転結ほつほつと柳の芽 (無所属)
陽炎や半音階をさまよえり
春耕や土は混声合唱団
春寒しタッチパネルの音乾く
未来図 長谷部幸子
未来図は胸中にあり花の雲 (七草)
うららけしヨチヨチ歩きの自立心
廃校の空いっぱいの鯉のぼり
五月晴笑顔の姉とワイン酌む
生きる 畑元 静恵
漢字次つぎ逃げて忘れて春遠し (さへづり)
照り曇り雨のち晴れて夏始む
生きるとは死すとは冬星動かざる
生きやうと決めて青葉の息を吸ふ
梅雨の月 八谷眞智子
たまゆらの放心玻璃戸の梅雨の月 (あふり)
生みの母育ての母よ鳳仙花
輾転反側闇の底打つはたた神
星一つ飛ぶ核抑止てふ暗愚
祖父の顔 服部 みつこ
新入生の定期券買ふ夜の列 (あかざ)
花冷や母に付き添ふ夜の廊下
得意気に製茶仕上ぐる祖父の顔
突き出しの皿は貝殻木の芽和へ
王子稲荷 佐藤 久
稲荷社に届く朝日や初桜 (蛮の会)
お囃子の半拍遅れ春の昼
落椿百の狐の待つ祠
ひよどりの散らす椿や飛鳥山
山笑う 佐藤 廣枝
風光る先頭競う子らの原 (無所属)
春ひかり弁天様にて札洗う
骨に響く鉄路の軋み山笑う
啓蟄やぎっくり腰を治療中
冬 佐野 笑子
旅人にもなれず冬の駅に並ぶ (青岬)
檸檬切ればレモンとなりぬ基次郎
スクワットの次寒月と四股を踏む
腓返りや霜柱育つころ
久遠 佐野 友子
囁きのふらずの雨や木下闇 (七草)
満天の星のひとつに苗を売る
楮むすまほろの星の一つ星
浮寝鳥久遠の風を声明に
青女来る 三幣芙佐子
青女来る荒目に碾きし今朝のモカ (あふり)
裸木や真っ正直てふ生きづらさ
冬木の芽プラス思考といふ魔法
ノエル果て基地に漂ふ倦怠感
ぼたん雪 芝岡 友衛
四桁なる小字の番地かじけ仏 (あふり)
季語に立つ鴨の肛門あからさま
輪禍なる獣片寄す遍路杖
頓服の紙で折る鶴ぼたん雪
浅春 島田たか子
近づきし母の忌日や梅の咲く (俳句人)
賑わいの梅の香満ちる寺の庭
浅き春竹林前の抹茶かな
青空に近づく登り春立ちぬ
どんど 清水 呑舟
背を向けて本音を語る焚火の輪 (茅ヶ崎)
砂を這ふどんどの炎波が呑む
海鳴りの底より冬の立ち上がる
寒月や献体といふ選択肢
薬喰 清水 善和
一望の中に一群浮寝鳥 (繪硝子)
卒寿てふ齢を忘れ薬喰
目瞑りて膝折る駱駝砂灼くる
稲びかり闇の富嶽を袈裟掛けす
小鳥来る 白戸 惠子
万華鏡の不思議な世界小鳥来る (あふり)
栗ごはんほつほつ昔話など
転倒の一瞬の闇蚯蚓鳴く
つり橋ゆらり熊出没の立看板
愛日 菅沼 葉二
愛日やちやんで呼び合ふ初吟行 (無所属)
帰り花なんだかんだと愉しさう
人間も宇宙人です冬薔薇
混沌の世にも確かな冬木の芽
春爛漫 菅原 若水
春泥や土台は固き物が良い (小熊座・輪)
淡雪は積らぬつもり他意はなし
春雷や腹の虫まで踊り出す
悲しみは飛ばしてしまへ春疾風
千代の春 杉本 春美
落ちきって枯木かすかな息づかひ (白馬)
水鏡の紅葉ゆすれり鳥の群
不器用に生きて一途や千代の春
旅に出る朝紅梅のひらきけり
春時雨 鈴木香穂里
あるはずの図鑑の行方春時雨 (あふり)
底を突く発想自棄の心太
秋灯下変らぬ位置に探る古書
語りたき人は不帰なり冬北斗
新年 鈴木 句秋
災害の記事に囲まれ初明り (風鈴)
若水と言えど老躯のよろこばず
お正月孫らスマホと横になり
四日はや独りで餅をふくらます
粥柱 鈴木 靖彦
にはたづみハザードに住む定めなり (青岬)
黄落のひかりや黄泉の道すがら
凍ててなほ滝は絵となる神となる
この家の今年も支ふ粥柱
手の平に 関戸 信治
手の平に私一人の雪が降る (無所属)
凡庸な目玉焼です冬温し
雪雪と雪の旅信や信濃より
大寒や労りあって電話切る
澪標 高尾 峯人
花冷の鋸屑に海老眠らせて (谺)
裏山の名前は知らず遅桜
つちふるや町工場は灯をともし
澪標痩せて残れる潮干かな
寒牡丹 髙島かづえ
雑踏に紛れゐるなり風邪の神 (谺)
白菜を洗ふ双子のもも色に
舞ひ降りし鳩が広ぐる落葉かな
我が息の掛かるを許し寒牡丹
モルゲンロート 高橋 0生
冬霞む涯にしづかな掌を合はす (松の花)
背に老いの妻に大きな焼芋が
どこかビル倒されてゐる寒い都市
明日こそモルゲンロート山眠る
巴里祭 高橋 俊彦
銀幕のピアフに会ひに巴里祭 (顔)
蜻蛉行く風の階乗り継いで
障子貼り貧乏神を寄せ付けず
人品の匂へる人や菊膾
枇杷の花 高橋 翠
鬼やらふありつたけの窓開け放ち (あかざ)
花であることの証に枇杷匂ふ
山嶺を極める雪の白さかな
もつれ枝の解けし動きや寒の明け
鉦叩 岡田 史女
棚田へと一直線や曼珠沙華 (末黒野)
郁子二つ色づく富士の見ゆる丘
うそ寒や予防接種を両腕に
ふらつくは病か歳か鉦叩
マトリョーシカ 窪田ますみ
万緑や地球の酸素生まれ来る (七草)
秋愁やマトリョーシカを閉ぢしまま
大声で撒き犇めける鬼やらひ
因幡の素(しろ)兎皸の疼く
東塔 栗林 浩
樟若葉わが身の奥を水の音 (街)
東塔の西より晴れて揚雲雀
彼の地にも種は植ゑたか向日葵の
源流はここぞと夏の鶯は
柿 桑原千穂子
余生とて油断あるまじ烏瓜 (風鈴)
また一つ味見に減りて吊し柿
柿たわわ主(あるじ)居るのか居ないのか
母在りてこその古里秋桜
えんぶり舞 斉藤 繁夫
朳や風は野づらを吹きかへす (無所属)
薄氷や夜半の灯深きまたぎ村
百目柿戸口細目に開けておく
石蕗の花黒潮土佐を離れたる
藤袴 齊藤 智子
白萩の滝の如くに乱れ咲く (松の花)
一山を這ひつくしたる葛の花
夕暮の庭に匂へり藤袴
何色とも言へぬ小花よ藤袴
若葉 榊原 素女
眼鏡拭く若葉に眼休ませて (谺)
なんとなく梅雨の重みのぬひぐるみ
身を飾る物を外してアッパッパ
月祀るひとつの病受け入れて
山湖の気 酒寄 悦子
鉄瓶のシュンシュンと啼く夜寒かな (七草)
秋冷や胸元責むる山湖の気
秋寒し郵便受けは口を閉ぢ
省るよすがや足の裏の秋
無題 佐川キイ子
いわし雲列ね平和の礎かな (七草)
赤蜻蛉敷島の豊言祝げり
行間に秋の声聞く里便り
オリオンやひとりひとつの砂時計
束ぬる 作山 大佑
行きつもどりつ忙がしき親燕 (無所属)
赤紫蘇を束ねて洗ふひとりかな
一族を束ぬる如き曼珠沙華
「ここに居る」と声の挙ぐる冬籠
遊行寺 櫻井 波穂
一遍忌寺領に買へり栗饅頭 (松の花)
秋暑し骨董市に壺を見る
銀杏黄葉少年水をごくごくと
遊行寺のいろは坂なり色葉散る
文化の日 櫻井 了子
秋湿りゴム一本で決める髪 (無所属)
木の実落つ歩巾に合わぬ石の階
文化の日靴紐固く一万歩
山栗も上手に剥いて熊眠る
月耿耿 河野 薫
無二の我が貴種流璃譚月耿耿 (あざみ俳句会)
達郎のクリスマス・イブ今年また
年逝くやみな旅立てり我が味方
新日記三百六十五の未来
帰省 衣川 次郎
身籠りし山の緑のふくらみ来 (青岬)
山河みな縮まりてゐる帰省なり
万緑の奥の新緑そこが故郷
開拓の道に片蔭すらもなし
柿の秋 佐々木重満
麦蒔くや戦という燎原の火 (無所属)
守宮かな干戈(かんか)にドローン張りついて
柿の秋他郷の人として生きる
いまだ見ぬ桃源郷や寒肥す
涅槃西風 佐藤 桂子
太き文字の二度と来ぬ文涅槃西風 (あかざ)
貼り紙の座禅の日時小鳥来る
初夏や影の重なる六地蔵
一年の良きこと拾ふ柚子湯かな
岩木山 佐藤 信
新涼やぴゆつと水吐く桶の貝 (新俳句人連盟)
出来秋や岩木山へと続く道
戦没者慰霊の碑にも公孫樹の実
何よりも友に逢ひたき良夜かな
嫁入話 阿部 佑介
涼風に拳をひらく赤ん坊 (火焔)
田と庭の蛙の唄の二輪唱
雀の子咥へて鴉巣に帰る
灯の金魚嫁入話言ひふらす
常の生活 大塚 和光
やうやくに常の生活や寒四郎 (あふり)
出自など委細は問はず燗熱し
取箸は使はず終ひ花菜漬
可惜夜の昔語や新茶汲む
恋文 大和田栄子
はつ夏や恋文と云ふ花買ひて (無所属)
夏の霧白川郷の旅果てぬ
あの夜から哀しみの音遠花火
ふるさとの山有難き二十日盆
薄暑 小川 竜胆
落ちてより見せ場あらたに椿かな (雅楽谷)
最初はグーそろひて辛夷咲きにけり
春泥を脅す戦車のやうな靴
仮面みな外す笑顔の薄暑かな
夏がいっぱい 尾崎 竹詩
太陽がいっぱい凌霄花いっぱい (無所属)
現住所ここと定めて蝉時雨
たましいを抜かれた男蓮の池
勝者にも敗者にも涙夏終わる
ガスタンク 尾澤 慧璃
春陰の来々軒の暖簾かな (蛮)
ガスタンク周る階段日の盛
緞帳のぴたりと閉まり暮の秋
ストーブや保健教諭の国訛
春の夜 小沢 真弓
風染めて木香薔薇の路次の夕 (あふり)
素直なる応(いら)への眩し青葉風
昼過ぎの雨の図書室かたつむり
春の夜の裂目応挙の幽霊図
夏盛ん 小野沢邦彦
更衣往く当てもなく靴磨く (東)
一つ家に金魚二匹と老い二人
窓明かり植田に映る書道塾
噴水のすとんと止まり空真青
光琳忌 小野 元夫
神田祭湯島に待たせ頃の雨 (百鳥)
髪洗ひながら私を見つめゐる
パリー祭有らぬ処に墨入れて
秘め事は女事と知りぬ光琳忌
凌霄花 加賀田せん翆
パンにある平和の形春の雲 (無所属)
待つことは育てることや冬木の芽
つぶやきが形になってふきのとう
どうみても饒舌すぎる凌霄花
初詣 片倉 幸恵
人生に無駄なことなし曼珠沙華 (花林)
地球一つ世界も一つ初詣
春寒し嘘と真は紙一重
泣く笑ふ怒る羅漢や夏来る
極楽寺 勝又 民樹
青空にあるぶらんこの折り返し (無所属)
少年の石が水切る大夕焼
片蔭に海の音聴く六地蔵
トンネルを抜け新緑の極楽寺
夏料理 金澤 一水
占ひ師の灯影の揺れて巴里祭 (輪の会)
藍浴衣の項の白く浅草寺
川風に浮かぶ屋形の夏料理
夏の空五重塔の揺るぎなし
ホームラン 金子 きよ
初午の幟に潮風遊子にも (あすか)
幼らの「あのね」の尽きぬ春のバス
出来たての入道雲へホームラン
熱燗や父にも夢のありしころ
仲見世 鹿又 英一
仲見世に風運びたる風鈴屋 (蛮)
貨車繋ぐ音谺する青山河
古井戸を囲む竹垣蟬時雨
とび職の一ぬけ二ぬけ三尺寝
秋夕焼 神野 重子
かなかなや老老介護の只中に (七草)
秋夕焼阿弥陀に迎へられし夫
彼の国へ装ふ紬の秋袷
刻む音の身に入む夫の腕時計
酸模 神山 宏
夏の膳運ぶ仲居の裾捌き (あふり)
田植後の足跡深し風渡る
酸模噛む往時を偲ぶ語り種
火襷の椀に盛りたる茶豆かな
和三盆 川島由美子
青葉風行けば真実見えてくる (歯車)
ふと触れた前世の話かたつむり
葛まんじゅう味の決め手の和三盆
後攻に思わぬドラマ草野球
夏の雲 川野ちくさ
倖せの黄色い電車鳥くもり (蛮)
苔の花風来坊の靴干さる
丹田に込むる気合や夏の雲
ビル街の風は気まぐれ白上布
無人駅 川満 久恵
無人駅薄暑の海と一時間 (花林)
葭障子音無き風の通り抜く
金婚の二人は寡黙紫木蓮
百日紅ぽんぽん揺るる野球場
蟻地獄 川村 研治
次々にその次があるあめんぼう (暖響)
梅雨晴れや赤子の足の指うごく
螢から離れてゆきし螢の火
夕方はいそいで帰る蟻地獄
守宮の子 菊地 晴美
口遊む歌詞曖昧に青田風 (無所属)
定刻に定位置に影守宮の子
夏衣母の想いの糸解く
迷い事隅に仕舞って洛神珠
焼走りの熔岩(らば) 木関 偕楽
爆砕の地に重なりぬ夏の熔岩 (谺・草笛)
熔岩原の径辺に微か苔の花
地を圧す熔岩の隙間に蜘蛛の糸
秋澄めり熔岩原に聴く地の鼓動
バイエル 北浦 美菜
スカーフの結び目斜め若葉風 (蛮)
踏み入りし寺の一歩や新樹光
八月の米一合の重さかな
旧姓のままのバイエル虫の秋
鼻びしびし 北島 篤
大寒の鼻びしびしとかみにけり (蛮)
紫陽花も何も手すらも触れてなし
枝打ちの毛虫もさもな払ひけり
でで虫や齢を知らす殻のすじ
入院 木村 享史
老骨の病みて日焼もなき腕 (ホトトギス)
入院の退屈に夏過ぎてをり
夏痩せしまま病状は回復に
病窓に夏果つ雲を淋しと見
蜥蜴の尾 桐畑 佳永
決断を迫る局面蜥蜴の尾 (NHK学園俳句倶楽部)
蛇泳ぐ前へ前へと波押して
線状の降水帯の青水無月
かはせみやさつと深みへ池の鯉
梅雨 久保 遡反 春時雨傘は鞄の底にある (蛮)
桃の日やクレヨンで描く抽象画
菜種梅雨血圧計の加圧音
土曜日の病院の黙梅雨に入る
夏近し 阿部 文彦
称名の池のほとりや風青し (無所属)
腕白が五分刈りにされ夏に入る
昼下がり風に乗りくる竹落葉
心身の残滓洗うや滝修行
水の国 荒川 杢蔵
水の国田植済ませて浅緑 (無所属)
合歓の花今日一日の我を咲く
烏瓜月を迎へに咲きにけり
茶葉少し焙じて梅雨の家となり
道草 飯髙 孝子
野遊びを先導する子従う子 (さへづり)
デジタルの難解の語や梅雨の雲
陽を歩み磯香に休む心太
道草に時を忘れて合歓の花
平和 飯村寿美子
偕老に明日が見えない絵双六 (あかざ)
森囲むさくらさくらに坐す平和
木の芽冷え老いては吾子に叱られる
明暗の深呼吸せりチューリップ
待針 家田あつ子
爽やかに問ふさはやかに応へけり (谺)
秋陰や音もなく舟すれ違ひ
海上に地上に道や神の旅
待針の並ぶ針山冬ぬくし
薄暑 池田恵美子
クルーザーの海へ出て行く薄暑かな (あかざ)
花嫁と花婿のゐる海薄暑
汽車道に雪駄の音やサングラス
女神橋を小走りに来る白日傘
山葵沢 石黒 興平
突として磴の半ばの初音かな (末黒野)
野遊びや呼びもせぬのに牛の来て
水音に人声まじり山葵沢
啄木の三倍生きて啄木忌
春うらら 井出 佳子
水脈曳いて安房への航路春うらら (白馬)
夏めくや雲の湧きたつ地獄谷
稲妻の一閃海の闇濃くす
老鶯や耳から覚める山の宿
種袋 伊藤 修文
米を研ぐ音やはらかに春の水 (青岬)
草餅を焼けば故郷の野の香り
雪解してみちのくに湧く底力
種袋振って命の声を聞く
三伏 伊藤 眠
二月早や海へ匂ひの戻り来し (雲)
麗かや向ひ合せに花御膳
心地よき真菰の風よデラシネよ
三伏の空へ休符を投げかけむ
桜しべ 今村 千年
頻りなる桜しべ降る化粧坂 (末黒野)
重忠の討たれし辺りはたた神
子猫待つだけの家路を急ぎけり
大陸の風の香りや棗の実
茎立ち 今吉 正枝
花守の合羽の光る午後の雨 (無所属)
キッチン「海女」どんぶりで出る若布汁
庭隅に捨てし菜屑の茎立ちて
春深し佛飯時にトーストで
無題 岩田 信
寒明けて屋台はマッチョの秘密基地 (無所属)
猛暑から酷暑極暑と耐えるのみ
俳人は絶滅危惧種春愁
八月を祈り八月いまだ来ず
をんな寺 鵜飼 教子
旅一人足裏冷たきをんな寺 (あかざ)
コンビニの花胸に抱く彼岸寒
花嫁のもの思ふ日や春渚
パン攫ふ鳶の行方や磯遊
花は葉に 宇佐見輝子
捨てて来しものみないとし花は葉に (草樹)
竹皮を脱ぐあと一枚の未練
麦秋や脳裡離れぬウクライナ
いつの間に村消えてゐる濃紫陽花
燕来る 牛嶋美代子
燕来る字桜山富士見橋 (無所属)
雨俄か藤の色香の濃く甘く
白のみを咲かせ詩人の庭も春
夏めくや潜りつ浮きつ鳥の艶
昭和の日 内田 衣江
清き瀬に菖蒲の花のほのと揺れ (あふり)
蕺草や好きな花でも困まりもの
次世代も見せたや愛の蛍の火
昭和の日大家族なる懐かしさ
目白 梅津 大八
朝礼台に乗って眺めて卒業す (谺)
花ごろも城へ登って行きにけり
衣更へて十年程を若返る
息継を忘れてゐたる目白かな
うるめ焼く 江田 ゆう
来し方やノラには遠くうるめ焼く (青岬)
一人には広き食卓蜆汁
疲弊せし村に蛍の集まりし
開戦日毀さぬやうに豆腐切る
母 江原 玲子
子燕の空の広さを学習中 (無所属)
訥弁の間を甘酒のつなぎおり
母の背の小さく収まる白日傘
百三歳の未だ母なり白菖蒲
縄文の風 大木 典子
雛飾る祖母と遊びし蔵座敷 (あすか)
みちのくに縄文の風山滴る
柿紅葉ひと葉ふた葉は掃かぬまま
山眠る目覚むる力蓄へて
蟻急ぐ 大関 司
滝音の間近に聞こえまだ見えぬ (谺)
蟻急ぐ雨の降り出しさうな空
手も足も奮ひ立たせて炎天へ
鰻重の松竹梅となる鰻
夜店の兜虫 大関 洋
人間の滅びしあとの油虫 (谺)
晩酌につき合うてゐる団扇かな
波音の遠のいてゆく籠枕
飛ぶことを知らぬ夜店の兜虫
逃水 太田 土男
逃水やオカリナで吹く大黄河 (草笛・百鳥)
桜咲く終着駅に転車台
削蹄の馬の鼓動や花ぐもり
真つ新な前歯が二本桃の花
海辺にて 太田 幸緒
満ち潮に名残り惜しかり磯遊び (無所属)
海開き満艦飾にうねる海
にぎはひの片瀬江の島夏深し
海凪ぎて岩影ほのか後の月
花冷 太田 良一
越酒やつまみは越の蛍烏賊 (末黒野)
切株に座る花見やワンカップ
花冷や仏足跡の水たまり
鬼平に出会ふ上野や江戸桜
埋火 大本 尚 余韻ひく凍てつく夜の遠汽笛 (あすか)
あれこれと想ふ寒夜のひとり酒
埋火や遠くの記憶掻きまはす
語り部の佳境に入りて榾を継ぐ
春爛漫 小野沢邦彦
民家裏摘んで呉れろと土筆んぼ (東俳句会)
春の燭積ん読と言う安堵感
風光る病舎屋上白を干す
我も亦旅の独りや梅祭り
火の国 松本 進
冬ざれの雲厚きまま動かざる (あかざ)
火の国の女はつよか明の春
水仙花独りの帰り迎へをり
老二人手押車の四温かな
小六月 宮田 和子
モカマタリ今日いつもより濃く小六月 (木霊)
なた豆やいつもの路地の犬二匹
身の内に広がる暗渠いわし雲
母の忌や厄日の水を荒使ふ
野分 宮田 皓村
大野分垣根草花滅茶乱乱 (雅楽谷)
忘れ忘れて鎌倉殿に野分かな
枯野ゆく自由自在を楽しめり
恐天や野分洪水家流る
花筏 吉居 珪子
風の意図は奔放にして花筏 (無所属)
薫風や卆寿祝のイタリアン
暑き日の落ちし路地裏カレーの香
ミネルヴァの梟に問うわが余命
春一番 吉沢トキ子
梅の花蕊を咲かせて散りゆけり (輪の会)
筆はしる硯の海の小春かな
春一番ふかれて帽子も踊り出す
石かげに青に生きると犬ふぐり
マスゲーム 𠮷田 功
ビル街に初冬の翼を傾けり (無所属)
冬運河忍者の如く貨車が行く
大寒や動きだしてるビルの群
大寒や線路動かすマスゲーム
無題 吉田 典子
ぽんかんは音をかくしているかたち (歯車)
手袋の指組みいまだ話せない
捨ててきた雪の匂いを嗅ぎに行く
生国に片寄っている煮こごり
梅のふくらみ 𠮷村 元明
母とゐて梅のふくらみほどの幸 (無所属)
取り返しつかぬ深爪谷崎忌
幾何学に勤しむ秋の女郎蜘蛛
逆算の余生に拍車小夜しぐれ
大きな木 米田 規子
落葉踏むむかしのはなし美しく (響焰)
渋柿の渋抜けるころ日本海
一月や日の温もりの大きな木
好日やこんにゃくを煮て着ぶくれて
初鏡 脇本 公子
初鏡余命の奥をのぞきけり (雲)
着ぶくるる心の窓は開けしまま
太古より地球はひとつよなぐもり
大丈夫われらに春の水と土
小春 和田 順子
コーヒー缶ぺこと鳴らして小春空 (繪硝子)
甲高き男の声や寒明くる
寒肥を施す二代目の庭師
綿虫に会へさう不動巡りして
「発光」抄 渡辺 和弘
冴返る富士発光の間際なる (草樹)
始祖鳥の立つ気配かな雪解富士
春暁の山は創世紀の匂い
父として守るべきもの春疾風
はたた神 渡辺 絹江
憲法記念日ポップコーン爆ぜる (松の花)
長堤を麦藁帽子と小さき犬
山の端に小さき青空はたた神
噴水へ三時の日差やはらかし
日本海 渡辺 順子
ふるさとや苦味の抜けぬ蕗の薹 (好日・草樹)
父引きし傍線の朱や土用干
浜茄子の実や何もかも知る日本海
狛犬の阿吽は無声開戦日
夜神楽 渡辺 正剛
残雪のどどっと落ちくる裏の谷戸 (岳・顔)
鳶鳴く吾もあげたき鬨の声
夜神楽は村の高台神集ふ
マイナンバー抵抗限界白椿
日溜り 渡辺 長汀
それぞれの顔運び来る年賀状 (無所属)
大仏の膝の日溜り寒雀
荒梅雨や湖畔に古りし治水の碑
懐に友の遺影や山開き
熱燗 渡辺 照子
熱燗や私のなかに吾をらず (青岬)
駅階段さければどつと冬が来る
冬日向この頃楽し立話
正月の青空が好き海が好き
種袋 渡辺 時子
梅白し枝先ごしの療養所 (谺)
ぶらんこを揺らせり憂さを放つなり
占ひの当ってしまひうららけし
採取日と地名書きある種袋
冬景色 相 道生
産声を待つ冬帽子膝の上 (無所属)
父の忌や皮手ぶくろの皺伸ばす
鉄塔の鋲打つハンマー寒波来る
弥勒にも夜叉にもなれぬどんどの火
梅雨寒 青島 哲夫
病院に聖書のありし年の暮 (青岬)
安らかに眠れぬ日日や鴎外忌
梅雨寒やコロナは人権踏みにじる
蕗の薹摘みて今宵はこれでよし
山滴る 麻実 洋子
過ぎし日の気付かぬ平和山滴る (青岬)
風薫る掃除機かろし一人の日
柚子風呂や後悔いくつ浮き沈み
筆圧に見ゆる恙や年賀状
カプチーノ 麻生 明
冬帽子静かに脱いでカプチーノ (無所属)
白魚を啜り尽くして無言なり
ぴしぴしと万有引力冴え返る
菜の花の海に溺れている一軒
鬼がくる 麻生ミドリ
父と子の動画で届く雪合戦 (無所属)
節分やドアフォン鳴らし鬼がくる
雛納め家系図になきおんなの名
列につく天神様の草の餅
古希の青年 阿部 清明
古希の身の瞳きびしき初氷 (無所属)
青年の古希の夜明けや霜柱
初富士へ古希の青年至近距離
青年の古希の面へ初日の出
修正液 芳賀 陽子
楊貴妃と好みは同じライチー食ぶ (無所属)
天袋むかし話の冬眠す
紅梅や表情筋はゆたかなる
白椿修正液が出て来ない
鄙の秋 古瀬 道子
鄙の秋嫗ひとりの大屋敷 (あかざ)
身に入むや亡夫の時計の螺子を巻く
大鍋の具材ごろごろ芋煮会
学食のカレー大盛り秋暑し
手紙読む 堀江野茉莉
手紙読む腕を片陰より出して (谺)
船頭の訛り豊かに川開き
飾られて納屋出る祭馬として
座布団の薄さも馴染み泥鰌鍋
黙 堀口みゆき
信号の赤の点滅雪降れり (鷹)
弾痕の黙六月の巡視船
棕梠の葉に雨の激しき終戦日
パソコンの眼を休ませて月の舟
揚花火 本間 満美
鎌倉に影持ち歩く日傘かな (あかざ)
天上へ送る喝采揚花火
銀漢や最終便の機影過ぐ
新涼や手書きメニューのパンケーキ
冬銀河 牧野 英子
待つ人のゐて帰路いそぐ星月夜 (あかざ)
秋澄めり何やら軽し深呼吸
母いつも静かな強さ野の桔梗
ガス灯は横浜生まれ冬銀河
禁書 松尾 隆信
眉太き秋元不死男冬桜 (松の花)
開戦日禁書でありし先師の書
白菜の芯の黄色もまふたつに
はるかに雪嶺生涯の果ての果て
沖縄忌 松田 知子
夏の繊月教習所のバイク音 (松の花)
沖縄忌進入禁止の立看板
朔太郎像前橋の夏柳
触角を反らし天牛交みをる
綿虫 松本 凉子
諦めず焦らず風の吾亦紅 (花林)
旧友の老成ぶりや桐一葉
綿虫の舞ふ公園に待ち合はす
晩年に佳きことひとつ烏瓜
草の花 三浦 文子
白桃の触れてはならぬ傷みかな (歯車)
ふるさとは逃げだした筈ねこじゃらし
草の花もの足りなくてほっとする
淋しさと柿の丸みを大切に
秋の風 宮沢 久子
運慶像のこよなき眼秋の風 (白馬)
秋澄むや夜更けの遠き街あかり
上り来る車のライト猫じゃらし
体脂肪少し下がりし今朝の冬
野風 宮田 硯水
虫を聴く湯浴みの児らを窘(たしな)めつ (白鷺)
初風や旭と肩組みて海公園
輿入れの馬車に戯れつく刈田風
コスモスに研かれ野風軽くなる
銀杯 宮元 陽子
古日記銀杯賜ふ引揚者 (末黒野)
林藪の電車一両葱畑
北に立つ水子地蔵や着ぶくれて
持主を語る本棚賀状書く
懸大根 村上チヨ子
ビル風に落葉さ迷い交差点 (あすか)
一枚の枯葉残して去りし風
七台のキッチンカー来る小春かな
潮風や懸大根を撫でてゆく
砂時計 村上 裕也
月満ちて光るさざ波奏でおり (蛮・天晴)
秋の夜の時間つぶしの砂時計
じゃらじゃらとかき回す手の夜長かな
団栗の双子並んで木の根っこ
台風 村越 一紀
台風の真つ只中の訪問者 (あふり)
秋彼岸かがり火消えし能舞台
鷹渡る雲から空へ突き抜けし
秋の蝶黄泉の入口探し当て
秋桜 森清 堯
風捉へ風より疾し稲雀 (末黒野)
子供らの撫でて上りて大南瓜
秋桜風つぎつぎと移りけり
城跡の万葉に凝り露の玉
藍瓶 守屋 典子
藍瓶の町家に砧湾に艦 (無所属)
顔上げよ二百二十日の虹を見よ
馬肥ゆる秋嘘泣きの隣の子
たんたんと十月桜ただしづか
平和 安江冨美子
受験子の青き声きく合否かな (あかざ)
紫木蓮かくも平和の脆きかな
ふる里の情の厚きや返り花
生国を想ふ冬空ゴリラ園
猿島 安田のぶ子
要塞の島は無人や石蕗の花 (同人)
戦火遠く浦賀水道冬がすみ
蔦枯るる兵舎に隣る弾薬庫
落葉積む砲台跡や鳶の笛
銀やんま 柳堀 悦子
銀やんま追ふ兄を追ふおさげの子 (晨)
銀やんまメタルグリーン色の胴
菓子缶の標本箱に銀やんま
少年の夢は空飛ぶ銀やんま
賀状書く 山崎 妙子
一人では賢くなれず鳥渡る (岳)
顔上ぐる度に老けゆく蓮根堀
聖夜の灯運河静かに水湛ふ
賀状書く音のするもの遠ざけつ
砂時計 山田 京子
久々の兄の尺八良夜かな (鷹)
ゆく秋や戻ることなき砂時計
足場組む鉄骨音や年の暮
近況は知らず知らせず年暮るる
鏡餅 山本 一歩
一筋の日の差しこんで鏡餅 (谺)
雪片の乗りゐる松を納めけり
女正月部屋の出入りを禁じられ
康治白陀みづえ時彦鮟鱇忌
箱根山 横井 法子
回会の山百合匂ふ箱根山 (あふり)
凾嶺の胸突く緑七曲
ひぐらしの声に声継ぐ杉木立
ふと止みし蜩の声湖暮るる
初紅葉 山岸 壯吉
枝々の雨滴を染めて初紅葉 (青山)
鈴虫よもしやお前も不整脈
ハーレーの野分ものともせず疾走
打水や妻は木毎に声を掛け
銀河鉄道 山岸 友子
伊豆の旅句帳が秋を持ち帰る (青山)
初夢は銀河鉄道食堂車
予定より少し長生き蜆汁
同居する?頷く母に聖五月
依怙地 神山 宏
外出の妻の依怙地や秋ショール (あふり)
冬の蚊の窓に張りつく依怙地かな
ちやんちやんこ小さき依怙地はり通す
口の端の痒みチリチリとろろ飯
初蜻蛉 佐々木重満
水平に前途洋々初蜻蛉 (無所属)
農ひと日大夕焼という余慶
鬼百合や鬼籍の友の化身とも
オモテナシ上手な女よ鹿の子百合
文机 鴫原さき子
目を開けて人形眠る春の闇 (あすか)
永き日やわれに不毛の文机
戦禍なき空の自由を夏つばめ
睡蓮の犇めきあいて静かなり
蟻の列 菅沼 葉二
夕風や遠く泉の湧くごとし (無所属)
蝶の羽運ぶ歓喜の蟻の列
箱型の家並に雨の花水木
噴水の天辺水が水洗ふ
夢 菅原 若水
生も死もミカドアゲハの夢の中 (小熊座・輪)
風鈴のピカソの青や風の中
少年に空飛ぶ夢や鬼やんま
新涼や白きカンバス色を待つ
秋立てり 杉本 春美
名刀の刃紋さやけし寒月光 (白馬会)
歌麿呂のをんな横むく花明り
水切りの石のはづみに秋立てり
将棋士の勝負の一手いわし雲
海士の墓 杉本 康則
山笑ふ久米の仙人墜ちし里 (あふり)
一本の道辺境へ遅桜
行く春の浦辺の札所海士の墓
殿の後ろが先頭蟻の列
秋茄子 鈴木香穂里
緋目高に小さき如雨露の雨降らす (あふり)
梨ふたつ供へ無沙汰の長話
糠漬けの塩きしきしと秋茄子
熟柿食む好みしひとを偲びつつ
栗の花 鈴木 句秋
雑木山思索の中も真夏なり (風鈴)
長々と咲いても惰弱栗の花
炎昼の途切れた思考とり戻す
梅を摘む覗き込んではまた摘めり
海の色 関戸 信治
海の色海に返へして白雨去る (無所属)
白雨去り金の雫の鹿苑寺
父の日や村にサーカス来た話
妻の留守二タ夜は長し冷奴
夜の葡萄 瀬戸美代子
諸行無常しんがりが良き蝸牛 (顔)
寝返りて立秋の闇うらがへす
難問のひとつ解けし夜の葡萄
星月夜返し刀の置きどころ
集落 高尾 峯人
集落に柿鈴生りの深空あり (谺)
雲の上に山立ち上がる豊の秋
山の日にまだ生るトマト在祭
一瀑のひかり飛び散る初もみぢ
柿の花 髙島かづえ
夏座敷掛軸一つ替へてより (谺)
柿の花ほろほろ一日呆気なく
パスポート出て来る遠き黴拭ふ
鍵閉めて眠る守宮はそのままに
無題 高野 公一
予言者の顔で出てくる芒原 (山河)
咳一つ落してやがていなくなる
次の世も前の世もなく雪こんこ
高祖父となる日辛夷の高からん
青野 高橋 0生
深海によこづないわし棲むといふ (松の花)
青野とて着弾音のほしいまゝ
七夕の宇宙にデブリ地にコロナ
黄泉路まできらきら昇れ竹落葉
梅雨滂沱 高橋 俊彦
梅雨滂沱みなとみらいを一呑みに (顔)
称へ合ふ両軍選手炎天下
又と無きカップル誕生星祭
朝顔の藍こころの塵を拭ひたる
女の目 高橋 翠
カンナ燃ゆ人の生き死のある庭に (あかざ)
実石榴の裂傷女の目にあわれ
饒舌の女無心に西瓜食ぶ
新涼や声美しき人と居て
薔薇 高橋 泰子
高貴なる名を負ふ薔薇の佳き匂ひ (さへづり)
かはほりや河口にゆっくり赤い月
風鈴や夜半の寂しき風掴み
河鹿鳴く旅情にひたる真夜の風呂
今年竹 高平 嘉幸
皮ひとつ高みに残し今年竹 (繪硝子)
女弟子ふと訪ひ来たり桜桃忌
南天の花散るともなしに咲き満ちて
白波の学生の列橡の花
月の道 多賀みさを
稲光起重機浮きぬビル現場 (さへづり)
廃れたる登り窯の端カンナ炎ゆ
二重三重郡上踊の寝もやらず
アンコールのチェロの余韻や月の道
ひまはり 竹沢 みゑ
ゆるやかな坂あとさきの梅雨の蝶 (無所属)
向日葵の空へ砲声ウクライナ
炎天下兜太の一句よみがへる
言論の自由をまもる雲の峯
なまくら 竹中 瞭
翩翻と白と黒なりわが夜干 (街)
桃熟るる噂話を聴いてをり
翡翠去る幻影揺るる水の面
なまくらで剝きたる熟柿目覚めをり
立夏 多田 学友
コロナはねのけ真直に夏来たる (暖響)
癌癒えて夏にも負けず生きにけり
羽抜鳥のつぴきならぬときに飛ぶ
楸邨忌人間探究とこしなへ
夏草 立野 治子
木洩れ日の径のあとさき秋茜 (あかざ)
蜘蛛逃がす夫のB面垣間見し
夏草の指に抗ふネットワーク
下駄音に逃げる飛蝗の放物線
水澄む 田中悦子
「久し振り」あとが続かぬ夏マスク (無所属)
爽やかや手を繋いでる老夫婦
黄菊白菊遺影の妣の笑み給う
父母無くてふる里の井戸水澄めり
風になる 谷口ふみ子
賑やかや長寿の村の吊し柿 (船)
一瀑の洗ひあげたる櫨紅葉
秋草に屈みて風になつてゐる
誰も農継がざる水を落しけり
鑑真忌 田畑ヒロ子
荒波の音の離れぬ鑑真忌 (顔)
風鈴の音の形に風流る
里帰り見事に眠る夏座敷
ソフィア・ローレン再び悲しひまわりよ
鎌倉七座 千葉 喬子
春怒濤島に二つの行在所 (繪硝子)
牛角力終へし牛の目まだ尖る
鎌倉七座名残の町や初燕
鍬の一撃とどめたかんな届きけり
跫音 塚田佳都子
合歓散つて聴けぬ声聞く無言館 (好日・草樹)
青しぐれ記憶の絵具溶くやうに
跫音に足音つづく道をしへ
母を画き妹を画き夏了る
日向ぼこ 角田 太定
メーデーや掃除ロボット働かず (青岬)
地球から水が漏れさう梅雨滂沱
霧の夜を老バーテンとふたりきり
日向ぼこことばだんだん温まる
渋皮煮 露木 華風
悦びにかはるひと手間渋皮煮 (無所属)
長き夜や良きことのみを叔母へ文
産こゑのあがれ予定日小鳥来る
金木犀四代続く生薬屋
夕顔 戸田 澄子
夕顔の白ぽっかりと暮れにけり (末黒野)
しこ草の根性欲しき酷暑かな
秋空や女ごころか急の雨
身に入むや炉煙舎の無し白陀師忌
若夏 戸恒 東人
若夏や空手の形を砂浜で (春月)
夏の航浮桟橋の揺れに酔ひ
鎌倉に牡丹餅寺や雪解富士
石柱に標す河岸跡青蘆原
秋扇 友井 眞言
言い訳の唇見つつ秋扇 (俳句人)
一人酒ときどき開く秋扇
父母と素直に呼んで墓参
片蔭を行きつ戻りつランニング
ピエロ 内藤ちよみ
躓きのたび夕顔になってゆく (朱夏・石楠花)
青野来てホモ・サピエンスとなる鼓動
窓に写るピエロの真顔秋夕日
綿虫が伏兵となる切通し
秋澄む 苗村みち代
涼新た女の顔を取り戻す (風鈴)
名人に付いて回って茸狩
秋澄むや駅ピアノからノクターン
母の忌はいつも小春日茶を点てる
星祭 永井 良和
湧水に揺るる池の面とんぼ来る (無所属)
万緑と化して眠れる古墳群
雷鳴を雷鳴と聞く国に住み
佳き人と数多の出会ひ星祭
末法 中島 俊二
ゆく春や末法の章読みかへす (あかざ・楷の木)
初恋のひとの礼状黴にけり
万緑の闇の声ごゑ沖縄忌
「赤い靴の少女」とひとつ日傘かな
伊勢のはなび 永方 裕子
初蟬のふいの近音や古墳みち (梛)
父恋ひ母恋ひ伊勢のはなびを摘み溜めて
誰彼の声の遠退く夜の秋
叢雲はひたすら西へ長崎忌
月々 長尾 七馬
卯月早や新たな学びする校舎 (無所属)
コロナてふ病棲みつく町新た
茂きこと我は葉月の生れなり
神無月神も許さぬささめ事
白くらげ 比留間加代
ラジオから昭和の歌謡明け易し (蛮)
十人の柔軟体操白くらげ
すらすらと瓦の寄進夏の雲
時効無き噂の火元雲の峰
習作 復本鬼ヶ城
五月人形鍾馗の鼻の欠けてをり (阿)
菖蒲三本はすかひに浮く湯槽かな
ネットにて書を買ひをれば梅雨の猫
じやこてんをぺろりと伊予の夏女
赤色灯 藤田 裕哉
秋暑し元交番の赤色灯 (蛮)
秋めくや似顔崩るるカプチーノ
鰯雲無人のバスの坂下る
コスモスや都電の軋む石畳
おもてなし 藤田芙美子
来客の胸にさわやか真珠玉 (さへづり)
友の好きな花床の間に活け新茶汲む
一房の葡萄分け合ひ仲直り
いそがしき事の仕合せ鳳仙花
遠郭公 舟木 克博
湧水へ人影集ふ夕薄暑 (枻)
渓谷の朝を告げたる遠郭公
森影の大きく迫まる植田かな
廃船の錆深くなる炎暑かな
老鶯 船津 年子
裏見の滝の裏より搖れるこの世見る (横浜俳話会)
雨しとど老鶯恋の行く末は
まだ未来ありや一キロ梅漬ける
さくらんぼ老の身に老忘れさす
遠近法 小野沢邦彦
祭笛病父の瞼ちと動く (東俳句会)
似顔絵はピカソもどきや敬老日
香焚きて障子明かりの写経かな
枯木立遠近法へ葬の列
かりんの実 神野 重子
膝小僧ならべ線香花火の輪 (七草)
戻らねば攫はれさうな大花野
奥つ城へなびく真赭の芒かな
面相良き誕生木のかりんの実
花筏 神山 宏
花筏退路断れて渦となる (あふり)
占ひを信ぜず千切る黄ガーベラ
お神籤の小吉と出て花を浴ぶ
夕づくや触れ合ひさうな飛花落花
青胡桃 川島由美子
花御堂園児の列に加わりぬ (海鳥・歯車)
花ふぶきふっと齢を忘れたり
父さんのカメラの重さ青胡桃
魂のゆるやかに白さるすべり
新樹 川野ちくさ
書架に置く旅の名残の野水仙 (蛮)
うららかや遠くまで飛ぶ夫の爪
来客の席の空っぽ木の芽風
待ち人の靴音来たり夜の新樹
麦の秋 菊地 春美
無垢な娘の指の白さとさや豌豆 (無所属)
醤油屋に和み拡がる燕の子
ざわめきの先黒々と夏鴉
リハビリ終え軽い足取り麦の秋
里若葉 木関 偕楽
韃靼の蕎麦挽く水車春めきぬ (谺)
巌鷲の山を引き寄せ田水張る
水草生ふ伏流水の生出堰
啄木の歌碑の百年里若葉
貨客船 北島 篤
朧夜や岸離れ行く貨客船 (蛮)
啓蟄や吾子懐妊の報に触れ
竹芝沖ただ揺れている朧月
七夕やしげさん土に帰りけり
風鈴 北村 まき
独り居に馴れて写樂の団扇かな (無所属)
うなづきも言葉の一つ螢の夜
風鈴は夕ぐれが好きハイボール
秋霖や靑深まりし竹の寺
冬の海 君塚 凱宣
断崖の老樹震える冬日かな (無所属)
銀波より金波の海へ冬入陽
大漁の帰船のひびき冬の浜
雲間より光芒射るや冬の海
茂り 桐畑 佳永
山刀振ふ茂りや山越ゆる (NHK学園俳句倶楽部)
夏木立抜けて教会黙祷す
人間とコロナ見下ろし鳥帰る
白桃に刃を入れぐいと切り下げる
稜線 久保 遡反
怪獣の三匹帰る三日かな (蛮)
冬の朝シャンプーの香の沈殿す
稜線を引き寄せてゐる北颪
薄氷の中に気泡のありにけり
さくら 栗林 浩
東京の智恵子の空を鳥帰る (街)
ゆくほどに桜が梅となりにけり
眼奥のさくらが散るよ海の上
桜咲く君とひとりのマチネかな
木瓜の花 桑原千穂子
水音の段差に桃の花筏 (風鈴)
踏青や現状維持の足と腰
おっーとっーとペンキ塗りたて木瓜の花
海山の風にも触れず夏惜しむ
鮎の宿 河野 薫
月見草ひと夜の命いたいけな (あざみ俳句会)
メロンの香クレオパトラか楊貴妃か
緑蔭やいつもの小道いつもの歩
掛け軸は日日是好日鮎の宿
武者人形 古柴 和子
玻璃越しの昼立ち眠る武者人形 (天為)
ひたすらの時の強情桐の花
亡き兄は端午の生れ兜折る
馬銜振って牧の道産子夏にわか
穴まどひ 小林比奈子
餅を搗く音に終りの見えてくる (谺)
いつ暮るるともなく暮るる桜かな
暑さのみ言ふて言葉を忘れけり
敵味方作らず生きて穴まどひ
橋の名 小山 健介
鶯の歌にのびしろ診療所 (海鳥)
橋の名は架けた人の名山笑う
春灯青と黄色の鶴を折る
止まぬ戦要の開花を告げる風
無題 衣川 次郎
屈みたる母しか知らず草の花 (青岬)
寒灯の一つひとつに帰る道
今生の刹那積もりて雪となる
障子一枚違へただけの妻の世は
さくら 斉藤 篁彦
横浜は坂おほき町はつ桜 (群落)
咲き満ちてなほ咲くさくらさくらかな
さくら散りいつもの空へもどりけり
バー多きベイスターズ通り八重桜
冷し汁 斉藤 繁夫
新駅のまはりは畑つばくらめ (無所属)
錠剤のうぐひすいろや冷し汁
切支丹坂に碑のある時雨かな
保育器のややの息つく花の夜
枝垂桜 齊藤 智子
駈け寄りぬ三葉つつじの明るさへ (松の花)
山門の枝垂桜を潜りけり
水音や薄紫の著莪の花
若楓映して雨の石畳
鬼の子 齋籐 至旦
駆けまわる園児へやさし初夏の風 (雲)
鬼の子に見張られている空家かな
捨てきれぬ本に良夜を想い出し
走りそば明日の力にもう一枚
獺祭 斉藤ふさ子
獺魚を祭りて老いの一間かな (枻)
歳月を愚直に卆寿草を刈る
韃靼の潮路はるかに雁渡る
春や上野夢から覚めるポンペイ展
新緑 齋藤理恵
急行の止まらぬ駅に小鳥来る (あふり)
真魚板に向かふ夫の背冬ぬくし
白詰草を踏んで鬼ごっこに夢中
新緑や目玉を換へたかのやうな
花みかん 坂 守
花みかん漁港見下ろす教会堂 (無所属)
風光る唐への道は島づたひ
馬車行くや夏めく古都の石畳
着せ替への小便小僧夏めける
日向ぼこ 榊原 素女
つちふるやタンカー島へ隠れたる (谺)
笑ふほかなきほどに着ぶくれてをり
榾足され帰りそびれてしまひたる
日向ぼこ白寿の母と並びゐて
初音 酒寄 悦子
未来図に一歩踏み出す初音かな (七草)
鷹化して青き地球の鳩となれ
大島桜満ちて太古の命かな
死に急ぐ話にあらず花は葉に
夏薊 佐川キイ子
夏薊遠巻きに守る変声期 (七草)
根の国は覗けぬ所蝉の穴
幾万の眼に沈む大花火
永き闇晴れて台に古代蓮
風 作山 大祐
寒蜆黒色に富むうまさかな (無所属)
探梅や路地奥からの風を知る
潮干狩人より前へ進むなり
飛魚の鋭き目付き空中に
夏来る 櫻井 波穂
三面鏡の横顔誰ぞ夏来る (松の花)
汀へと上がるサーファーの黒き髪
夏草や艇庫の鍵のがちやと鳴る
蓮根入りのカレーさくさく薄暑かな
桜 櫻井 了子
妣と見し五重の塔や花吹雪 (海鳥)
散り急ぐ桜遠くに反戦歌
白いシャツ前髪多少切っただけ
雪形のくずれマラソンスタートす
薄暑 佐藤 公子
切株の木の香芬芬たる薄暑 (松の花)
大揺れの葦の先端葦雀
あめんぼの音なく弾け木暗がり
林中の滝一条に差す日かな
若緑 佐藤 信
蝶々の大きな影や白壁に (童子)
若緑梯子は今日も掛けたまま
侵略は今日も止まずよ蝿を打つ
青空に平和願ふや鯉幟
牛乳屋 佐藤 久
歩くより遅いジョギング朝桜 (蛮)
追憶の端の繋がる花見酒
朧夜の猫の集まる牛乳屋
行く春や鳩サブレーの首折れて
まあだだよお 佐藤 廣枝
もういいかいまあだだよお涅槃西風 (海鳥)
大桜村に伝わる鬼の面
青嵐自分の嘘に傷つきぬ
万緑の深きへ軋むかずら橋
巣箱 佐藤 笑子
一歩一歩みんな違つて卒業す (青岬)
耳たぶを褒められし頃新社員
ワクチン了へ少年は巣箱確かむる
蚊柱の向かうは戦禍父母遠し
陽の渦 佐野 友子
鳴く亀にとふ心月のとこしなへ (七草)
陽の渦や魚島時の波けぶる
海を恋ふ浦島草に雨の粒
長老の日がな遠目や干鰈
磯伊達 芝岡 友衛
郭公のこゑに向き合ふ風見鶏 (あふり)
佐保姫の画布にやんちゃな色使ひ
亀を見て亀に見られて暮遅し
磯伊達にかもめ鳴き寄る日永かな
花筏 島田たか子
花冷えのゆるりと過ぎる一日かな (俳句人)
手のひらに花の雨うけ傘さしぬ
花満ちて曽孫の誕生背を伸ばす
花筏葦に阻まれ壊れ行く
春の虹 清水 呑舟
命あるものみな濡れて春の虹 (無所属)
熱の児の一語で決まる小猫の名
四股太き土偶の女神麦の秋
琴の音の流るる川面春逝けり
冬木の芽 清水 善和
わが閨をそっと覗きし嫁が君 (繪硝子)
老鶯の一声山気締まりけり
筑波嶺は雲を放ちて豊の秋
卆寿にも果たす夢あり冬木の芽
青梅 白戸 惠子
水車小屋に流れの絶えし青葉闇 (あふり)
古民家の格子戸越しに青葉映ゆ
新聞紙解くやまったき青梅よ
雨蛙声を限りの闇深む
春夕焼 三幣芙佐子
春夕焼小腹を満す飴ひとつ (あふり)
無為の日の空耳やたら目刺焼く
初鰊朽ちし番屋の事をふと
足遊ぶバーの止り木朧の夜
風 麻生 明
「南無地蔵菩薩」はためく春の風 (海鳥)
恋唄の男やさしき風の盆
放蕩も風まかせなり薄の穂
人を待ついとしき時間風花す
白秋生家 麻生ミドリ
涅槃西風追伸にある墓じまい (海鳥)
献盃に五勺の酒と蕗味噌と
天辺の見えぬ石段沈丁花
うす暗き白秋生家つるし雛
古書 阿部 文彦
幼子に鳩が辞儀する小春かな (青蘆会)
巡航の汽笛遠のく温め酒
父母の墓に花あり日脚伸ぶ
御降りや文机の古書読み通し
冬景色 荒川 杢蔵
駅伝の駈け去りてまた冬景色 (無所属)
おめ八十屋根さ乗るなと雪見舞
鳥を獲る猫はとことふ冬野かな
車から釣竿見張る寒の海
雪が降る 有馬 五浪
冬ぬくし財布をもたざる一日かな (谺)
雪が降る窓いっぱいに雪が降る
暮れ早しいつもの刻に寺の鐘
生きるため飲む薬あり年新た
春暁 飯髙孝子
春暁の山むらさきに構えたる (さへづり)
大橋の真ん中が果て春の塵
山影の映えてゆるゆら春小川
やわらかに土なでさぐる蕗の薹
寒晴 池田恵美子
鈴の尾の外されてをり初詣 (あかざ)
寒晴の麒麟の舌の長さかな
寒潮のシーバスの水脈逆巻けり
緑青を吹きたる小銭走り梅雨
ダイヤモンド婚 石川 暉子
初日の出共迎へたるダイヤ婚 (松の花)
女祢宜の美声の祝詞初詣
門松の梅へひらりと初雀
樽酒の香り広ごる旅の宿
日向ぼこ 今村 千年
蔵いくつ毀ち泰山木の花 (末黒野)
阿夫利嶺の雲入れかはり新豆腐
コロナ禍の世に存へて日向ぼこ
石一つ雀隠れの猫の墓
喉 梅津 大八
水に映して雪吊の出来上る (谺)
十二月八日喉に茶の熱き
青田道ぽつんとバスの停留所
鵜の喉を戻り来し鮎かもしれず
張子の虎 江原 玲子
図書館の書架に空間涼新た (海鳥)
鎌倉や野菊の路地に投句箱
新酒くむ張子の虎が首を振る
いっせいにスマホが仰ぐ冬紅葉
初御空 大江かずこ
元朝の先づは苦楽の顔洗ふ (青芝)
初御空一角育つ畑地かな
耀へる極みの朝を寒に入る
鉛筆の静止してゐる雪の音
朧 大関 司
汚れたる雪を隠して春の雪 (谺)
切り株の年輪洗ふ春の雨
音もなく川は朧を流れけり
地下道から赤き風船現るる
無題 太田 土男
人払ひしたるごとくに鵙日和 (草笛・百鳥)
木枯の目玉のやうな夕日かな
白鳥の村の暮らしの中をとぶ
闇汁の厠というて逃げゆけり
墨の掠れ 太田 優子
草の花百を飾って傘寿かな (海鳥)
ふるさとの新米まずは塩むすび
箱書の墨の掠れや秋澄めり
寒林の月を動かす梢かな
鼓草 太田 幸緒
踏切や響む警笛鼓草 (無所属)
新茶汲む鉄瓶滾る音静か
秋晴れや車の屋根に眠る猫
子を送る振る手は髙く息白し
流刑地 太田 良一
流刑地が生まれ故郷や鳥帰る (末黒野)
丹沢にブッセの山や二重虹
月光や一億年の呼気吸気
霊山は闇を作らず冬銀河
杉菜生ふ 大塚 和光
小雨降る宵のしづけさ蜆汁 (あふり)
散り初めし花まなかひに独り酌む
逝きてより幾春父の歳越えぬ
杉菜生ふ閉鎖の続く集会所
根深汁 大西 昭舟
妻といふ突っかひ棒や根深汁 (青岬)
卒寿なほ去年今年の夢を追ふ
この子らに戦はさせじ開戦日
全身で障子貼る母遠き日よ
あと十年 大本 尚
木洩れ日を受けてほどくる蕗の薹 (あすか)
纏ひ付くやうな闇なり蛍縫ふ
到来の通草連れ来る里だより
あと十年生きるつもりや冬至風呂
咲きのぼる 小川 竜胆
死ぬときは蛍に導かれて死ぬ (雅楽谷)
ソラシドとグラジオラスの咲きのぼる
月面へ枝豆押して飛ばしけり
近影のおのが眼くらき吾亦紅
狐火 大輪 靖宏
狐火や集ふ子の数なぜか合はず (輪)
友に逢ふことなき年はただ寒し
誤嚥せぬやうに味はふ雑煮かな
寒鯉の動かざること只管打坐
寒の酒 大和田栄子
隣家まだ海外赴任梅真白 (無所属)
始まりの合図のワイン春の宵
山茶花や鶴首と云う備前焼
妹の忌日に贈る寒の酒
父祖の書 岡田 史女
風戯へ山頭火忌の花薄 (末黒野)
石高を記す父祖の書小六月
走り根や冬の大地を鷲掴み
仰ぎ見る元朝の空ゆるぎなし
春の足音 尾崎 竹詩
亀鳴くは空耳ですか兵の墓 (無所属)
歩けば春風停れば光
春キャベツザクッと光溢れ出す
女神とも雪女とも花辛夷
冬ぬくし 小沢 真弓
霜の夜の夢の誰もが声もたず (あふり)
保育器に小さな欠伸冬ぬくし
山羊の声をつなぎし杭や冬菜畑
雁七羽夜明けの空の一行詩
貨物列車 尾澤 慧璃
湖南行く貨物列車や冬三日月 (蛮)
月蝕やマスクをそっと外したる
待春や紅茶に染まる角砂糖
名を聞かれはにかむ子供春立つ日
次女の婚 小野 元夫
天秤の父は夏蝶より軽し (百鳥)
短夜のいつ地上絵の色を替ふ
大文字の火屑浴びたき坐禅以後
しぐるるやTSUTAYAと不二家灯を競ふ
春隣 加賀田せん翆
夢少し書き足しており初日記 (無所属)
裸木の失うものの無い強さ
いつからか親父顔なる寒鴉
もう一回鼻うがいとや春隣
還暦 景山田歌思
カデンツァに入り仔馬の跳ねにけり (蛮)
初恋の還暦となる春ショール
還暦や苺ミルクで睦み合ひ
紀元節の三々五々の機動隊
雛 片倉 幸恵
初雪や黒紙に受け拡大す (花林)
初雪や旧海道の松化粧
雛祭新顔土鈴ひとほえり
雛の間夢まぼろしや夜半の笛
枇杷の花 勝又 民樹
単線の扉は手動鳥渡る (無所属)
振り返る猫の一瞥花八つ手
つつしみといふはむづかし枇杷の花
あれが伊豆これが大山冬日燦
狐火 加藤 房子
咲き満ちてうつつの昏さ負ふ桜 (七草)
青梅やその日透明なる殺意
引く波に砂の遅るる秋思かな
霜の声聴かむ総身かたむけて
冬帽子 金澤 一水
饒舌のマスクのありぬバスの中 (輪の会)
ランドセルと弾んでをりぬ耳袋
改札へ迎へ来る子ら冬帽子
歌舞伎座へショールの二人立ち止まる
新日記 金子 きよ
傘寿なる喜怒哀楽の新日記 (あすか)
梅が香や防災無線こだまして
噺家の足の運びや宵桜
北斎の絵そのままに夏柳
いぬふぐり 金子 嵩
接木して頭の螺子を締め直す (衣・祭演)
俺はもう人間止めたいぬふぐり
反骨を軟らかくする春の雪
遺伝子が少し足りない櫻魚
死者 鹿又 英一
水仙やみんなあの世へ行きたがる (蛮)
冬霧や口笛が死者呼んでゐる
霊柩車の通り過ぎたる冬桜
情死者の沈んでをりぬ寒夕焼
ど根性 蒲谷トシ子
バス停の皆ほとけがほ日向ぼこ (白馬)
水仙や断崖とべるど根性
じっちゃんのしはぶきひとつころげゆく
雪吊や百万石の城の松
とんぼ 村上 裕也
山下る登山帰りのレジ袋 (蛮・天晴)
鬼灯の笛の音遠き古里よ
裕次郎眠りし墓所の赤とんぼ
とんぼとんぼつがいのとんぼどこへゆく
引き籠もり 阿部清明
北風を遮る部屋へ引き籠もる (無所属)
引き籠もる子へマフラーを編む八十路
級友や成人式の引き籠もり
引き籠もる部屋へかあさんからみかん
竹の葉 雨宮きぬよ
散るさくら戻りくる人ゐたりけり (枻)
散るやうに散る竹の葉の雨となり
蓮ひらくたび新しき風が吹く
雨筋の遁る茅の輪をくぐりけり
ものの芽 飯村寿美子
秋冷の急や身の軸おろおろす (あかざ)
甘納豆からびてをりぬ暮の秋
ひとことが支へものの芽にかがむ
偕老へ少し凹みて春立ちぬ
筆文字 家田あつ子
春の波力を抜いて返りけり (谺)
下町が好き日被の店並び
美しき筆文字秋の澄めりけり
母にある律動毛糸編むときの
何やかにや 石川 詔子
豆腐屋のマイクが吐ける残暑かな (海鳥)
自転車を土手に放りて秋の畑
リビングの書架なき書斎秋灯
白萩や何やかにやに墓のこと
雲の峰 井出 佳子
海へ向く椅子誰も居ず月見草 (白馬)
炎天を来て荷崩れの身を糺す
うつしよの穢れは知らず実むらさき
山祇の欠けたる祠木の実落つ
初雪 伊藤 眠
たをやかに生きゐてひとり星祭 (雲)
栗の飯何ごとも無きうれしさよ
濁酒ざらりと荒き猪口の肌
立ちつくす掌の初雪の消ゆるまで
衣被 今吉 正枝
何にでも醤油贔屓や衣被 (東)
小春日や四つ葉クローバ摘まず置く
猫パンチ貰いて嫁は筋雲に
新月や白鳥の歌明待てず
さすらい 岩田 信
早苗饗や疲れがやすらぎつれてくる (無所属)
さすらいは茅花流しを呼び起こし
黙祷とともに八月来てしまう
行く秋を山に問えども無言なり
クリスマス 鵜飼 教子
少年におもひで語るクリスマス (あかざ)
地方紙に載る川柳や花柊
春菊をつまむ香の片手ほど
地酒そろふ古ききざはし年深む
寒卵 宇佐見輝子
枯れてゆく樹から真っ正直になる (草樹)
三面鏡冷えてそ知らぬ貌二つ
蜆汁マイナンバーという縛り
寒卵いつしか脳に落し穴
浅き春 大木 典子
ふる里の直江堤や浅き春 (あすか)
夏夕べ許せるものに笑ひ皺
金風や運転免許返納す
月輪の欠けゆく時間おでん煮る
花ぐもり 大関 洋
春灯であり文机の灯と言ふも (谺)
花筏堰あることをまだ知らず
水音に日の斑の揺るる山葵沢
綿菓子の萎んでゐたる花ぐもり
秋 大高 芳子
住職の差し出す傘や秋時雨 (蛮)
文化の日銀座で食ぶるオムライス
教習の馬の嘶き秋の空
秋晴や富士の裾野に立つ煙
敷松葉 堀田 一惠
月明やあてどなけれど夫と行き (無所属)
この家が終の棲家かちちろの夜
朝戸出の靴音確か菊日和
琴の音はこの家の風敷松葉
秋の風景 相 道生
街角の秋気を描く似顔絵師 (無所属)
ふるさとの駅の出迎へ柿すだれ
赤ちやうちん開ければ煙火初秋刀魚
墓洗ふ指先に浮く父母の顔
冷し酒 青島 哲夫
ウィルスの増ゆる早さや草茂る (青岬)
体温を測りつつ酌む冷し酒
遠き日や蒸しパンにせし藷の蔓
夜も昼も監視社会や多喜二の忌
夜明け待つ人 青野 草太
蟇まっすぐ進みて嫌はれる (青岬)
いつの世にも夜明け待つ人藤村忌
少数派に身を置く矜持竹の春
「直き会える」と結ぶ弔辞や夜の蝉
釣瓶落し 青山冨美子
誰も居らぬ芝生の起伏秋日濃し (九年母)
とんばうの寄りては離る杭ひとつ
渡り鳥待つかに池の平らなる
手を振って子ら去る釣瓶落しかな
追憶 神山 宏
追憶や無花果捥ぎし天の碧 (阿夫利嶺)
想ひ出に袖でこすりし柿の照り
無花果の実割れ追憶の小径
追憶や徒競走弱し運動会
終戦日 髙島かづえ
扇風機止まるや羽の海の色に (谺)
水中花すとんと沈むそして咲く
ただ庭を見てゐる二人風鈴鳴る
庭石の乾ききつたる終戦日
惨禍 高橋 0生
走り湯権現逢ひ初め渓の夏惨禍 (松の花)
その端にパナケイア来る雲の峰
鉄棒のレジェンド墜ちた油蝉
ひとりむし熱海の沢は鳴るばかり
水ぬるむ 高橋 葉子
坪池に動くものあり水ぬるむ (無所属)
狭庭にゆさりゆさりとさるすべり
杖の身に選ぶつば広夏帽子
青空にほこらかな色さるすべり
蟇 鍋島 武彦
しやしやり出て道の真中や蟇 (末黒野)
篭り居の窓に眺むる夏の雲
時節柄箸のためらふ握鮓
夜避けて沖に数多の遊び舟
姉妹 堀江野茉莉
ほろ苦き酒よ水鶏の鳴くことよ (谺)
そばにゐるだけでよかった虫の夜
恋多き三姉妹なり暖炉燃ゆ
ほどほどの美人姉妹よちやんちやんこ
夏つばめ 本間 満美
夏つばめ海光はじく金の鴟尾(しび) (あかざ)
一峡を満たす川音や鮎の宿
うぶすなの空震へたる大花火
八月や過去呼び戻す波の音
後の月 牧野 英子
黒々と山の影おく秋夕焼 (あかざ)
子育ての楽しき日々や後の月
むらさきの皮ごと至福夜のぶだう
せせらぎの風に寄り添ふ薄紅葉
露 町田 秋泉
春灯し九九諳んじる明日の顔 (無所属)
睨めっこ目線をはずすかたつむり
暮なずむ畦畦に露降り始む
冬紅葉映えて傘寿の多き村
土耳古石 松田 知子
土耳古石耳朶に揺るるや雲の峰 (松の花)
曝書愉し三島谷崎志賀鷗外
秋茄子のまるまると四つ焼き上ぐる
夫南瓜煮てをりわれは本を読む
今朝の柿 松本 進
椋鳥の群るる街路樹日の出前 (あかざ)
実石榴の裂けて笑顔の噺かな
昨日よりも手の届きたる今朝の柿
籠り居のひとり俳諧秋うらら
青岬 丸笠芙美子
鳥になれと風はささやく青岬 (あすか)
砂山に青水無月の風わたる
海を向く背に夏の日の影重し
水色の風のハミング夏帽子
重い時間 三浦 文子
青年は荒地の匂い日雷 (歯車)
黙というやさしさ水草の花ゆれて
盆の月愛しきものを遠く置き
桃を剥く重い時間を剥ぐように
春埃 三ツ木美智子
いちまいの切符とせむか春落葉 (松風)
押せば開く寺の裏木戸柘榴の実
ボール蹴るひとりは一人の春埃
こぼれやすくて鶏頭の種と言葉
未来図 宮沢 久子
英艦の寄港奇しくも秋暑し (白馬)
柚子坊の噛む音あきることのなし
正門に町の未来図卒業期
母を追う軽鴨の列風薫る
不知火 宮田 和子
不知火と書くゆらめきを文字にして (無所属)
降りみ降らずみ十薬の白浮きたたす
大西日稿を埋めかねカプチーノ
人なつかしき日や全円の鰯雲
ララバイ 宮田 硯水
オシッコと手を上ぐクラス風薫る (白鷺(はくろ))
花氷あたしあんたにとろけさう
夕波は湖のララバイ月見草
秋風の坩堝ここにも鎌倉は
秋夕焼 宮元 陽子
秋夕焼白き観音ほの紅く (末黒野)
滲みでる縁切り状の秋思かな
巻髪の細きうなじや七五三
曇天を凜と締むるや冬紅葉
赤とんぼ 村上 チヨ子
空海の空に残照赤とんぼ (あすか)
尼寺や色なき風の通う道
七階の窓に近づく鰯雲
奥深き政子のやぐら小鳥来る
蛙 村越 一紀
露天風呂湯口の岩に雨蛙 (阿夫利嶺)
河鹿鳴く川古びし保育園
蝦蟇の鳴く古刹の庭に長く座す
漁師舟雲丹かけ飯に夏の風
風呂吹き 村中 紫香
風呂吹きや晩年支ふ夫婦箸 (無所属)
金木犀回転ドアーをひとまはり
柿熟れて肩書取れし背を伸ばす
一葉の紅葉栞に句集閉づ
菊膾 望月千恵子
八人を育てし母の菊根分 (あかざ)
ふるさとのなまりも和えて菊膾
何事もなき世のように鳴る風鈴
山道をたどるごとくに柿を剥く
点睛 森清 堯
茨線の柵を隔てて緋のカンナ (末黒野)
馬追の来て白壁の点睛に
とことんに笑ふばかりの秋暑かな
追憶は淡きままなり花木槿
青柿 守屋 典子
青柿を齧って落とす彼奴は栗鼠 (無所属)
正午の鐘爪先立ちの蟻走る
蜩や次々雲母剝ぐごとし
宿題の残りはあるか法師蝉
日雷 山崎 妙子
列なすはいつも弱者よ日雷 (岳)
信長忌畳を滑る夜の蜘蛛
日の最中身投げのやうに蛇墜ち来
流木は息継ぐところ糸とんぼ
万緑 安江冨美子
腕白の風よくはらむ鯉のぼり (あかざ)
万緑や谷は川なく水にほふ
緑濃き八十路の兄の蓬餅
空豆の塩湯に躍るみどりかな
月 安田のぶ子
夕月夜瞑目をもてヨガ終はる (同人)
遺されて立つ肩幅の月明かり
名月に顔照らされて眠りけり
十六夜に隈なく晒す我が身かな
植木市 山岸 壯吉
風鈴や徐々に本気の音となりぬ (青山)
品格は崩れしあとも白牡丹
船頭の棹のためらふ花筏
値札みな斜めの癖字植木市
頑張らない七十代 山岸 友子
度忘れを笑って過ごす春爛漫 (青山)
捜し物多くなりけり梅雨晴間
人の世のひとりの脆さ土筆摘む
「頑張らない」花火の夜の独言
萩の雨 山田 京子
山寺の鴟尾に夕日やこぼれ萩 (鷹)
萩の雨かつての家に灯の洩るる
入相や秋刀魚の匂ふ男坂
予定消す一本線やちちろ虫
学校 山本 一歩
芋の露まろび学校すくと立つ (谺)
とんばうが腕に止まりぬそれと歩く
寝つかれぬだけとも思ふ夜長かな
そしてまた秋思に戻る机かな
鼻 山本 一葉
夏休み終つてしまふ雨に雨 (谺)
手花火に燐寸擦るとき風動く
朝顔を数へ日直始まりぬ
秋の夜の眼鏡外せしあとの鼻
蜘蛛の囲 山本つぼみ
桜さくら金網の奥の星条旗 (阿夫利嶺)
蜘蛛の囲にとらはれ集中力潰ゆ
誰も来ぬ気軽さ一日の新茶古茶
薫育の師を遠くして黄菖蒲黄に
天井の龍 山本ふぢな
法要のまだ始まらぬ秋扇 (若葉)
丸顔は隔世遺伝きぬかつぎ
天井の龍を鳴かせる秋の昼
夜長し文字の湧き出す法令集
日向薬師 横山 節子
初秋や薬師如来の在す山 (松の花)
本堂は桧の香り秋かげり
腰下ろす寺の框や秋の蝶
御ほとけにまみゆ爽けき宝物殿
名月 吉居 珪子
指切りも針千本も春の夢 (無所属)
水仙を揺らさぬ高さ風渡る
名月は一つ地球は何故割れる
延命処置不要向日葵頭垂れ
秋の水衣 吉沢トキ子
残り潮小魚(こうを)に秋の水衣 (輪)
山栗の猿の朝餉や毬の散り
その目まだ泳ぐつもりや秋の鰺
地に赤き貴種流離の曼珠沙華
七癖 𠮷田 功
母の日や出不精となりコロナの禍 (無所属)
梅雨空にピカソと私濡れて居る
おとろえの予期せぬ仕草雪の中
黄砂来る七癖ありて八十路なり
豆まき 𠮷田 克己
豆少しまいて残りは子らの分 (扉)
川添ひの土手に摘みたる蓬の香
主語のない話のはづむ夏はじめ
玉音の声切れぎれに終戦日
夏 吉田 典子
線香花火消えてからの漂流 (歯車)
青い夏私は消去法でいく
ひりひりとあるこの夏のエンブレム
アスパラガスの折れる所が着地点
花芒 𠮷村 元明
涼新たエアキャビンの乗り心地 (無所属)
風生れば風を離さぬ花芒
伸ばす手に薄日の匂ひ葡萄棚
堂の屋根けやき落葉のアラベスク
レモンの香 米田 規子
トッカータとフーガ突き抜けて冬天 (響焰)
マスクして桜いちばんきれいな日
きのう今日いっしんふらん雲の峰
今はただ旅に憧れレモンの香
土用太郎 脇本 公子
土用太郎次郎三郎つつがなし (雲・WA)
天高し俳諧といふ摩天楼
秋の声聴く耳ありて老の幸
歳月や約束の地に曼珠沙華
五郎兵衛田んぼ 和田 順子
夏へ飛び込む真白き足の裏揃へ (繪硝子)蓮の実活けられてもう飛ばぬなり
萩の露見るべく萩を植ゑにけり
五郎兵衛田んぼ五風十雨の豊の秋
帆柱 渡辺 和弘
帆柱の影まっすぐに夏の果 (草樹)
朝寒の一瞬島を閉す波
石段の片減り感じ雁渡し
一日の始めは腹筋冷ややかに
初時雨 渡辺 絹江
モンブランの渦へフォークや秋深し (松の花)
今朝の冬少し寄り目の目玉焼
少し濃く淹るるコーヒー初時雨
冬蝶の触るる青菜や富士遠し
噴水 渡辺 順子
失せものの隠れあそびや鳥雲に (好日・草樹)
残るには残る算段つがひ鴨
噴水の白を尽くして落ちにけり
生者死者定位置につき夏終る
梟 渡辺 照子
太穂全集ずしりと秋の蚊をはらふ (青岬)
本日は晴天こほろぎが跳んだ
夜ばかり好きと思はれてゐる梟
じつと手は見ては居られぬ冬近し
聖火ランナー 渡辺 長汀
みちのくの聖火ランナー風光る (無所属)
睡蓮や水の余白に雲動く
こだわりを流しきれずに時雨去る
極月や音立てて剥ぐカレンダー
牧の霧 渡辺 時子
白湯うまき朝なり鶲来てをりぬ (谺)
竜胆の暮色の碧をまとひけり
白じろとある郷の道月の道
サイロから晴れて来るなり牧の霧
シャボン玉 加賀田せん翆
つぶやきがマスクの中に残りけり (海光)
何度でも未来に飛ばすシャボン玉
どくだみが本気の白で勝負する
六月の窓全開にしてひとり
独り 菊地 春美
この先も生きてるつもり梅漬ける (無所属)
蕗を煮る山野の匂い惜しみなく
梅雨晴間とんび一声空を切る
日課終え独りの夕餉みみず鳴く
亀その他 古柴 和子
芒種とてパスタはいつもいつもの具 (天為)
誰が育てし河骨の独り立ち
睡蓮の位置に気を揉む亀その他
虫干しのノートの端の「打つ手なし」
糸柳 斉藤ふさ子
夕凪の湖を揺さぶる蜆舟 (枻)
糸柳潤みて月の痩せにける
観覧車より逆落し夏つばめ
色変えぬ松焚刑のキリシタン
夏休み 杉本千津子
初鳴きは耳鳴りかとも蟬の声 (深吉野)
太陽に火の色貰ひアマリリス
螢火や幼の鼓動背ナに聴き
ランドセル大あくびして夏休み
父の日 関戸 信治
父の日やさて何事もなかりけり (いには)
どくだみの白や悪女の深情け
牛となる茄子を鳴かして洗ひをり
かの夏の日に携帯ありせなば
南窓 瀬戸美代子
アンニュイの夜のがらんどう水鶏鳴く (顔)
槿花一朝究極の絵まんだら
夕ちちろ寂びゆく紐のありにけり
爽籟や南窓すこし開けておく
藍ほのか 園田 香魚
父の日やセピア色なるあの軍歌 (海光)
片蔭やリハビリコース花屋まで
藍ほのかレースハンカチハート形
ちぎり絵も初心にかえり額の花
霧の町 多賀みさを
藍甕の匂ひ強まる梅雨夕べ (さへづり)
窓開けて夜風に梳きぬ洗ひ髪
爽やかや白文字ゆるる藍暖簾
青白きガス灯淡き霧の町
青空 高尾 峯人
秋すだれ傾ぎたるまま巻かれをり (谺)
案山子組む銜へ煙草の灰こぼし
ときとして雲にも乗りし下り鮎
青空の深さまで水澄みにけり
ふぐり 高野 公一
冬滝のこだまを宿すふぐりかな (山河)
綿虫と円周率へ紛れこむ
音一つして寒卵より生卵
行く年を黄の点滅の中にいる
熟れトマト 竹中 瞭
思案せず熟柿貪るまでのこと (街)
こんなにも花にまみれてゐる米寿
ほな交番薄暑に拾ふキャミソール
熟れトマト齧れりコロナ接種終へ
帰省 高橋 俊彦
見るからに職人気質蜆汁 (顔)
山並みの押し寄せてくる帰省かな
いそいそと仲人が来る菊日和
天狼や乱獲の海荒れに荒れ
二重虹 高橋 翠
四方の山漆黒にして月涼し (あかざ)
みぢろげば秋蝶の影地にこぼる
明けるまで夜風に泳ぐ子の水着
もう逢ふこともなき二重虹薄れ
七月オリンピック 竹澤 みゑ
飯事の母になりきる花の茣蓙 (無所属)
合歓の花勉強部屋の窓開く
潮騒ももてなしのうち夏料理
生き抜くつもり雲の峰仰ぐ
快復 多田 学友
癌癒えて一歩踏み出す恵方道 (暖響)
あらたまの九十三歳夢えがく
病み抜けて初音に生きる力受く
癌癒えて百まで生きむうららかな
一目散 立野 治子
二の腕の虫刺されあと更衣 (あかざ)
尺取虫の一目散の行方かな
梅雨入りのカッター渋るスクラップ
草原の丈に吞まるる夏帽子
みなとみらい 田中 悦子
海の日の帆船いまも沖を恋う (無所属)
祭終え肋を晒す日本丸
炎帝に捕まっている観覧車
炎昼や汽車の通らぬ汽車の道
残暑 谷口ふみ子
空蟬の軽さ一語の重さかな (船)
庭石の黙って耐へてゐる残暑
秋めくや翼もつもの喜々として
新涼や白きままなる土踏まず
天使の羽 田畑ヒロ子
落ちるしか知らない滝を褒めてやる (顔)
草笛や喉仏はまだ青きかな
寒月光三百メートル家出する
春キャベツ剥けば天使の羽となる
波の秀 千葉 喬子
蕗むいて時間割なき暮しかな (繪硝子)
這ふものに飛ぶものにこの梅雨晴間
新涼の足から先に目覚めけり
波の秀の帰るかたちや終戦日
月日貝 塚田佳都子
逢ふことの久しく絶えて月日貝 (好日・草樹)
あの頃といふ頃のあり二輪草
さよならはたつた四文字柳絮飛ぶ
六月のさびしいときに読む詩集
バンクシーの正体 角田 大定
銃声を聞かぬ日本の初景色 (青岬)
バンクシーの正体いまだ亀鳴けり
遠足の子らメモをとる戦災碑
一途さの一塊として法師蝉
七竈 露木 華風
七竈けつね嫁入り日和かな (航)
こだはりの揃ひし七色唐辛子
無花果のワイン煮ヨブに促され
茶の花や本家分家の男どち
日向ぼこ 戸田 澄子
寂聴の言葉は支へ古暦 (末黒野)
賄ひの娘に土産よもぎ摘む
日めくりのだんだん薄く秋暑く
濡れ縁は夫の遺作や日向ぼこ
朴の花 戸恒 東人
朴の花天井高き坊泊り (春月)
梅雨の夜や珠算塾より読み上げ音
紫陽花や古刹に自動改札機
一年分の黴のはびこり絵具箱
退屈 内藤ちよみ
シナリオのすじ立て直す蛍の夜 (朱夏・石楠花)
夏薊線路の向こう側は過去
退屈を山盛りにして茄子キューリ
声出せば水になりそう糸蜻蛉
新涼 苗村みち代
膝小僧ならべ西瓜の種とばす (風鈴)
広辞苑の中に遊ぶや秋灯下
兄の忌にビートルズ聴く秋思かな
新涼やにわかに動き出す手足
ながいき 長尾 七馬
あじさいは父の句の花日は遠き (群落)
考える脳重々し梅雨の雲
九十年此岸に生きて花見かな
子規まねて晝は鰹魚の刺身食ぶ
「食べられません」 永井 良和
店先に「食べられません」てふ南瓜 (無所属)
幾たびも数へる鉢の青レモン
昼中も秋灯ともす老舗書肆
守るもの今更なにを秋の風
ときをりは 永方 裕子
ときをりは無音となれり冬の瀧 (梛)
埋み火や来ぬ人待ちし遠き日々
逝きし輩へ一盞供ふ草餅も
桜蘂降るや月日の疾く過ぎ行く
誕生餅 中川千恵子
産直の山独活の青土の香と (無所属)
誕生の餅負うひ孫よろと夏
居酒屋のじゅんさいとろり娘と二人
ビラ配る少年赤毛梅雨の駅
懐旧 中島修之輔
亜星逝き焼跡世代ゆらぐ夏 (青岬)
疎開児に玉音の日の大藪蚊
DDT浴びし日もあり走馬灯
懐旧は老の隠れ家ソーダ水
蠅生る 中島 俊二
黴かをる志功の本に友の文 (あかざ・楷の木)
五七五にかまける余生蠅生る
尻重は父祖の遺伝やがまがへる
あちこち軋る昭和生れや扇風機
税務署の金魚 中村かつら
桜桃忌父は遺体に傘をさす (朱夏)
今日は夏至私が貴方を産んだ日よ
宇宙院森羅万象居士に蜘蛛
税務署の金魚が便秘だったとは
柿羊羹 中村 誓子
水遣りの野菜にほんのり月明かり (海鳥)
降り積もる桜紅葉や鐘撞堂
短日や林を走る子らの声
母見舞う柿羊羹を手土産に
八月 名和美知子
「蛭注意」風の揉み合う森茂み (無所属)
無言館出て八月の山河濃し
遠青嶺思い出詰めて旅かばん
森の朝露を散らして杖ひとり
銀巴里 新村 草仙
ときめきを食むピアノ弾き巴里祭 (雅楽谷)
「じっとして」朝顔が目を覚ます頃
捨て切れぬ虹銀巴里も夢の中
朝にも散る薔薇たちにドレスかな
無観客 西澤 進
竿先の流れは速しアユの川 (群落)
天叩き地を打つ雷や土臭し
マスクせぬ若気が通る片かげり
夏の夜や華の開会無観客
落し文 西田みつを
父母あればあったで哀しなめくじり (七草)
落し文ちらと覗けば仏蘭西語
花火果てひたすら磨く鍋薬缶
お袋のいつも無敵の昼寝かな
ダチュラ 西野 洋司
俳人は非人ぞコロナも魂消る夏 (つぐみ)
ダチュラ垂れここも鵠沼袋路
鶯が去れば鴉のラブソング
凌霄かづら午後やるせなき麗夫人
神田川 西村 弘子
空蟬やうはさ話のおぞましき (無所属)
睡蓮はモネの光を欲しをり
涼しさの身を塔とせり神田川
寡婦と猫言葉交はして金魚玉
青田道 根本 朋子
待つ人のいない古里青田道 (風鈴)
包丁を研ぐや鉄の香梅雨じめり
コロナ禍や柿の落花のおさまらず
老境の歩幅ゆるりと薔薇の門
ねぶの花 野木 桃花
たつぷりと日差したくはへ蝌蚪の紐 (あすか)
里山に初夏のことぶれ鳥の声
北山の杉を磨きて緑雨かな
蕉翁に兄と姉妹やねぶの花
コロナ禍 野中 一軒
卓袱台の夫婦茶碗や心太 (みゆき会)
紫陽花の群れて天地の狭まりぬ
色競ふ夏せせらぎの鯉群るる
コロナ禍やワクチン求む半夏生
墓洗ふ 長谷部幸子
四次元の吾無意識に墓洗ふ (七草)
五月晴レンズ魔界の写真展
青嵐少年の行く一輪車
這ひ這ひの休み休みの夏座敷
マスクの夏 畑 佳与
八十代の未来ふらふら梅雨ふらふら (京鹿子)
ママさんと我を呼ぶ夫梅雨さ中
水底の小石きらめく青葉光
知る喜び知らぬしあわせマスクの夏
青葉の息 畑元 静恵
枯木立夕日の中に影絵めく (さへづり)
四捨五入して未だ卆寿髪洗ふ
生きやうと決めて青葉の息を吸ふ
お出掛けは病院二ヶ所麦の秋
父の腕 服部みつこ
稲刈や骨太なりし父の腕 (あかざ)
藪中に花は見ずして烏瓜
長き夜ルーペの先の活字追ひ
芋洗ふ土の匂ひや母の里
夕凪 土生 依子
紫蘇揉んで言の葉の毒消さむとす (青芝)
ほうたるの肩を離れぬ息づかひ
市立たぬ社に夏の雨しきり
夕凪や早仕舞する土産店
男の香 久田ひさこ
汗ばむや吾子もいよいよ男の香 (七草)
臘梅や朱泥の壷のにぶき艶
くわんのんの句碑に集ひし花盛ん
避難所に激励の声つくしんぼ
雀の子 檜山 京子
雀の子獣の檻を行き来して (梛)
葭切や川揺るがせて鳴き通す
先ざきへ声動きたる青葦原
日に晒す厩舎の藁や凌霄花
今朝の秋 菱沼多美子
石鹸の泡立ちのよい今朝の秋 (海鳥)
隅っこにひしめいており江戸風鈴
朝顔や一年生のいるしるし
ではまたと末尾に記す大花野
順々に 平田 薫
木がゆれ空がゆれ蝶がとぶ (つぐみ・海原)
順々に木がゆれ合歓の花が咲く
青空にひとつの梅の実をもらう
思い出はうっすらとした夏の昼月
新幹線 比留間加代
そろそろとハザードマップ地虫鳴く (蛮)
西方へ風向き変る烏瓜
本堂に勝る山門秋夕焼
栗飯や出雲に向ふ新幹線
柿若葉 平井伊佐子
土筆野の柵より伸びる牛の舌 (無所属)
遠富士を袈裟がけに飛ぶ春の鳥
子燕のはや習ひ初む宙返り
しなやかに笊編む指や柿若葉
空蟬 福田 仁子
老猫の姿消えたる秋彼岸 (七草)
稲妻や地蔵菩薩の赤ますく
空蟬や一週間の予定表
天の川源泉湧き出す山の宿
秋 復本鬼ヶ城
放埒な半生豊か西鶴忌 (阿)
出替りの九月五日に生まれけり
子規全集の別巻を読む子規忌かな
職業としての読書や秋灯
舞扇 藤田芙美子
舞扇音たて閉ぢられ叱らるる (さへづり)
心情をかくせぬ扇の動きかな
ところてん嘘と知りつつ聞きながす
新幹線に源氏読む人白上布
無題 舟木 克博
初夏の気球大きく立ち上る (枻)
雛罌粟の雨を溜めたる傾ぎかな
結界の中の灯明梅雨兆す
点りゆく海岸線や藍浴衣
ぐうちよきぱあ 船津 年子
葉桜の闇桜葉の香に溺る (無所属)
見えぬ敵と戦ふ地球大西日
ぐうちよきぱあ指遊ばせてゐる素足
メロンはアート紡ぎ遂げたる編目撫づ
百花咲く 古瀬 道子
原点に戻る勇氣やソーダ水 (あかざ)
夏めくや蔵王裾野に百花咲く
病室の少年の黙夕焼空
子の声の風に乘りたる夏野かな
秋深し 古橋 芝香
手を焼きし子も親となり秋深し (阿夫利嶺)
ふる里は墓のみとなり帚草
退屈も幸福の内古茶啜る
師の一句書きて糧とす夾竹桃
駐在所 藤田 裕哉
薫風や電話機だけの駐在所 (蛮)
夏めくやサッシに蟻の出入口
卯の花や母の故郷の墓仕舞
梅雨晴間水没したる秘密基地
ゴムゾーリ 星 一子
災害に気もそぞろやゴムゾーリ (新俳句人連盟)
空蝉のブロック塀にひっついて
パインシャーベット期間限定のデザートに
孫子らとカキ氷機を回す朝
水の女神 和田 順子
薔薇のパーゴラ水の女神を隠しけり (繪硝子)
ふいに鳴る正午の汽笛薔薇まつ赤
船べりにはや夏羽の鴎かな
青芝に転び寝余生延ばしけり
山茶花 梅津 大八
山茶花を肩で落としてしまひけり (谺)
らりるれろ滑舌の良き蛙かな
鉄橋の音のくぐもる梅雨入りかな
凍滝の黙が下まで降りて来る
蝉しぐれ 加賀谷三棹
かみ殺すあくび幾たび山笑う (雲)
白い歯をこぼす挨拶木の実落つ
肉親の減る食器音蝉しぐれ
倒されし樹を抱く落葉掲示板
乱反射 梶原 美邦
また掠れゐる春愁のボールペン (青芝)
微笑みの真意かくしてゐたる汗
踊りの連ゆくこゑごゑの乱反射
落ちしこゑころがり来たる寒椿
御目文字雛 片倉 幸恵
ひさかたの御目文字雛と語る宵 (花林)
夏兆す足裏くすぐる廊下かな
迎へ梅雨繁忙前の宵静か
端居するリフォーム終へた縁の先
春の山 勝又 民樹
セスナ機の高さを上ぐる春の山 (無所属)
草を摘むみなとみらいを見つつ摘む
水温むむかし六十はおぢいさん
出窓より猫の見てゐる春夕焼
目借時 加藤 房子
霜の声聴かな総身かたむけて (千種・七草)
咲き満ちて現の昏さ負ふ桜
あの世まで乗り越すところ目借時
瓦斯灯の光を濡らす走り梅雨
嘘 鹿又 英一
青蛙ぽとりと落ちて精神科 (蛮)
落日の影曳いてゐる砂日傘
腰折れの噴水街の昏れゆけり
ぶくぶくと嘘吐いてゐる金魚かな
夫婦箸 金子 きよ
野武士めく勢ひの野梅夜の帳 (あすか)
晴れ渡る空の果から降る暑さ
菊日和若狭に求む夫婦箸
冬桜身の内深く水の音
六月 金子 嵩
五月闇アンモナイトの生きた闇 (夜)
蚊が鳴く露地にしゃがむ
扶養なる父の日は不用
働き手不足の鳶尾
鯉のぼり 金澤 一水
ニコライの鐘澄みわたる聖五月 (輪)
兜仕舞ふ子らの瞳の柿若葉
鯉のぼり口に飛び込む里言葉
「銀の鈴」へ目ざす目印夏帽子
水の黙 神野 重子
黒南風や待針一本見失ふ (七草)
薫風を蹴りゆく車夫の長き脚
噴水のどつと崩れて水の黙
黙祷をささげる朝の風死せり
地中海 神山 宏
新涼や漁火ほつと馬耳塞(マルセイユ) (阿夫利嶺)
カプリ島漁師の寝まる木下闇
マルセイユ烏賊釣の灯の見え隠れ
ガウディーの偉業の教会夏闌ける
桜の実 川島 典虎
桜の実もう跳躍は出来ぬなり (戸塚駅句会)
梅雨晴間校舎の脇の棒雑巾
人を待つ甘さ渋さの俵茱萸(ぐみ)
給食の目の輝けるさくらんぼ
ロシアンブルー 川島由美子
駅前の桜朝夕違う貌 (海鳥・歯車)
ロシアンブルー満開の花の下
草原の端に家ありこいのぼり
しんがりは先生初夏のハイキング
椅子 川野ちくさ
夏来る電池で動く夫にも (蛮)
羅のほつれに秘むる昔かな
夢を見るための椅子あり雲の峰
潮騒を挽歌と聴けり秋日傘
高層階 川辺 幸一
田植え待つ水の緊張風の黙 (海鳥)
溝川の滾りの末の一枚田
高層階雲に秋思を預けたり
一村がまるまる時雨鳥の声
裸木 川満 久恵
はんぺんの伸し上がりくるおでん鍋 (花林)
咳を抑え込んだり喫茶店
裸木のうねる根っこや生命継ぐ
黄昏の色千変に日脚伸ぶ
天籟 川村 研治
前生のひと日浮かぶや昼ちちろ (暖響)
満ちてくるごとき日差しや枯蟷螂
粕汁や聞きながしゐる母の愚痴
狼のこゑ天籟となりにけり
蔦青し 木関 偕楽
猊鼻渓に女船頭蔦青し (谺)
甌穴の水面彩る谷若葉
馬鈴薯の花や開墾七十年
余花白し活断層の県境
舫綱 北島 篤
水兵の解く舫綱夏兆す (蛮)
枝豆のふたつ入りし鞘の青
コンクリにかこまれてゐる夏座敷
武蔵野へ風渡したる冷房車
青鷺 北村 典子
青鷺の一度の声を眼で追ひぬ (青芝)
誰も居ぬ境内蟻を頼りにす
夏座敷静かに踏みし過去のあり
夢の端人に残して鳥帰る
春雷 北村 まき
街道に残る巨木や春の雨 (無所属)
春雷の不確かにして一度きり
古稀迎う水車に溢る若葉光
春宵や机に遺る煙草の香
風五月 木村 享史
森一つ竪琴にして風五月 (ホトトギス)
風五月森は葉擦れの波打って
風に躍る木洩日模様森五月
森好晴若葉吹く風冷えてゐて
鵜篝 桐畑 佳永
鵜篝の火の粉烏帽子に流れ落つ (NHK学園俳句倶楽部)
白き帆を横に寝かせてヨット馳す
御幣祓ひ大峰山の御戸開く
弦奏で白夜のローマ宴闌ける
草いきれ 君塚 凱宣
新緑の里山日ごと盛り上がる (無所属)
代掻きを終えし棚田や多面鏡
朝日うけ散光眩し柿若葉
草いきれ吸ゐし刹那のめまひかな
ブルドッグ 久保 遡反
大川を独り占めして花見船 (蛮)
下町の鉢鉢鉢に春の風
浅草や耳朶に触れたる柳の芽
清明や千鳥あるきのブルドッグ
更衣 桑原千穂子
巣立鳥京の都を目指しけり (風鈴)
囀りや明日を信じる旅鞄
閉めきって一人アカペラ四月馬鹿
一昔前の代物更衣
ゲバラ 栗林 浩
白夜のバーグラスに浮かぶコルク屑 (街)
隆起して海が花野となりしとよ
障子貼る糊が余つてしまひけり
ぼりびあはとてもゲバラで野に茨
夜の秋 黒滝志麻子
落し文里のポストに入れてきぬ (末黒野)
蟇こゑ途切れたる星の闇
寺の井の蓋の青竹ほととぎす
封緘の糊なめらかや夜の秋
恋の髪 河野 薫
コロナ禍の先見えぬまま夏に入る (無所属)
髪洗ふ真砂女の恋の髪のよに
時として心にも有る梅雨曇り
その昔看板娘アッパッパ
風と 小島 博子
山笑ふ軒に干されしスニーカー (船)
白きもの白く洗ひて夏空へ
一房の葡萄分け合ふ一家族
妻が押す春風も押す車椅子
薔薇の門 小林 茂美
すでにもう悪人面や春の蝿 (青芝)
余暇を打つ柱時計の薄暑かな
麦笛の鳴らぬ私の焦燥感
オープンガーデン開けておきます薔薇の門
今夜の夢 小林比奈子
ありなしの主婦の定年山眠る (谺)
布団干し今夜の夢を膨らます
灌仏の小さき胸より乾き初む
サングラス外して道を尋ねけり
索道 小山 健介
江ノ電に乗りたし桜貝一つ (海鳥)
旧道を走らぬ聖火花大根
頭の上を索道海月浮く海へ
自粛の夏船の汽笛とナポリタン
体温 衣川 次郎
にんげんに飽きてひたすら挿木せり (青岬)
ががんぼの間違へて世に生まれしか
偕老とならず梅干すこともなし
体温を欲しがる影や原爆忌
稲雀 斉藤 繁夫
葉桜や飛騨に息づく朴葉味噌 (無所属)
土用餅信濃の山河八重に立つ
がね揚げの料理や減りし稲雀
コーランの祈りや横に冬帽子
万緑 齋藤 茂子
万緑を映してかるき水の音 (無所属)
囀やいよいよ畑の動きだす
道問へばやさしく応ふ桃の花
竹秋や矢倉に数多五輪塔
若楓 齊藤 智子
手水舎の水音しきり竹の秋 (松の花)
若楓雨の上がりし石畳
空へ伸ぶ麦の穂青き力あり
夏草を美味し美味しと仔山羊かな
街薄暑 斉藤 篁彦
密をさけ窓あけ放つ冬館 (群落)
春筍の刺身に酔ひて嵯峨にをり
街薄暑博物館は休館中
昼寝覚カミュのペスト胸にあり
薫る風 齋籐 至旦
大根は煮ても焼いても食える奴 (雲)
ラグビーを真似て白菜収穫す
少しだけマスク外して薫る風
アカペラの蛙の声の揃いたり
つつじ山 作田 公代
さくらさくらさくら散る散る吾は生きむ (無所属)
遠会釈ミモザの似合ふ佇まひ
モビールの揺るるともなく風薫る
つつじ山俯瞰の山もつつじ山
一山百文 坂 守
百文の山々ありぬ揚雲雀 (無所属)
夏つばめ棚田の里は鬼祀る
秋色のひとつとなりて山歩く
みちのくの訛りやさしく冬の朝
草引く 榊原 素女
草引くや明日を明かるく迎ふるため (谺)
名刹の閑けさに鳴く蟇
脱ぎ捨てられて竹皮の縮こまる
これよりは独りの時間月涼し
レモン水 佐川キイ子
病棟の子の背見守る鯉のぼり (七草)
レモン水少女に戻る午後の二時
立葵少年棋士を招く峰
眉目なき地蔵の面の笑み涼し
打水 作山 大祐
夏立つや軽やかな歩幅となりぬ (無所属)
打水や軽き鞄の京泊り
夏布団闇の彼方へ蹴りにけり
夜の蝉影絵と遊ぶ敗戦忌
屋久島 櫻井 波穂
飛魚の光彩陸離太平洋 (松の花)
林道へ母猿子猿五月雨るる
島の夜首折れ鯖の端を噛む
吾旅人花栴檀の森に寝ぬ
草笛 櫻井 了子
穏やかな坂に戻りぬ桜蕊 (海鳥)
自転車を寝かせ草笛聞いている
白い家具捨てる人あり鳥帰る
霾るやワクチンという魔法あり
夏飛燕 佐々木重満
喉元に来 夏飛燕や改憲や (無所属)
丹沢や里に名水冷豆腐
麦秋や道草覚ゆ一年生
ざくろの花やがては爆ぜる途中かな
今年竹 佐藤 廣枝
筍の竹となるまで反抗期 (海鳥)
今年竹自分を測る節の数
表札のはずされており竹落葉
竹藪に重なる音や青時雨
クレープを待つ 佐藤 久
ピザ窯の青きタイルや夏来る (蛮)
クレープを待つワンピース夏はじめ
チェンソーの鳴り止む茅花流しかな
夏潮や全て未来にある陽射し
御開帳 佐藤 信
初蝶のはづみをつけて飛び行けり (童子)
次々に行き所無く花筏
御開帳観音様は目を閉ぢて
夜の海のあれに光るが蛍烏賊
青しぐれ 佐野 笑子
訪問医師もう来る頃か青しぐれ (青岬)
嵩上げの下に街あり燕来る
話し足らず笑ひ足りずに花は葉に
五月の公園笛吹男に攫はるる
魚島時 佐野 友子
イブの夜の鬼を宴すココアかな (七草)
誰もこぬ湖畔に棲みし雪女
心奥の扉をあけよ初氷
陽の渦や魚島時の波けぶる
母の日 三幣芙佐子
狛犬の阿吽の緩び木の芽風 (阿夫利嶺)
母の日や鏡に深き豊齢線
疫の波に揉まるる旦暮水中花
マリア月ワクチン接種といふ高齢
自由席 鴫原さき子
断崖を墓標としたり沖縄忌 (あすか)
緑陰は大きな書斎自由席
万緑の重さに耳を塞がれり
少年は向日葵よりもうなだれて
花菜漬 芝岡 友衛
シャボン玉群舞の空を戦闘機 (阿夫利嶺)
なるやうになりて一献花菜漬
くるり廻す不幸未満の春日傘
黒牛の柵に親呼ぶ巣立鳥
夜の霧 柴崎ゆき子
落し文ひらけば波の音がする (玄鳥)
行く春や金平糖の甘い角
晩節やしずかにまとう夜の霧
水のよう兄が来ている梅いちりん
鯉のぼり 島田たか子
手を貸そかロープに絡む鯉のぼり (無所属)
どくだみや昨日と違ふ散歩道
店先の鰹の刺身赤く照り
花菖蒲八十路に始む太極拳
草笛 清水 呑舟
ひと片の余花千仞の溪を舞ふ (無所属)
草笛の中校長の退職す
襷して典座涼しく老いにけり
黒南風や岬に学徒遭難碑
地の神 清水 善和
地の神のこゑを宿して泉湧く (繪硝子)
ダリの絵の時計ぐにやりと夏旺ん
一笛に闇退りけり薪能
生国を汝も忘れしか夏の鴨
つくしんぼ 菅沼 葉二
春の夜の夢ばかりなる尉と姥 (無所属)
足悪の妻と二人の梅見茶屋
補聴器を外して春の丘の上
看護師に手を振る父やつくしんぼ
まほろば 杉本 康則
閻王に強ふる禁足東風の門 (阿夫利嶺)
まほろばの集落埋む柿若葉
更衣浮世の重荷ひとつ捨て
天晴れに枝垂るる重さ小手毬の
若葉風 鈴木 文女
竹の子の掘り手茹で手や山の寺 (千種)
蓮の芽天を目指して伸び始む
工事場の作業一服若葉風
五月晴ワクチン注射百人目
料峭や 鈴木 句秋
小流れを覗いて春の顔になり (風鈴)
料峭や黙って人をやり過ごす
花辛夷門に鳥語をためており
下萌えに蟄居の足をときめかす
六月の海 鈴木 和代
風を詠み海港渡る夏燕 (無所属)
異国へとつなぐ大橋雲の峰
六月の海を満喫ぶらり旅
帆船の骨格りんと夏の海
梅香る 鈴木香穂里
退くに悔なき決意梅香る (阿夫利嶺)
隣人におから少々うららけし
想ひ馳す姉のひと世や夕ざくら
菜種梅雨封書に温もる文字の列
はたと落つ 田畑ヒロ子
やわらかく寝返りしたる花の夜 (顔)
暗記する一行目から菜種梅雨
唐黍の皮奪衣婆のごと剝ぎぬ
利休のこと白侘助のはたと落つ
コロナ 野中 一軒
秋嶺や金銀珊瑚綾錦 (みゆき会)
車窓遙か純白の富士涅槃西風
マスクせし六地蔵様春一番
小春日やコロナマスクの遊園地
野水仙 森清 堯
冬至暮れ遠富士の影濃かりけり (末黒野)
凛として花壇の真中冬薔薇
全容の富士を真面や三が日
野水仙つづら折より望む湾
無題 𠮷村 元明
子ら跳ねる公園ふゆの光合成 (無所属)
夭逝の子犬の動画余寒なほ
アンテナの群れて何れも恵方向き
裏返るクィーンとジャック沙翁の忌
赤いゴム 米田 規子
おぼろ夜の髪を束ねる赤いゴム (饗焰)
しゃぼん玉ふいに明日を見失う
シーツを干して鰯雲の海の中
金木犀星降る夜のものがたり
声に出す 脇本 公子
葱提げて本屋大賞立ち読みす (雲・WA)
うららかや好きなことばは大丈夫
生きかはるならば男よ髪洗ふ
八月や言ひたいことは声に出す
早春 渡辺 和弘
早春の海の色には遠かりき (草樹)
春二番窓辺の音の不思議かな
春昼の外出自粛の神社かな
春きざす音ともならず川瀬かな
若葉雨 渡辺 絹江
生菓子の紅へ黒文字若葉雨 (松の花)
昇降口に畳む黄の傘柿の花
稲荷社の狐真白今年竹
富士は雲中十粒の枇杷の袋掛
年内立春 渡辺 順子
二度はなき年内立春日のやはら (好日・草樹)
囀や置いてきぼりの百葉箱
啓蟄や身を乗り出して開く窓
燻れる身を春光の野に放つ
寝釈迦 渡辺 正剛
大いなる阿蘇の寝釈迦や風花す (顔)
逝くときは寿命の一片冬銀河
卒寿なほ馬鹿げた恋か春の風邪
春泥や嘘塗りつけた過去がある
香煙 渡辺 長汀
遍路宿一会の背ナを流し合う (無所属)
百畳に響く法話や朝涼し
香煙の径譲り合う秋彼岸
手袋に覗く指先朝市女
揚ひばり 渡辺 照子
春の雲街と街とをつなぎたる (青岬)
揚ひばり自由の価値を主張せり
写真ならいつでも会へる梅もどき
メモ用紙ばかり増えゐて啄木忌
野遊び 渡辺 時子
陽炎や行方不明の小銭入 (谺)
ペコちゃんの大きな袋あたたかし
橋脚に貝の貼りつく涅槃西風
野遊びや波音聴いて雲を見て
夏来る 相 道生
裸婦像のつま先立つや夏来る (無所属)
絵タイルの帆船かたぐ街薄暑
初ほたる生命線の上歩く
一坪の墓がふるさと麦の秋
鳥の恋 相川玖美子
暮際の水の輝き三鬼の忌 (無所属)
傷あとのひとつふたつや鳥の恋
恋というすこし遠出の桜狩り
竹落葉足裏の記憶醒ましつつ
武者人形 青島 哲夫
五月来て担当医師の異動なる (青岬)
マネキンの胸から始む更衣
握り飯ひとつの昼食憲法記念の日
護憲なる人も飾るや武者人形
少女とマスク 青野 草太
マスクで知る妻に残れる少女の目 (青岬)
病む妻に嘘告ぐ夜の息白し
受験子のマスクに残る息づかひ
攫はれし少女の泪か波の花
はつ秋 青山冨美子
生徒らの和太鼓春を呼ぶ力 (九年母)
手に受けし桑の実にある日のぬくみ
供華剪ってはつ秋の水注ぎけり
抜け道は桜落葉の福だまり
韮の花 麻生 明
豊満な猫が前行く寒の明け (海鳥)
鯨追う駱駝もいたり春の雲
春の野や自分で決める行き止まり
横浜に北の果あり韮の花
笑い声 麻生ミドリ
新樹光人なき古都の人力車 (海鳥)
青嵐消防署から笑い声
コーラ手に若き庭師の中休み
梅雨晴間古地図を頼る町巡り
おとと逝く 阿部 和子
いのち刻む音の恐ろし冴返る (梛)
吾の癌を詠めと言はるる春の闇
著莪の花語り尽くせずおとと逝く
命終の頬のぬくしと春暁
四月馬鹿 阿部 清明
ワクチンのうわさ数多な四月馬鹿 (無所属)
国民の自粛が続く万愚節
ワクチンやああワクチンや四月馬鹿
一億の民へワクチン万愚節
帽子 阿部 文彦
春帽子六〇秒の発車ベル (青盧会)
焼け跡に親を捜した夏帽子
ベレー帽斜めにのせて草の市
叱られて目深にかぶる冬帽子
揚雲雀 阿部 佑介
花吹雪園児の列の千切れたる (火焔)
耳打ちの子の息温し耳痒し
揚雲雀池に沈んで行きにけり
山火事に水これでもかこれでもか
合歓の花 雨宮きぬよ
歩まねば老ゆる卯の花腐しかな (枻)
水よりも指の冷たき青葉の夜
仏の火小さく点す梅雨入かな
失ひしものみな淡し合歓の花
若葉冷 荒川 杢蔵
禁足の室内にゐて若葉冷 (無所属)
耳老いぬ鴬の声ケキョばかり
熊の皮着て孟宗の子の生まれ
碁敵の試案の長き遅日かな
菜の花 有馬 五浪
目標を書き出してをり春の紅 (谺)
車椅子の真上に桜咲きにけり
ゆっくりと車椅子こぐ春日浴ぶ
菜の花や畑は宅地に均されて
花蕊 飯髙 孝子
春暁の山むらさきに構えたる (さへづり)
園丁よ降る花蕊に咲くに礼
春眠し焦がした鍋は磨かねば
終わる旅蒲公英絮は風の果
春弾く 飯村寿美子
それからの流転の朋よフクシマ忌 (あかざ)
草萌やふんばつてゐる扁平足
春弾き大口真顔「ぱぱぱぱぱ」
ボス猿の寄り目のいよよ春北風
加賀の麩 家田あつ子
鉢受けに日々の塵あるシクラメン (谺)
巻くとなく巻くマフラーの尾が遊ぶ
汗かいて眼鏡が重しはづしけり
加賀の麩をふはりと乗せて雑煮椀
花月夜 池田恵美子
花明り透くる玻璃窓遠汽笛 (あかざ)
少年らのボール蹴る音花月夜
春の海唸りをあげるグライダー
花水木飛行機雲の途切れたる
朴落葉 石和 信子
医療危機後手を懸念の年の暮 (阿夫利嶺)
朝の庭よくぞ無傷で朴落葉
子も孫も来ぬ正月の身繕ひ
菩提寺に経の微かや淑気満つ
横須賀基地 石井 俊子
春疾風隊列の歩を速めたり (蛮)
遠足の弁当ひろげ基地の芝
春潮に漂つてゐる潜水艦
散り急ぐ横須賀基地の桜かな
団地の灯 石川 詔子
いざ生きめやも風立つ秋の六本木 (海鳥)
記憶なき遺品の中のインバネス
吾を待つ団地の灯り冬銀河
梅が香や闇が膨らむ女坂
花疲れ 石川 暉子
去ることを忘れてをりぬ花月夜 (松の花)
滝の道風の中なる諸葛菜
自転車の少女の白き春ショール
欄干へしばし佇む花疲れ
春かたまけて 石坂 晴夫
里山は春かたまけて彩りぬ (あすか)
潺湲や目覚め煌めく猫柳
ひきがへる仏語らぬ坐禅かな
背を抱く黄泉の使者かな春うらら
春烏 石渡 旬
木瓜咲いて谷戸風の柔らかし (方円)
耕しの済みし畑に陽が一杯
臘梅の今を盛りと谷戸の奥
春烏我を威嚇の声を上ぐ
春寸景 泉 幸造
戯れてみたくて起てり春の雪 (渋柿)
舞ひやうの気の向くまゝの春の雪
春陰や小波浜に着きて尽く
春陰やたしかに不急不用の身
春隣 伊藤 修文
硝子戸のくもりのむかう春隣 (青岬)
ひとりでもベンチの端は春隣
地軸やや傾きし国日脚伸ぶ
十年を夢とは言はじ浅蜊掘る
木の実降る 伊藤 眠
人の子に生まれこの世の花火かな (雲)
向合ひて手持ちぶさたの秋扇
木の実降るいま老後てふ恵みあり
三枚目もよかり新蕎麦すすりをり
梅寒し 井上ミヤコ
秋興や一針づつの幾何模様 (あかざ)
身に入むや左手書きの考の文
梅寒したつた二人の野辺送り
如月の雲に擬ふ一行詩
さくら 今村 千年
父祖の地のひと日を花と過ごしけり (末黒野)
桜より桜へ渡る渡し舟
盃に桜蘂ふる御室かな
カンバスを食み出してをり紅しだれ
明易し 今吉 正枝
春浅し瀬音は未だ光り持つ (無所属)
白梅よ娘も詣でしやおんめさま
明易し小さき枕の仮眠室
たんぽぽの絮の頻りや忌日来る
なお白し 岩田 信
鳰はなお鳰の形で潜りけり (無所属)
乳根からしたたる春の童たち
潮風にレモンひとつがつぶやきぬ
梅林を曲がり曲がりてなお白し
親離れ 植村 紀子
春隣いづれどの子も親離れ (無所属)
ぽきぽきと折れるアスパラ小指ほど
盥舟くらりくらりと薄暑かな
新樹の夜タワーを昇る感謝の灯
炭火 鵜飼 教子
喚声の無き箱根踏へ冬日差す (あかざ)
大人びた顔で炭火を見てゐたり
垣を結ふ青竹の香や春浅し
やはらかく草木を洗ふ雨水の日
牡丹雪 宇佐見輝子
寒風の絵馬勝ち勝ちと高鳴りぬ (草樹・好日)
牡丹雪虚空にひらくとき音す
蜆汁マイナンバーといふ縛り
まんさくの光をほぐしつつ開く
花菜風 瓜田 国彦
外つ国の船過ぐる岬花菜風 (枻)
玉砂利に日の光踏む伊勢参
綿菓子の花咲いてゐる春祭
うららかや籠あふれゐるフランスパン
スニーカー 江原 玲子
すれ違う鎖骨の眩し薄暑かな (海鳥)
山青葉浮力のつきぬスニーカー
修復の阿弥陀へ梅雨の石畳
老鶯や関守石の緩む縄
蝶の空 大江かずこ
春しぐれ寄り添ふ影のなき風景 (青芝)
立ち話弾みし頃の沈丁花
ウイルスの圏外にある春の星
蝶の空みんな何かを待ってをり
配線 大木あまり
配線の赤とみどりやレノンの忌 (星の木)
海へ向き春の愁ひの風見鶏
竹林の堆肥に雨や曼殊沙華
人類の試さるる日々星飛べり
薄暑 大関 司
纜の伸びては縮む薄暑かな (谺)
湯を冷ます静かな時間新茶汲む
縁側に正座する母麦の秋
やはらかく抱けば仔猫の鼓動かな
鮎の川 大関 洋
しづもれる明日解禁の鮎の川 (谺)
若竹の昨日の高さもう忘れ
手を入れて掴んでみたる泉かな
青嵐たてがみあらば駆け出さむ
花辛夷 太田 土男
花辛夷木の上で見る紙芝居 (草笛・百鳥)
まほろばの多摩の横山雛飾る
畦を焼き火遁の術を使ひけり
だんだら野遊山のやうに蕨摘む
田んぼアート 太田 優子
初晴や飛行機雲は富士へ伸ぶ (海鳥)
せせらぎに春の音聞く散歩道
盆僧の容姿声音の祖父譲り
秋天に田んぼアートが動き出す
八十路 太田 幸緒
来し方に想ひは還る賀状書き (無所属)
鳶髙く啼く料峭の三浦浜
ドップラー効果音もて蚊の襲ふ
杖つきて歩む八十路や秋の風
梅が香 太田 良一
桜さくら山を削って町伸ぶる (末黒野)
誰も来ぬ公園風の乗るぶらんこ
梅が香を通す高塀神楽坂
春の夜や一年前の訃報くる
稲の花 大高 芳子
ビル街に貯水池の跡亀鳴けり (蛮)
ひと日終へ鏡の中の洗ひ髪
解体の社宅を照らす夏の月
長靴の干されてをりぬ稲の花
春の雨 大塚 和光
春の雨育児疲れの娘の眠り (阿夫利嶺)
蝶と舞ふ幼や野辺の風やさし
龍天に昇るが如く幼駆く
ふらここや志村喬になりてみる
青き踏む 大西 昭舟
老いてなほ背筋を正し青き踏む (青岬)
戦死せし兄三人や建国日
冴へ返りおのれ鞭打つことばかり
特技など持たぬ一生葱坊主
炎立つ 大本 尚
炎立つ藁火のきほひ初鰹 (あすか)
闇ついて生きる証や鉦叩
主張する己が存在木守柿
電飾に搦め捕られてゐる枯木
春の宵 大山 深春
校庭の子等声たかし風光る (雲)
思いがけずチョコを貰いし春の宵
卒業や色あざやかな花の文字
さくら散るブーツと袴晴れやかに
雁供養 大輪 靖宏
草萌ゆる地球あまたの戦火秘め (輪)
露天湯に次々融けて春の雪
みちのくはなつかし宿の雁供養
春の雲動かぬままの午後長し
山桜 大和田栄子
旅人のごとバスを待つ山桜 (無所属)
大振りの絵茶碗は鬼春一番
春疾風暖簾くぐりて散らし寿司
ふるさとの兄まだいた日震災忌
花貝母 岡田 史女
吹き荒るる風の一日や花ミモザ (末黒野)
野を分つ流れとなりぬ春の雨
夕東風や波の寄りあふ船溜り
をとうとの四十九日や花貝母
風機嫌 岡山 令子
地球岬えぞにゅう午下の風機嫌 (無所属)
一天に香を深めては天女花
水引草花のきまじめ見て午後へ
護摩の炎果てし真うしろ野分立つ
初詣 小川 竜胆
産土の急なきざはし初詣 (雅楽谷)
眉尻の夜毎欠けをり梅雨鏡
島唄を聴きてうるうる海雲食ふ
新蕎麦を啜り言葉を啜りけり
花ひとひら 奥村 一光
春光や美術館出て臨む湾 (雅楽谷)
あたたかや上着片手に交差点
前髪に花ひとひらの簪を
花明り盃合はす濁り酒
ももち船 尾崎 慧璃
割箸の蕎麦みそ舐めて梅三分 (蛮)
東屋や曇の似合ふ梅の花
佐保姫にあづけし身体ももち船
春雷や夫の寝言に問ひ返す
縄文の男 尾崎 竹詩
秋刀魚の骨きれいに残し戦中派 (無所属)
金木犀あなたに感染してしま
柿赤し民話の里へ迷い込む
縄文の男溶けゆく冬夕焼
俳縁 尾崎よしゑ
身に沁むや俳縁と云ふこのきずな (千種)
永らふも照る日曇る日根深汁
読初の枕草子京を恋ふ
ものの芽の日毎に個性見えて来し
春の闇 小沢 真弓
ゐるはずのうしろの正面春の闇 (阿夫利嶺)
鷹翔る渋沢丘陵根城とて
酸素ボンベ転がる寒さ病舎裏
救急車を遠まきに立つ路地寒し
食べ頃 小野 元夫
マスクの中は団十郎で銀座行く (百鳥)
火球落ち父母の狐火誘ひ出す
出稼ぎの鞄埠頭に置かれたる
大根の葉にも食べ頃ありにけり
秋を買ふ 折原 清児
蝋梅の一拍遅れ暮れにけり (こころ)
秋を買ふつもりで桃を買ひにけり
満月の操るごとき電車かな
暦一枚はがして秋と別れけり
天籟 川村 研治
冬麗や一本の木とその影と (ににん・暖響)
満ちてくるごとき日差しや枯蟷螂
狼のこゑ天籟となりにけり
首のなき海鼠は夢を見てばかり
埠頭 小山 健介
野水仙膨らんで来る海と風 (海鳥)
ほととぎす刀身の反り深く美し
秋高し舳目を描く異国船
黄落を埠頭へ急ぐ水素バス
野水仙 野木 桃花
水の辺に命の連鎖赤とんぼ (あすか)
ひろやかな遺跡の語る大冬木
水音に震へやまざる野水仙
てのひらの一粒の春飛び立てり
冬銀河 橋場 美篶
冬銀河闇の深まる佐渡島 (末黒野)
残雪の十国峠富士まぢか
冬天の小江戸震はせ時の鐘
ダイヤモンド富士と出会へり旅始
襷 長谷部幸子
物産展の目刺上物色のよし (千種)
飛石をくの字に配し庭の春
早や二日襷の重き華の二区
変電所手垢しらずの蕗の薹
冬帽子 畑 佳与
三つほど若く見せたや冬帽子 (京鹿子)
もみぢひとひらゆるみだしたる思考力
初蝶はひかりのひとつ宙深し
夏草や集団といふ向う見ず
花三分 畑元 静恵
幼な影残し少女へ薔薇香る (さへづり)
愚痴拾ひくるる娘ありて秋夕焼
姉妹して話満開花三分
夜すすぎのシャツがゆらりと月赤し
啓蟄 八谷眞智子
つちふるや煙都は遠し父とほし (阿夫利嶺)
啓蟄や生きるに一途ゴクリと水
亀鳴くや筋書読めぬ世になりて
春闘は遠しかの日の赤腕章
春の宵 服部みつこ
お遍路の疲れを癒やす旅の風呂 (あかざ)
宿坊の僧とおつとめ春の朝
預かりし子と絵本読む春の宵
たんぽぽの絮飛ばしつつ回り道
舟の名 土生 依子
群青の空に星置き年明くる (青芝)
停泊の舟の名を読む二日かな
継ぎ目てふ危ふきところ紙風船
人恋ふる思ひのいろの桜餅
大山独楽 久田ひさこ
厄飛ばす大山独楽の紐捌き (千種)
ぎんねずに日矢照りかえす猫柳
寒菊や叙勲の品の紋重き
常滑焼の壺に写せり杜鵑草
初富士 菱沼多美子
噛む音に冬至のリズムありにけり (海鳥)
初富士や祈りの色は白である
期すること膨んでおり梅の花
満ちてくる自信静かに梅の花
海平らか 檜山 京子
時を経し声懐かしき初電話 (梛)
春ざれや小魚光る鷺の嘴
赤まんま卓に飾りて日の匂ひ
鋼なす海平らかに水仙花
柿日和 平井伊佐子
笑ひ落つ一人相撲の石榴の実 (無所属)
宿坊の真夜の一喝冬の雷
柿日和屋根より高く竹とんぼ
臘梅の晩学灯す道しるべ
春の辺いろいろ 平田 薫
クロッカスでてきて風の固さかな (つぐみ・海原)
芹を摘むまもなく風がとどきます
春の辺いろいろ今日はひよどり
雲のない空かな春のカステラ巻き
磨崖仏 比留間加代
山百合や吾妻鏡に載る女傑 (蛮)
山滴る空へ十丈磨崖仏
物持たぬ男の背中時鳥
夕焼や人魚を探す水族館
アンダンテ 福田 仁子
日めくりを一枚剥がし春立てり (千種)
ひな人形押入奥より救ひ出し
ランドセル出陣を待つ弥生かな
花吹雪歩く二人のアンダンテ
夏の夕 福原 瑛子
まちがえて死去した夫へ蝉しぐれ (雲)
気がつけば家中歩く夏の夕
青みかんくちうるさかった夫へかな
一人暮しにどうして馴れる梅雨のあけ
コロナに死す 復本鬼ヶ城
たらちねの百寿の母の冬に死す (阿)
新年に骨壺届きコロナに死す
供花あまたで母の骨壺囲みけり
戦後を生きし母の思ひ出令和の寒
山茶花 藤田 裕哉
立冬の氷の爆ぜるウィスキー (蛮)
山茶花や冷たき雨に紅散らす
冬ざれの暗がりにたつあらいぐま
水たまりに命のひとつ冬晴れる
鼓動 藤田芙美子
耳よせて桜老樹の鼓動聴く (さへづり)
老いゆくも艶を携へ寒牡丹
新年やとし重ねてこそ見ゆるもの
憂きことの煙となりし焚火かな
火吹竹 舟木 克博
石仏の籠れる森の寒椿 (枻)
拝殿の陰影深き寒の入
寒暁の樹林梳きゆく日の光
古びたる音となりをり火吹竹
赤べこ 船津 年子
銀波さやぐ薄は密を恣 (無所属)
ワイン少し末枯の身をときめかす
冬満月の声聴かばやと身を澄ます
魔除けの気纏ふ赤べこ年新た
花八手 古瀬 道子
ここちよき風は桜のかおり乗せ (あかざ)
万緑や水車の軋む蕎麦処
階を上る古刹のこぼれ萩
臥す人に会えぬ覚悟や花八手
師の一句 古橋 芝香
師の一句書きて糧とす神無月 (阿夫利嶺)
眼に見えぬ物に脅える春の風邪
手を焼きし子も親となり冬ぬくし
ふる里は墓のみとなり春寒し
寒の水 星 一子
境内に焔のくねりどんど焚く (俳句人)
新年や玉こんにゃくの色の濃く
大寒や強盗現わる街となる
ウィルスを洗い流せよ寒の水
風紋 堀田 一惠
冬海の風紋波へのラブレター (無所属)
音木なる弓を放ちて春迎う
地球儀の世界巡りやコロナ春
夏本番浜の余白がへってゆく
雛 堀江野茉莉
飾る手の代はりゐしこと雛は知るや (谺)
親不孝通り寒荒れの手をポケットに
くらやみ坂に消えて雪女かも知れぬ
子の逝きし後の空白手毬唄
夢か現か 堀口みゆき
逝く春や水平線の濃く淡く (鷹)
海からの奔放な風ダリア咲く
山装ふ軽き音して置柄杓
通されて夢か現か暖炉燃ゆ
小春凪 本間 満美
深秋の薪棚にほふ山家かな (あかざ)
一湾の潮目さだかや小春凪
麓(ふもと)より迫る暮色や大枯野
せせらぎの遅速にのりて冬落葉
寒昴 丸笠芙美子
星冴えて宛先の無き文を書く (あすか)
冬蝶の震へ伝はる刹那かな
訪ふはずも無き声のして雪の夜
寒昴ひとり荒野に立ちつくす
片時雨 牧野 英子
せせらぎの風に寄り添ふ薄紅葉 (あかざ)
東屋の影の深さや冬に入る
反り橋は駅へ近道片時雨
初霜やぼんたん飴のオブラート
梅の風 真島 道子
弾初のバッハ宇宙を駆け巡る (無所属)
不器量の柚子よけなげに馥郁と
おほかたは糠漬にせり大根提ぐ
柏手のしづかに響き梅の風
寒鴉 町田 秋泉
みな同じホットコーヒー春秩父 (無所属)
あみだ帽女足くみ生ビール
ビル風にトンボの自由右往左往
融通の利かぬ舌です寒鴉
瘤 松尾 隆信
大根の葉が来る自転車の前に乗り (松の花)
まつ白の梟のゐる喫茶店
『瘤』といふ小さき句集開戦日
漱石忌今日のこころで今日を生く
島桜 松田 知子
如月のマングローブを漕ぐカヌー (松の花)
島うらら泥の池へと紬浸け
鬼界島真中に据ゑて諸葛采
戦争の跡の大路や島桜
冬の日 松本 進
冬の日の動かぬ雲の重さかな (あかざ)
寒卵割れば明かりが見えてくる
寒中や五輪開催夢の果て
よどみなく流るる川や雪解水
雪の舞ふ 松本 凉子
乾鮭や念仏講のほのあかり (花林)
梟のまなこに宿る詩魂かな
鶏さばく父の横顔雪の舞ふ
学びまた学び展げて冴返る
冬の月 三浦 文子
タンカーをひっそり通し冬の月 (歯車)
新聞で泥葱包み追ってくる
晩年は冬夕焼にすぐ染まり
顔脱ぎし母を抱きて冬至の湯
四日 三ツ木美智子
一葉づつ昏れて樹が暮れ夜半の秋 (松風)
丈低く秋のたんぽぽ和紙の里
今ここに在ることふしぎ梅一輪
首すじに日射しあつまる四日かな
切り絵 宮﨑 空拳
エントツの煙光らせ初日かな (雲)
影踏みの影ころびたる厚着かな
冬晴や籠もる近所は窓開けて
寒鴉木立の中は切り絵かな
草の花 宮沢 久子
今になほ栄華のかけら枯蓮 (白馬)
落葉して陽の集ひたる大樹かな
紙切れに移転先あり秋の風
廃線の跡は錆色草の花
日だまり 宮田 和子
座布団を置く方寸の日だまりに (千種)
初み空地球儀になきうらおもて
冬ぬくし点字の音符置く茶房
地軸ゆらす程の響きや冬の雷
春 宮元 陽子
玄海の肌刺す風や遅き春 (末黒野)
水道の潮目くつきり春隣
立春や海光撫でて銅鑼響き
恋猫や逢魔が時の町灯り
紋黄蝶 村上チヨ子
春風にスキップ赤いスニーカー (あすか)
幼子のあのねあのねと紋黄蝶
春一番髪の逆立つ岬鼻
ぎこちなく柄杓をふせる受験生
早春 村越 一紀
貝の香や椀の内なる春の海 (阿夫利嶺)
バス停の小枝揺らしてひがし風
春来しと笑ふ老婆の指太し
癌告知無言で交す春の酒
うた歌留多 村中 紫香
いらぬ年もらふや二日の誕生日 (無所属)
歩み初む児が札散らすうた歌留多
寒卵かれゆく命ふくらます
どんどの火消えし夜空よ神の空
絵馬 望月千恵子
度忘れの一語に執しそぞろ寒 (あかざ)
春愁の素顔をうつす銀の匙
薫風や菩提寺のある森深く
春疾風絵馬のカラコロ踊りたる
母の忌来 望月 英男
朝日して芽吹のいろは動き出す (無所属)
白蝶の笑まひに乗せて母の忌来
連翹や嬉しきこともそれつきり
どうしても笑へぬ山が立ち竦む
朝桜 守屋 典子
大仏の御手にひとひら飛花の乗る (無所属)
朝桜すでに見えし人あるか
花衣しらがに似合ふ色選び
山桜古看板の陀羅尼助
秋暁 安江冨美子
しあはせの基軸のゆらぎ四月尽 (あかざ)
信号の黄の点滅や男梅雨
八月や我慢の日々に飽食す
秋暁や夢の斑を手繰り寄す
福寿草 安田のぶ子
誕辰の大福割れば冬苺 (同人)
おかへりと鍋焼泡を噴きにけり
マイナンバー仕舞ふ抽斗福寿草
公魚を金色に揚げ夜を驕る
探母 柳堀 悦子
探梅や母の手をとる石畳み (汀)
花豆を寒九の水に戻しけり
春近し江ノ電はしる海の町
初恵比寿財布につける金の鈴
空気 山岸 友子
初鏡わが年輪の顔映す (青山)
秋の夜や空気のやうな夫とゐて
日の匂ふ落葉の嵩を踏みにけり
詩吟審査緊張ほぐす咳ひとつ
沈丁花 山岸 壯吉
脇道は人の来ぬ道沈丁花 (青山)
ニッキ飴離せぬ妻や半夏生
重ね着の一つ亡き母編みしもの
新蕎麦や佳き面立ちに老いし友
人柱 山崎 妙子
しゃんと立つ為の身震ひフリージア (岳)
花筏河口は隊を解くところ
寄居虫の殻を脱ぎたる刻が鬱
芥子の花けふもどこかに人柱
城ヶ島 山田 京子
日だまりの冬たんぽぽや雲母集 (無所属)
野水仙同姓多き島の墓
栄螺焼く匂ひ流れ来白秋碑
春潮やたばこ吸ひ出す渡し守
揚雲雀 山本 一歩
にぎやかに剪定といふ大事かな (谺)
軋みたる卒業式のパイプ椅子
畑しかあらず畑に揚雲雀
ふるさとの匂ひ田起し済みたれば
母 山本 一葉
ポケットに小銭春泥跳びにけり (谺)
魚は氷に上りて母が呼びに来る
行く風に来る風に散るさくらかな
段取りがありてつまらぬ目借時
小豆粥 山本つぼみ
初昔生きてあらばの江戸古地図 (阿夫利嶺)
山懐に生きて寒さの獣道
たまゆらに光の坩堝初丹沢
歩み寄ることの生半小豆粥
天の凧 山本ふぢな
せがむ子にまだ渡さざる天の凧 (若葉・上智句会)
冴返る金平糖に角いくつ
臘梅の香りに浮かぶ昼の月
恥ぢらいの混じる山彦春浅し
おくれ蚊 横井 法子
はや八十路総身沈むちちろの湯 (阿夫利嶺)
齢てふ呪詛に抗ふ秋の蝉
咲き登る底紅閉塞つきぬけて
開け放つ店舗おくれ蚊の執念
箱根駅伝 横山 節子
試歩とせり箱根駅伝コースまで (松の花)
コロナ禍の箱根駅伝旗のなく
初電話病床にある妹へ
海鳴りへ一輪掲ぐ水仙花
校訓 吉居 珪子
榠樝一顆置けばマチスの部屋となる (無所属)
延命処置不要向日葵頭垂れ
海や山恋いし恋いしと夏帽子
信・望・愛校訓胸に六十年
霜の朝 吉沢トキ子
河童出る民話の里や山ねむる (輪)
枯菊の華やぎ戻る霜の朝
泥中の天へ階霜柱
掬はれて音の生まれし薄氷
過疎 𠮷田 功
開け放つオラショの窓の柊の花 (無所属)
考えてどうなるものか神無月
とぼとぼと話しあってる蕎麦の花
無住寺の過疎めく集い落葉焚き
願ひ事 𠮷田 克己
忘れたきことは忘れず日記書く (扉)
神の留守無理は承知で願ひ事
異国語はチンプンカンよ木の葉髪
広間よりボンボン時計冬館
もがり笛 吉田 典子
息抜きに来て赤とんぼに加わる (歯車)
休止符はあたたかそうにサキソフォン
一通の手紙に続きもがり笛
言いかけて冬ざくらより遠ざかる
新年 結城 容子
玄関先子等一人ずつ年賀かな (松の花)
子の持ち来し小ぶり重箱心ぬくもる
除夜の鐘西空へ急ぐ機影の見ゆ
丁寧に令和三年暮らし行かむ
靴の時間 梶原 美邦
薬注す目の青空が春めけり (青芝)
緑夜なる疲れをはづす腕時計
靴の時間が底に捨てある秋の川
東京の闇がひそひそ初雪す
涼 北村 典子
新涼のコロナ籠りへ米を研ぐ (青芝)
重用の節句に続く忌事慶事
山影は山に近づき白露の日
萩の花身内の話零れつぐ
山 佐々木重満
欄干の獣図動く春の山 (雫の会)
鉄塔の溶けゆく音よ夏の山
遺伝子の寿命構造山粧う
山眠る鬼の寝息の鎮まりぬ
峡深し 佐藤 公子
枝垂桜枯しなやかに枝垂るるよ (松の花)
帚木の枯るるに残る深き紅
冬帽子深くひとりや滝を前
水音は枯に覆はれ峡深し
芋の味 佐藤 喬風
荒家の一本杉や虎落笛 (末黒野)
小半の猪口のちぐはぐ燗熱し
山頂は一塊の岩雪乱舞
ひと声の焚火に寄りて芋の味
豊の秋 佐藤 信
頂上は一坪の田や豊の秋 (童子・新俳句人連盟)
ぶつかると思へば躱し銀やんま
鳥渡る空港の空暮れ始め
心地よく疲れ出てきて豊の秋
冬天 佐藤 久
寒暁の星残りたる駅舎かな (蛮)
冬天や水へ突刺す嘴の先
寒灯やどの岸からも遠き船
裸木の空に根を張る余白かな
日脚伸ぶ 佐藤 廣枝
マスクしてミクロの敵の只中へ (海鳥)
春浅し同じ音符につまづきぬ
ゴム編のほど良き加減日脚伸ぶ
日脚伸ぶ心の傷にぬる軟膏
柚子は黄に 佐野 笑子
もう少し遊ばせやうか柚子は黄に (青岬)
吊し柿FM放送聴いてをり
矢印の先内視鏡室冬に入る
カレーパンいくつも買つて秋逝かす
時つ海 佐野 友子
細胞の若返りまつ今朝の冬 (千種)
水の湧く月夜に笑ふ茸かな
芒野に迷ひて遊び風となる
鶴頸に侘助一輪時つ海
野面積 三幣芙佐子
杜の秋史実揺がぬ野面積 (阿夫利嶺)
担ひしもの減らす哀楽冬隣
夜長の灯落し万象解き放つ
知恵の輪に負けん気あらは爽けしや
夕日中 鴫原さき子
足音の色めき立ちて曼珠沙華 (あすか)
この秋思ロダンの像の背中から
蓑虫の糸伸び切って夕日中
鉦叩星を数えているらしき
鵙日和 柴岡 友衛
柿紅葉星のあけたる穴ふたつ (阿夫利嶺)
待避線に窓いっぱいの鵙日和
斜に構ふ身過ぎに美し古酒二合
どびろくや緊と闇積む峡泊り
残る指紋 柴崎ゆき子
セロファンに残る指紋や冴返る (玄鳥)
かいつぶり水に笑窪の生まれけり
ふらここや鳥になりたい子がひとり
野分雲入江に集ふ舫ひ舟
山眠る 島田たか子
七五三裾にちらちらスニーカー (無所属)
崖の道一足ごとの石蕗の花
あかあかと夕日の中の木守柿
訪ね来し父の故郷山眠る
夕花野 清水 呑舟
もう迷ふことなき道や夕花野 (無所属)
五線譜に歌ふ木の葉やドレミファソ
北風も押す園児五人の乳母車
ゆく秋や波の呑み込む一人言
鶴唳 清水 善和
大寒波銀嶺富士に一穢なし (繪硝子)
波郷忌の鶴唳天に響きけり
冬の鵯空をしやくつて飛びにけり
丹沢の山半眼に匂鳥
五箇山 白戸 惠子
五箇山は水豊かにて風光る (阿夫利嶺)
春の炉や合掌造りの宿豊か
雪解水溢るる傍の流刑小屋
合掌造りの窓明り美し春の宵
赤い橋 菅沼 葉二
嘘ついた恋を終はらす冬の虹 (無所属)
除夜の鐘独りを通す父と酌む
何時の間にうからの長に雑煮膳
鷽替へに三つも渡る赤い橋
一番星 杉本千津子
一句から掌編小説春の宵 (深吉野)
逆風を順風にして鯉幟
母の日や一番星の大きかり
我が息に形代しかと頷けり
捩花 鈴木香穂里
鰹節は宇佐にこだはり昭和の日 (阿夫利嶺)
捩花は残し狭庭のひと仕事
深重に読み継ぎし書や夜の秋
出払ひてひとときの寂白桔梗
落葉期 鈴木 句秋
枯瓢どうするでなく吊さるる (風鈴)
情念が欲しかまつかの真赤なり
日捲りに落葉の音の重なりぬ
落葉期日の目に合いし祠かな
敗戰忌 隅田 晶子
飾り窓の傘を見てゐる巴里祭 (谺)
赤紙で征き白紙で帰る敗戰忌
幕閉ぢしジュリエットグレコや露の秋
フルートの色なき風を渡るかな
新走 関戸 信治
新走鳴らすや喜寿の喉仏 (いには)
鉢巻が新酒を枡にあふれさす
新走口が迎へにゆく愉悦
御積りは女将より受く新走
余白 瀬戸美代子
天網恢恢耳たててゐる竜の玉 (顔)
水平といふは眩しき初氷
調律の和音が響く冬木に芽
忘却は天与の余白浮寝鳥
月冴ゆる 惣野 圭子
ハングルの褪す捨舟や能登しぐれ (繪硝子)
月冴ゆる佐渡に和綴の民話集
美(うま)さうに麒麟小春の空を食む
コアラ見に息染めて行く冬紅葉
初句会 園田 香魚
言の葉の一人芝居や初句会 (海光)
初雪や富士の白山たしかめる
大役は二本の杖や春の泥
夕暮れの重みまとうや寒椿
春夏秋冬 高越 研次
千年のロマン漂う梅一輪 (蛮)
紫陽花やいくつも顔をすてていく
赤い靴履いて銀杏潰したり
大寒や日本列島屈折す
鰯雲 髙島かづえ
千曲川を遠く見てをり威銃 (谺)
陸橋に立ちをり鰯雲近し
夜空ばかり見上げ運動会は明日
豊年のバス停にをりひたすら待つ
信号機 高堰 明光
語り部の皺の手偲び火の恋し (雲)
香を失さず茎立ち黄菊風の中
信号機点滅たしかに釣瓶落ち
枯蓮に残る力や雨弾く
日雀 高野 公一
中は広そう立冬の紙袋 (山河)
月涼し一人の舟を出す時か
日雀来る山雀だったかも知れぬ
晩節を汚すほど欲し黄水仙
三島忌 高橋0生
三島忌のわれ見失ふディスタンス (松の花)
面従し腹背永き鴨ロンド
逆コース栩落葉を踏みしだく
星々のつぶやき蒼く霜育つ
ハンモック 高橋 俊彦
振り上げし拳の行方春の闇 (顔)
子に聞かす宇宙の話ハンモック
八月の海の青さに手を合はす
駆引きにあの手この手と懐手
枇杷の花 高橋 翠
花である証に枇杷の花匂ふ (あかざ)
片時雨邂逅の血の熱かりき
星冱つるあの世といふに夫がゐて
水に水捨てる音して師走かな
良夜 高橋 葉子
呼びおこし夫と仰ぐ良夜かな (無所属)
災害にコスモス揺れる里となり
コロナ禍や十薬ばかりはびこりて
最高の更新つづき極暑かな
新松子 高平 嘉幸
敷きつめし銀杏落葉の浄土めく (繪硝子)
城跡や栴檀の実の金色に
相応に歩ける贅や新松子
初鴨のはやくも二羽の睦みたり
新走り 多賀みさを
新走り父が十八番の佐渡おけさ (どんぐり)
夕時雨灯かりの洩るる奈良格子
大伯皇女弟偲びし山眠る
迷はずに決めしこの道雪の坂
無題 瀧上 一歩
あがほとけへ新米を供花詫ぶ無沙汰 (無所属)
薄原染めし夕日の落ちる丘
促され杯片手後の月
行く秋やコロナ時代の癌を生く
コロナの秋に 竹澤 みゑ
血統の駿馬鬣秋の風 (暖響)
秋思あり「ショーシャンクの空に」観て
菊日和手製マスクの着け心地
往く道の落葉鳴るなり生きて在り
闘病四年 多田 学友
癌病の難オペ済みて秋生きる (暖響)
極暑中三十余回放射線受く
癌癒えて百まで生きむうららかな
ペースメーカー植ゑ込み生きる今朝の冬
千歳飴 立野 治子
解きかけのパズルの余白小鳥来る (あかざ)
千歳飴しつかりにぎり泣きじやくる
木洩れ日の径のあとさき秋茜
通といふ漢のすする走り蕎麦
野毛山動物園 田中 悦子
目が合えば通じ合えそう檻の熊 (無所属)
鳥の眼のなべて獰猛秋深し
立冬や亀の求愛見てしまう
爬虫類嫌いピラカンサが真っ赤
福耳 田中 一男
禿頭の親父の手締め酉の市 (草笛)
雪折れに半ば隠れて比翼塚
新幹線まるまる呑んで山笑う
保安帽脱いで福耳南風吹く
雪眼鏡 谷口ふみ子
飲み干すや身うち貫く寒の水 (船)
枯れきつて芒は風に従へり
宙掴むかたちに脱がれ皮手套
雪眼鏡越しにこの世の闇がある
ステイホーム 千葉 喬子
サイダー飲むごつんと若き喉仏 (繪硝子)
ステイホーム薔薇パーゴラを渡り切る
身に入むや船に小さき手術室
街をぬけ私をぬけて秋の風
大仏の臍 塚田佳都子
安楽死願ふ夜蟬のちちと鳴く (好日・草樹)
日雷刃金のごとき直感
大仏の臍は正位置花柘榴
まなざしは言葉となりぬ草の絮
法師蟬 角田 大定
不安気な春雲ばかりウイルス船 (青岬)
自粛解けてこんなに旨い青葉風
一途さの一塊として法師蟬
病院発枯野行きバス混み合へり
潮の香 角田 美知
病院の九階よりの遠花火 (無所属)
穂芒にすまし顔なる福禄寿
葛の雨しとど祠の弁財天
潮の香の届く御寺の女郎花
春隣 露木 華風
竹林の裾の明るき春隣 (無所属)
子には子の進む道あれしゃぼん玉
花菜漬け手の覚え居る塩加減
春雨や烟るむらさき酒匂川
郁子 寺島ゆうこ
山粧ふ腹式呼吸くり返し (青岬)
秋時雨句を読む時は声を出す
秋風と前途をしまふ貸金庫
郁子熟れて人良き夫婦住まいをり
草餅句会 戸田 澄子
よもぎ摘む草餅句会ありし地に (末黒野)
梅雨ごもりにあらずコロナのテレワーク
師の逝くや落葉を濡らす夜の雨
ひいふうみい花芽か葉芽か冬木の芽
時雨 戸恒 東人
女松原往けば音失せ白秋忌 (春月)
綺羅と伊達競ふ錺や酉の市
粋筋と見えたるうなじ初時雨
時雨るるや嵯峨野に高き笹穂垣
山眠る 友井 眞言
天平の甍の里や山眠る (無所属)
山眠る御目の雫そのままに
斑鳩は七堂伽藍山眠る
溪の声残して山の眠りけり
日向ぼこ 苗村みち代
手水舎の柄杓にもある淑気かな (風鈴)
餅花や坂の途中の洋食屋
恍惚の顔して猫の日向ぼこ
松葉蟹少し知的な会話する
寒灯 永井 良和
寒灯や歩幅のわかる靴の音 (無所属)
鬼やらひ声小さければ鬼わらふ
今日のこと話し終りて剥く蜜柑
小気味よきレジの手さばき初市場
暮光 永方 裕子
梅日和など有り無しの日々過ごし (梛)
深井戸の地中はるかに春の月
灯取虫一夜稿継ぐ朋として
潮目いま暮光のいろに秋の行く
九十歳 長尾 七馬
柿二つ食みて好とす子規の秋 (群落)
老いらくの恋もありつゝ秋立ちぬ
原爆忌十五の夏は未だ来ず
秋燦燦陽は雲片を飲み切りぬ
捨案山子 中島修之輔
磔刑を恨むでもなく捨案山子 (青岬・こんちえると)
桐一葉監視カメラに撮られる世
栗落とす縄文人の顔をして
整列を嫌ふ子もゐる葱の畝
九穴 中島 俊二
はみだしてゐる初刷を引き抜きぬ (あかざ・楷の木)
しんちやんの三輪車の声ひろしま忌
わたくしの九穴勤労感謝の日
満員の「男子厨房の会」冬うらら
山笑ふ 長濱 藤樹
菜の花の黄色が好きで二日酔 (蛮・小熊座・炎環)
花野忌の大きくひらく翼かな
子規堂の絶筆三句男梅雨
腸のゆたかな夢二山笑ふ
枯木星 鍋島 武彦
小田城は眼下に小さし密柑山 (末黒野)
冬霧や嵯峨野の里の深眠り
落葉焚く煙懐かし匂ひまた
帰らぬと決めしふるさと枯木星
風花 名和美知子
光(ひかり)となる露の草々日の出前 (無所属)
林檎の荷届きふる里匂ひくる
北へ行く車窓風花ふわりふわ
ささやかな幸ふくらみし干蒲団
谷戸 新倉 文子
減り続く谷戸の住人十三夜 (無所属)
飲み込みし言葉の太る秋ついり
パッチワーク今が峠よ青みかん
ひょいと来て杖の先行くばったかな
人を恋ふ 新村 草仙
一枚の手紙をくべし焚火かな (雅楽谷)
人恋ふは悲しき心菊を焚
暖まるすべなく香呂冴ゆる夜半
偽りの歌詠むごとき枯野かな
唐獅子 西沢 進
大空の無限果なき冬銀河 (群落)
冬ぬくし予防注射の針の先
父母に謝すこの身勤労感謝の日
永徳の唐獅子踊る神無月
力瘤 西田みつを
頑くなに老いて薄氷指で突く (千種)
淋しい手その手に止まる冬の蠅
一つ家に妻とは別の夜長あり
臘梅を仰げば空の力瘤
晩夏光 西野 洋司
鶯にまた励まさる庭仕事 (つぐみ)
まくなぎに今や轟沈戦中派
晩夏光草深き家のバイオリン
空耳に呼びたるは誰秋の風
月夜 西村 弘子
脛骨のねぢれし思ひ百日紅 (無所属)
心太透ける色にも影ありぬ
木の匂水の匂のして月夜
吹く風に水の凹むや冬椿
面影愛し 二村 一青
うすれゆく面影愛し曼珠沙華 (無所属)
指切りはなんの約束紅葉散る
誰がために咲きつづけるや冬薔薇
素直にはなれぬ日もあり海鼠食む
毛糸玉 根本 朋子
降り立てば木枯われを待っており (風鈴)
白菜を漬けて変わらぬ暮しかな
指先の記憶たしかや毛糸編む
毛糸玉ころがし時を忘れけり
母 中村かつら
母いつかいなくなるもの草の花 (朱夏)
真葛原母を捜しにひた歩く
名月や母に尻尾があったこと
平坦な道歩むなと母雲の峰
仕上げ一針 中村 誓子
干し芋の深まる色や冬日向 (海鳥)
冬萌えや小声の母の手を支え
庭の松淑気の満つる翁かな
人形の仕上げ一針春立ちぬ
蜷の道 宇佐見 輝子
晩学にのり代のあり蜷の道 (草樹・好日)
人間の薄皮仕立て梅雨寒し
蓑虫の揺れる自由と束縛と
ひかりつゝ芦枯れ急ぐ日数かな
バス 梅津 大八
富士山を横切る子ども神輿かな (谺)
正体は枯葉を踏みし音であり
冬景色からバスが来る冬景色
一本の薔薇の高さに富士昏るる
コロナ禍 大月 桃流
百年を生きてコロナ禍に出会う (山河)
台風も遠廻りした今年富士
コロナ禍は駆除した蚊蝿の反撃か
有難や神奈川外した野分神
初蚊打つ 大西 昭舟
行く先に何が見えるか蝸牛 (青岬)
介護とは共に病むこと花の雨
自然体に生きるも難し初蚊打つ
藪がらし時代遅れをゆるく生く
ちちろ鳴く 大本 尚
春時雨職に就く人辞する人 (あすか)
胸底の澱ワインで流す緑夜
ちちろ鳴くそこより先の風の闇
仮の世のことごと成らず冬の蠅
面取り 大山 深春
とび石を踏むチワワ犬梅雨の晴 (雲)
急階段よりユッカの花たわわ
煮くずれをふせぐ面取り走り藷
電波塔二つに割って雪の富士
夏帽子 大輪 靖宏
吊ればすぐ風鈴風と遊びけり (輪)
吾を黄泉に誘ふかのごと夜光虫
夏帽子かぶり散歩の人となる
万緑の生気の中の握り飯
皿洗ふ 大和田栄子
皿洗ふ裏まで洗ふ原爆忌 (無所属)
箱根来て殺伐とした夏捨てる
無口なる夫が秋刀魚を食ひたきと
風の盆男踊りは膝深く
虫時雨 岡田 史女
サッチモを聞くや籐椅子きしませて (末黒野)
白じろと驟雨過ぎゆく棚田かな
おとろへる視力や残暑おろおろす
湯上りの火照りしづめむ虫時雨
鏡餅 岡田 芳子
鏡餅平成昭和を割ってみる (海光)
母の日や母似と云われほくそ笑む
梅の香のほのかに染むる寺の町
ひとつぶの命かみしめ豆を撒く
御衣香 岡山 令子
初音ふと篁の奥白光す (無所属)
花冷えの御衣香透かす飛行船
由比ヶ浜にわかに天降る黒揚羽
対岸のサックス少年冬銀河
風甘し 小川 竜胆
流鶯や聞き分けのなき女なり (雅楽谷)
網戸拭き清めて風の甘さかな
引越しの荷にしがみつく守宮かな
つぶらかや口にひろがる鮎の郷
山の靄 荻野 樹美
風鐸の風に振り向く涼新た (草樹)
かなかなをすっぽり包む山の靄
四分の一の南瓜を買う暮し
掌に納まる硯洗いけり
鎌倉路 奥村 一光
風流れ香り移りし萩の花 (雅楽谷)
蒼天の棚田越え行く帰燕かな
老鶯や歩み止めたる鎌倉路
蓮池に佇む鷺や秋日和
野菊 尾崎よしゑ
奥丹波春の満月闇濡らす (千種)
迎へ火や風に乗り来る蹄音
風死して生きとし生ける物無音
丹波焼きに野菊一本綾子の忌
敗戦忌 小沢 真弓
片手ほどの豌豆摘みて籠りをり (阿夫利嶺)
敗戦忌無言白紙のプラカード
放ちやりし蝉の鼓動をてのひらに
遠出するごとき身支度いわし雲
名盤 尾澤 慧璃
寄席文字のめくりに湧いて秋団扇 (蛮)
鍵穴の漏るる灯りの秋めけり
針落とすジャズの名盤月今宵
朝霧の立哨葉山御用邸
白桃 小野 元夫
山頭火の山路は滝に尽くことも (百鳥)
白桃の柔肌に刺す糖度針
はやり病を仁王が阻む陰祭
断酒後の笛や太鼓や侫武多三昧
年の暮 小野沢邦彦
靴の跡押し上げており霜柱 (東俳句会)
年の瀬や頭つるんと仮退院
数え日や俎板乾くいとまなし
抽き出しに混みあう薬年の暮
峰雲 折原 清児
地下鉄の出口十段月涼し (こころ)
峰雲やベイブリッジを踏み台に
嘘に真真に嘘や終戦日
眠りても眠りても車窓の青田かな
鈴鳴る 織本 瑞子
すんなりと手に継ぐ杖や菊日和 (雲・水の会)
何用か小さく鈴鳴る夜長かな
らんぷ置く窓の深息金木犀
それぞれに果物ナイフ黙を剥く
赤トンボ 加賀田せん翆
塩味を決めてひとりの豆ごはん (海光)
人影の消えて夏蝶だけの路地
昼寝覚夢の続きの水を飲む
昔むかし本当はわたし赤トンボ
のこり鴨 香川 公子
太鼓橋のつぎに石橋のこり鴨 (谺)
椿落つチェロの演奏やみたれば
在りし日の桜けふ見る桜かな
蟻の右往左往してゐる戸口かな
星月夜 景山田歌思
白髪の提灯二対盆送り (蛮)
星月夜混じり気の無いドビュッシー
ギャロップの行く高原や高き天
ジェット機の音拐かす秋の雲
波立ちぬ 片倉 幸恵
公孫樹散る路面黄金の波立ちぬ (花林)
白菜やキムチ一時戯れり
故郷や無念無想の秋の暮
大寒の指さし呼称ひびく駅
邯鄲 金子 きよ
大川に春の音する舟大工 (あすか)
雷の長居する夜やきなくさし
邯鄲はスキャット名手リーリリリ
ここからは限界集落四温晴
名月 金子 喬
疣毟り螺髪の頭むしり取る (衣)
秋鯖のスキャットシャバサバッ
名月をひやかしに来る老猫
きちきちは放物線に着地する
秋高し 金澤 一水
闇分かつタワーマンション秋灯 (輪)
牧走る駿馬の眼秋高し
富士へ向く一本の径吾亦紅
藁塚の古代の香り明日香村
蟹の穴 鹿又 英一
青蛙のぽとりと落ちて精神科 (蛮)
すててこのラジオ体操蟹の穴
夕顔やかつて市電の停留所
ハンドベル山小屋に星降らせけり
山の音 神野 重子
茎の丈さだまり開く曼珠沙華 (千種)
ざくろ裂け内緒話のつつ抜けに
吊橋の向う新酒の幟立つ
山の音聴きゐる庵火の恋し
晩夏 神山 宏
こほろぎや長押に古ぶ蚊帳吊り具 (阿夫利嶺)
新涼や漁火ほっほっと馬耳塞(マルセイユ)
存へしも晩夏一代の幕を引く
西班牙へ楫きる航跡夏闌ける
プレゼントの杖 川島 典虎
金粉のカステラ約すシルバーウィーク (水明)
心の荷しばし忘るる夕月夜
なぞなぞが解けず見てゐる秋夕焼
プレゼントの杖使ひ初め敬老日
横顔 川島由美子
人の影追って花野の一人旅 (海鳥)
見上げれば父の横顔かりんの実
分身のような向日葵疲れ切る
短編を一気に読んで虫の声
枯野 川野ちくさ
弁慶草来世は骨の無き女 (蛮)
燃えたたす窯の火秋雨はげしかり
カンバスに埋め込む追慕銀杏散る
愛も憎もひとつの袋枯野行く
霧の宿 川辺 幸一
秋七草邪馬台国を思うかな (海鳥)
神楽果て霧に鎮まる御師の宿
霧の宿百年守る釘隠し
遠霞汽笛を交わすコンテナ船
夏の山 川満 久恵
怖いものなしのあの頃夏の山 (花林)
かき氷記憶のつんと甦る
駒鳥の声に惹かれて一万歩
舵取りの巧さほれぼれ群れ蜻蛉
仮居 菊地 春美
夏草や世代交代しのび来る (無所属)
コロナ禍に余儀なく仮居大西日
いま友は野鳥にミミズ赤蜻蛉
高々と干されし稲穂心満つ
蛍袋 木関 偕楽
疫病や蛍袋に籠りたき (谺)
産衣着すやうに林檎の袋掛
草茂る終着駅の転車台
疫病を払ふ秋野の鹿踊
ひとり 北島 篤
秋場所をただ見つめをる老夫婦 (蛮)
秋草の花滴してひとりをり
夕食らふ焼もろこしは歯につまり
草の花その下陰に父母のある
秋の声 北野 一清
雷鳴に閃光天をくつがへす (金沢俳句会)
終活をしろと申すにはたた神
相模灘銀河の帯の落つるらん
蟋蟀の鳴く音に闇の深まれり
夏深む 北村 まき
盆梅の幹百年の構えかな (無所属)
語部の間合いの黙や夏深む
スカーレットの恋に恋して星月夜
小春日や小布接ぎおり姉恋し
残暑 木村 享史
自愛して耐へてゆかねば老残暑 (ホトトギス)
残暑にもめげずよ老の目を剥いて
人のみな打ちのめされてゐる残暑
呟いて老の残暑と根競べ
記憶 木村 裕子
赤飯の香立ちや残る蝉盛ん (無所属)
爪伸びる早さよ無意の暑き日よ
猛暑日のコロナやペスト読み返す
ぽろぽろと葡萄ぽろぽろと記憶
夕陽 君塚 凱宣
竹林の奥を暴くや秋夕陽 (無所属)
石蕗の花群れて夕陽を照り返す
岩壁のすすき夕陽を揺らしけり
つづら道上る吾が背を夕陽押す
月 桐畑 佳永
医者呼びに駆け抜けし路地亥中月 (NHK学園俳句倶樂部)
出囃子に遅る咄家十六夜
啖呵売のせりふ流暢村祭
初潮や舷舷を撃つ船溜り
澱 久保 遡反
盆舟の傾いてゐる澱かな (蛮)
旋盤の屑の虹色終戦日
食パンを春の厚さに切つてゐる
駅員の掃き出してゐる金亀子
蝗害 窪田ますみ
水澄むや賽銭しづかに願ひ受く (千種)
殻の浜蛤捜すかに雀
山脈を超えぬ蝗の群の音
水涸るや運命暗示の泥の筋
秋夕焼 倉本 れい
夏滴る人が小さくみえるとき (雲)
雨蛙ここは我家とえばりけり
頭下げ案山子たたずむ田んぼかな
サッカー遊び秋夕焼にボール蹴り
禁じられし遊び 栗林 浩
広島のとある小川の螢かな (街・小熊座)
禁じられし遊びのあとや牛膝
花野出るときの寂しさ捺印は
椅子取りの最初の敗者いぼむしり
畦豆 黒滝志麻子
屋根替の眉豊かなる漢かな (末黒野)
水音の折れゆく道や夏帽子
畦豆やふところ深き山の影
さかりとも咲き始めとも冬桜
水の秋 桑原千穂子
きのう耐えきょう耐えかねる熱帯夜 (風鈴)
新涼やひとまず肩の力ぬく
秋高し鳴かず飛ばずのスケジュール
価値観のイロハ見直す水の秋
陸奥(みちのく)へ 河野 薫
誰独り逢はぬ不思議や夕花野 (無所属)
あの時も告白されて風花す
もう少し生きてみやうか河豚尽し
芭蕉忌や一句成さむと陸奥へ
色なき風 古柴 和子
誰がための石棺かしら猫じゃらし (天為)
風に色ぬすまれそうな烏瓜
精油所の輪郭確と夜の秋
星みがくことに始まる色なき風
空より 小島 博子
山笑ふ軒に乾されしスニーカー (船)
三角に春陽をたたむ紙鉄砲
錠剤の掌よりこぼるる花の雨
白きもの真白く洗ひ夏空へ
虫のうつろひ 小林 茂美
初蝶や前世昭和の大女優 (青芝)
蝸牛行く先問はば角を立つ
毛虫にも言ひ分ありや推定無罪
かなかなの闌けき午後ほど閑かなり
螢火 小林比奈子
火を煽り火を諫めゐる野焼かな (谺)
すかんぽや口笛はもう鳴らざりし
真先に雨に応へる蕗畑
吹き消されさうに螢火漂へる
筑波山古道 斉藤 繁夫
寒明やくぐるにせまき北斗岩 (無所属)
常念坊あらはる頃や蕗のたう
憲法記念日山並みは関はらず
出羽三山朝日置きたる崩れ簗
甲虫 斉藤 茂子
舞殿へ桜のつなぐ段葛 (無所属)
甲虫森の奥よりチェンソー
寒風のかさかさと鳴る竹の声
虫籠を高くかかげて虫博士
鳥渡る 斉藤 篁彦
蚤の市の土産のグラス巴里祭 (群落)
復刻の初版本買ふ秋駅前
谷深き村は一筋葛の花
鳥渡る太初の青の虚空かな
花吹雪 齊藤 智子
一芯二葉唱へて茶葉を摘みにけり (松の花)
山桜スーパームーン出でにけり
花吹雪麒麟の首は柵を越え
ほたる烏賊在宅ワークの夜の杯
写楽 齋籐 至旦
口閉じて土用蜆は反抗期 (雲)
汗をふく写楽と同じ顔をして
酷暑過ぐ大河小説終るかに
美術館ふとコスモスの似合う人
野馬追 斉藤ふさ子
西行の鴫立沢の水温む (枻)
風が押す帆引網漁かすみ晴
Aランチ売切れ緑のカフェテラス
染め上げし野馬追神旗将門記
冬の旅 坂 守
息白く旅に出てよき人となる (無所属)
山眠る古きホテルに読書室
やはらかに炭火の香ある帳場かな
冬木宿友それぞれの本開く
冬ぬくし 榊原 素女
オルガンは昭和の音色冬ぬくし (谺)
片付けし部屋をうかがふ隙間風
薪が泡吹いて暖炉の燃え盛る
窓よりの冬日に背中預けたる
つくつくし 酒寄 悦子
新涼や遊び疲れし湖の波 (千種)
底紅や今日は明日への橋掛り
秋刀魚焼く煙になみだ隠しつつ
戻り道などもう要らぬつくつくし
春を待つ 佐川キイ子
春を待つ三界の子の母なれば (千種)
春北斗銀河の水を野に山に
黒南風や少し嘘ある日記帳
暖冬や病みし地球の出す微熱
風 作山 大祐
ひと吹きの風に押されて冬めきぬ (無所属)
春となりぬる風の声鳥の声
夏の風行きつもどりつ一本道
ひと口に夏を飲みこむ里帰り
黄落期 櫻井 波穂
大仏の螺髪に鳩や黄落期 (松の花)
湿原の色なき風や猿麻桛(さるをがせ)
初時雨源氏の講義終了す
冬霧の此の世を上るリフトなり
長電話 櫻井 了子
流れ星雨戸一枚閉めずおく (海鳥)
風鈴の鳴らぬ日友と長電話
伝言は一行で足る良夜かな
うかうかと睡魔の罠にはまる土用
梅雨籠り 結城 容子
遠雷や頭上に来ぬを祈るなり (松の花)
コロナ梅雨元町あてなく歩きけり
リハビリを休む人多し梅雨晴れ間
手土産にマスク一箱子等の来る
蝸牛 横井 法子
はや芽吹輪廻の山野踏みしむる (阿夫利嶺)
草木瓜の朱遙かなる日々手繰る
自粛てふ枷に角出す蝸牛
禁足の空に声美し四十雀
さくら満開 横田 正江
まんさくの動くごとくに花あまた (同人)
目の前のさくら一番二番なく
さくら満開ひたすら鳥戯れて
花まとひ木肌漲る力かな
小田原城 横山 節子
花の昼濠の真鯉の口大き (松の花)
老桜のなほ万朶なりお濠端
隅櫓の漆喰白し花明り
菖蒲の芽立入禁止の天守閣
マチスの部屋 吉居 珪子
榠樝一顆置けばマチスの部屋となる (無所属)
西口はかつて裏駅文化の日
安静と言われても主婦根深汁
信望愛校訓胸に卆業後
樺の天 吉沢 トキ子
樺の天めぐれば夏の北斗星 (輪)
潮風に肺を洗ひて群鴎
日時計の時間横切る蟻一匹
七夕ややんちやな児にもある願
辞書 𠮷田 功
令和とは辞書を引きつつ蕗の薹 (麦の会)
夏落葉コインロッカー話し出す
花菜漬鴨居に残る鯨尺
フラココに男の涙置いてくる
コロナ禍 𠮷田 克己
ひたすらに籠れば積もる春の塵 (扉)
どの国もコロナ禍騒ぎに春果つる
コロナ禍に負けぬ眩しき五月来る
自粛して籠もるわが家に初夏の風
夕凪 吉田 善一
夕凪のすこし焦げたる味したり (谺)
すこし嘘ついてみたらとソーダ水
どう寝ても臍外さざるタオル掛
ボート漕ぐいづくも遅々と遅々々々と
金魚 吉田 典子
柿の花こぼれるあたらしい出口 (歯車)
人体を組立て花の下におり
ステイホーム金魚を混乱させており
短編の余韻の長さ藤の昼
冷奴 𠮷野美和子
五線紙にまだ音のなき水中花 (海光)
風のみち路地に似合いし釣忍
薫風やセーヌ河畔の舟溜り
一病を捨て去り後の冷奴
ボブカット 𠮷村 元明
傘傾ぐ街の「ねずみ絵」花の黙 (無所属)
ほうたるの匂ひ若き日の愁ひ
ボブカット円き眼鏡の子猫抱く
貝風鈴乳足りし子の熟睡かな
泳ぐなり 米田 規子
森深く夏の少女は魚である (響焰)
きらきらと三日遊んで鉄線花
百日紅まひるの闇に息をして
けんめいに同じ時間を泳ぐなり
水中花 脇本 公子
水を得て過去は問はない水中花 (雲・WA)
草を引くどこか遠くへ行きたい日
生きかはるならば男よ髪洗ふ
身を去りしふるさと訛赤まんま
噴水 和田 順子
噴水の曲はスティング吹かれ散る (繪硝子)
海の日や海風山風吹き替り
ジーンズに脚入れて立ち夏は来ぬ
予定なきあしたあさって梅雨長し
赤富士 渡辺 和弘
赤富士のしだいに迫る海の音 (草樹)
子の名前思い出してる父の夏
噴水の昨日と違う高さかな
水筒に麦茶を入れる日課かな
柿の花 渡辺 絹江
姫女菀雲むらさきに暮れゆける (松の花)
富士へ入日やアイリスの濃むらさき
橋からの夕の富士山花空木
柿の花カウボーイハットの紅の紐
花辛夷 渡辺 順子
冬ざくら手話のしづかに賑はひぬ (好日・草樹)
昨日の句すでに古びて花辛夷
人恋し空また恋し残り鴨
自在なる仮想吟行青すだれ
コロナ禍 渡辺 正剛
糸とんぼ触るる触るるな浮いてゐる (顔)
コロナ禍や自堕落浄土なめくぢり
幽閉とはこんなものかな草むしる
青鷺の群団乱舞暴れ川
こぼれ萩 渡辺 長汀
人去れば人来る木椅子梅日和 (無所属)
明易し宿坊十部屋動き出す
聞き流すことも優しさこぼれ萩
百選の水を練り込み走り蕎麦
海星 渡辺 照子
夜のラジオ耳近づけて信長忌 (青岬)
風死して平衡感覚鈍くなる
砂浜のひとでを海星と書くロマン
東京駅上下に人や梅雨激し
踊 渡辺 時子
手まねきに釣られて入りし踊りの輪 (谺)
星涼し湯上りの下駄鳴らしゐて
神苑にゐて秋風をまとひけり
降るほどの星の下なる踊かな
考の癖 相 道生
雑貨屋の壁のゲルニカ敗戦忌 (無所属)
不揃ひの脚で踏ん張る茄子の馬
初秋刀魚焦げ目をつつく考の癖
古代文字光る木簡秋灯
コロナ禍 青島 哲夫
マスクして自粛に期待草いきれ (青岬)
ワクチンの期待もむなし夕端居
覆面しやくざのやうなサングラス
ハチ公もマスクしてをり炎昼下
遠昭和 青野 草太
駆けくる子少なき国や雪間草 (青岬)
涅槃絵やユダこの中にきっとゐる
運動会は火薬の匂ひ遠昭和
核で滅ぶ星ひとつあり冬銀河
長屋門公園 青山冨美子
古民家の風の明るし吊し雛 (九年母)
夕さりの光や背戸の山法師
飼育器に鳴く鈴虫や昼の土間
埋火や止まってをりし掛時計
蝮注意 麻生 明
梅雨出水シュノーケル噛む野獣の目 (海鳥)
軽トラに乗った立看「蝮注意」
甚平着て変人というほめ言葉
産土の地図になき村蝉時雨
逆上がり 麻生ミドリ
ゆっくりと大阿蘇動く野焼きかな (海鳥)
主なき家となりけり小判草
青嵐消防署から笑い声
梅雨晴間ポニーテールの逆上がり
変 阿部 晶子
がらんどうの桟敷や春場所の変 (無所属)
梅雨晴間小さき相棒かげぼうし
夢と希望少しづつ捨て敬老日
風花や無欲の余生負け上手
霊の声 阿部 和子
海底の霊の声聴く夏怒涛 (梛)
伊吹嶺に仁王立ちたる夏の雲
青田風不意の飛来や朱鷺一羽
メメントモリ月皓皓と地上濡れ
人の間 阿部 清明
人の間に煙るコロナの霞かな (無所属)
人の間の三密避けた草いきれ
人の間の日傘広がる二メートル
人の間に人の間に間に隙間風
鐘 阿部 文彦
光る風蔵立ち並ぶ小江戸かな (青蘆会)
参道を一直線の飛燕かな
腕白を五分刈りにして海開き
八月の鐘は世界に鳴りひびく
金婚 阿部 佑介
半夏雨命まだまだ捨てられず (火焔)
初採りやお腹の大き茗荷の子
金婚やほのと赤らむ土用の芽
電話終へ色水となるかき氷
蛍 雨宮きぬよ
十薬に沈む生家となりにけり (枻)
仏より火を借りてゆく蛍かな
冷房やひとりには広すぎる部屋
開戦日コップの水を溢れさす
草 荒川杢蔵
画家の足イーゼルの脚いぬふぐり (無所属)
抜きん出て独活の大木竹煮草
ナイスキャッチグラブが散らす葛の花
老い易く学成り難し花すすき
人恋へば 有馬 五浪
人恋へば蛍袋の灯りけり (谺)
心太啜りあれこれ忘じけり
梅雨寒しベッドに潜り考へる
青葉して歩行訓練足軽し
2B鉛筆 飯村寿美子
春愁ひ2B鉛筆ばかり減る (あかざ)
この地球(ほし)の明日いぶかれば春の月
ふつか目のカレー煮つめる強冷房
受話器とる水仕ぬれ手や芙美子の忌
さくら貝 家田あつ子
引く波に置いてゆかれしさくら貝 (谺)
捥ぎたての父の好物露地トマト
若葉雨封書に切手傾ぎをり
とむらひの風に散りたる紅葉かな
ほととぎす 庵原 敏典
梅雨の明マリンブルーに映ゆるビル (無所属)
黄帽子のころがる声や梅雨の晴
里山を映す田水や行々子
海のぞむ山峽翔けるほととぎす
夕凪 池田恵美子
星に手の届きさうなる黄菅かな (あかざ)
犬小屋の溺れてをりぬ七変化
夕凪のベンチに猫の待ちにけり
姉さんの愚痴聞いてゐる水羊羹
桃の花 石和 信子
桃の花天地人たる生花展 (阿夫利嶺)
花辛夷噂の噂が世を乱す
ウィルスや感喜の春を闇と化す
桜咲いて世の静寂に戸惑ひぬ
藜杖 石井 俊子
紫陽花の蕾よ未知の色を秘め (蛮の会)
昼の酒差しつ差されつ濃紫陽花
夜の新樹転移の癌に立ち向かふ
闘病に耐へて踏み出す藜杖
夏の露 石川 暉子
透き通る沢蟹の身やにはたずみ (松の花)
早起きの賜り物や夏の露
空き家の垣根たはたは凌霄花
荒梅雨や小舟のやうに家の行く
指紋跡 石黒 興平
麦の穂の波立つ風を聴きにけり (末黒野)
大利根の分かつ沃野や麦の秋
十薬やもう秘すること無き齢
梅雨冷や眼鏡にうすき指紋跡
海坊主 石坂 晴夫
夕映の水面に映ゆる夏つばめ (あすか)
台風裡荒磯洗ふ海坊主
まじ風が災ひ連れて綿綿と
蛍火や河童逢瀬の邪魔をせり
桷の花 石渡 旬
梅雨時の野花はなべて色持たず (方円)
忍冬とり戻したる旅心
桷の花夕陽は嶺々に濃くありぬ
管理地は荒れ放題や泡立草
梅雨晴 泉 幸造
梅雨晴や烈日赫と待ちゐたる (渋柿)
梅雨晴や庭賑はせる傘の花
梅雨晴間子ら爆発す小公園
カメラ背に暁天を発つ梅雨晴間
ほととぎす 井出 佳子
江戸の碑のぽつんと残る鳥雲に (白馬)
待つことのいつか怒りへ葱坊主
この先は運に任せりほととぎす
どこへ着くノアの方船若葉冷
星今宵 伊藤 修文
自堕落を諾ふための青簾 (青岬)
奔放な雑草が吐くくさいきれ
ひらがなの祈りせつなき星今宵
散るといふあはれを知らぬ水中花
冷奴 伊藤 眠
石花海(せのうみ)へ到る豊饒今朝の夏 (雲)
ご先祖の魂まとふ螢狩
魚甘く煮付け黒南風はるかなり
式服を脱ぎ散らしてや冷奴
夏マスク 今村 千年
もたいなや籠もりてをれば五月果つ (末黒野)
六月の机辺片づき塵もなし
梅雨寒や町の図書館閉されて
美しき夏のマスクは隣の子
新茶 今吉 正枝
春浅し瀨音はいまだ尖り持つ (無所属)
明易し小さき枕の仮眠室
白梅よ娘も詣でしやおんめさま
病む嫁の名前で届く新茶かな
転た寝に 岩田 信
梔子のほのかに夜をただよいぬ (無所属)
春の灯ぽつりぽつりとやすらぎに
明日へと流されていく若葉かな
転た寝に老鶯静かに来たりけり
神の子 植村 紀子
五才児はまだ神の子と眠草 (無所属)
かき氷さくさくさくと無言劇
たわたわと山苣の花風抱いて
茶の花のふっくら会話膨らみぬ
青葡萄 鵜飼 教子
碇泊のままのクルーズ寒北斗 (あかざ)
折詰の地産地消や草青む
泰山木だれにともなくけふ数華
手探りにすすめる暮し青葡萄
新緑 内田 衣江
新緑や曾孫の泣き声心地よし (阿夫利嶺)
盆の月縁途切れし家族葬
雨あがり外は藪蚊の待ち構へ
自粛の世夏のあの味お取り寄せ
残暑見舞 内田ゆり子
橅の木の太古の木肌南風吹く (草樹)
渡さるる手漉きのそそけたる団扇
待ち合はす駅の階段より涼風
出しそびれたる残暑見舞の海の紺
曖昧 瓜田 国彦
生きてきし跡の曖昧蜷の道 (枻)
音読の声の揃はぬ花の昼
壺焼の汁こぼさじと眼に力
内に酒あるやに撫づる瓢かな
時雨 江原 玲子
聞き返す今夜の予定梨をむく (海鳥)
実柘榴が裂けているなり詐欺の報
日のかけら転がしている秋の川
助詞ひとつ置きかえてみる時雨かな
あの日の記憶 大木 典子
発心のあの日の記憶ミモザ咲く (あすか)
夏落葉人影消えし町に降る
小春凪流木白く乾く音
榾一つ足して余生の話など
ちやんちやんこ 大沢 幸子
声高にむかしを語るちやんちやんこ (無所属)
頼り無き日時計なるや朝霞
長電話句読点とすはたた神
ぐい飲みの蛇の目浮き立つ新酒かな
豊の秋 大関 司
自転車に大きな荷台豊の秋 (谺)
家の灯の色みな違ふ良夜かな
傘すぼめ萩を散らさぬやうに行く
竹伐って空がひとつになりにけり
ましら酒 大関 洋
坑道を閉ざして群るる曼珠沙華 (谺)
吊橋の半分ほどが霧の中
申し訳程度に逃げて稲雀
足跡は天狗であらむましら酒
樺の花 太田 土男
天空に牛の国あり樺の花 (草笛・百鳥)
花筏疫病(えやみ)の街を流れゆく
白雲を花の一つに夏野ゆく
南吹く魚付林に鯨塚
八十路 太田 幸緒
はろばろと辿りし八十路ふきのたう (無所属)
コロナ禍やスケジュールなき夏休み
赤とんぼ行き先忘るる我に似て
凍滝や百様の相構へたり
メロンの香 太田 良一
冷麦を食うて頂上国境 (末黒野)
点々とひとり暮しや夏灯
少年に戻る疎開地メロンの香
端居して言葉知らずとなりにけり
麦の秋 大高 芳子
外灯に浮ぶ桜や街眠る (輪・蛮)
犬小屋に残る首輪やつばくらめ
茅花流し着物の裾をからげたる
湯ぶねから父の都々逸麦の秋
朝茶の湯 大塚 和光
水差の銘は朝顔朝茶の湯 (阿夫利嶺)
竹落葉水面に鯉の大目玉
マスクして佇つ雲水の汗手貫
無人駅夏のマスクをはづしけり
ひもすがら 堀田 一惠
得意気な貌もち帰る恋の猫 (海鳥)
獺祭に似たるわが部屋句はならず
ふたり居の黙黙黙や二月尽
探梅や隘路巡りてひもすがら
落暉 宮﨑 空拳
風呂吹やぴりっと決まる助言あり (雲)
冬落暉銀にかがやく一つ星
揉み手する悴み少し和らいだ
春暁や鳴き声聞きて又眠る
迎春花 宮沢 久子
参道は海へまっすぐ実朝忌 (白馬)
志望校は少し控えめ迎春花
陽炎える陶器のかけら栄華跡
木洩れ日の織りなす迷路春近し
蝌蚪のひも 宮田 和子
擾擾と黒き水底蝌蚪のひも (千種)
白魚の水に透きたるもの掬ふ
鯰らに声ありとせば鼻濁音
ガス灯の火蛾の迷ひの小さき渦
ドレミファ 宮田 硯水
茶柱の浮いて沈んで去年今年 (白鷺)
梅咲いてドレミファそらへこんにちは
児の鞭に笑ひ止まらぬ喧嘩独樂
白酒は嬰ロゼはママ俺はチュー
関門海峡 宮元 陽子
春雷や巌流島の潮早き (末黒野)
若布刈鎌神社を覆ふ波の音
海を向く散骨の碑や涅槃西風
朧月関門橋をくぐる船
炬燵猫 村上チヨ子
月冴える紅茶にひとつ角砂糖 (あすか)
寒椿活けて茶会の女学生
杖の手にポツリポツリと冬の雨
叱られてそっと出てゆく炬燵猫
春 村越 一紀
具香る椀の内なる春の海 (阿夫利嶺)
梅林の奥へ奥へと歩む杖
幻か濡れてる様な花明
赤子泣く限界の村山笑ふ
谷紅葉 村中 紫香
新玉の嬉しかなしや吾が齢 (無所属)
葉隠れに春告鳥のラヴコール
鳥帰る忘れものは無いですか
谷紅葉うつす流れの陽を掬ふ
小綬鶏 森清 堯
冬満月柞の森の奥透けて (末黒野)
立春や東の空の青みたる
うららかや港に茶房また茶房
小綬鶏や早う醒めよとひとしきり
猫は日時計 森田 緑郎
薄氷に光りにわかに兜太かな (海原)
猫は日時計真冬の太陽あっちこっち
猫の木に風がみちたら魂迎え
遠き世の炎上ふっと根無し草
千匹の 守屋 典子
はくれんや暁起きのフラミンゴ (人)
落椿芯にストローほどの穴
千匹の蝌蚪千本の哺乳瓶
柳の芽水へ飛び込む斬られ役
日の溜 安江冨美子
三代の野球始めや冬温き (あかざ)
寒の夜や盆地の民の深眠り
蝋梅の古木の匂ふ日の溜
口癖の妣の平凡あたたかし
嘴ふたつ 安田のぶ子
紅白梅散らす忙しき嘴ふたつ (同人)
競競と鎖し籠るなり春の風邪
クルーズ船の長き停泊目刺焼く
啓蟄の草やはらかき堤かな
花ミモザ 柳堀 悦子
野火あとの燻つてゐる八ヶ岳 (汀)
花ミモザ壁の白さの大使館
永き日や開きしままのヨハネ伝
礼拝堂へと花冷の廊下かな
考へる人 山岸 壯吉
「考へる人」歩き出す暑さかな (青山)
箒目に触れんばかりに夏燕
介助する我が身もぐらり青き踏む
タンポポを避けて大牛座りけり
後期高齢者考 山岸 友子
筋書の描けぬ余生や花八つ手 (青山)
笑顔でと今朝も誓ひぬ犬ふぐり
転ぶなと手を貸す夫や春の雪
わが齢成せばなるもの遅桜
揺れながら 山崎 妙子
揺れながら体整ふる流し雛 (岳)
全長を己れは知らず青大将
露の世や未だ手荷物の整はず
散り尽くす力ありけり孔子木
浜風 山崎 敏子
沖からの漁場の船着く海苔洗う (どんぐり俳句会)
春潮や砂丘みえる一海房
螢草手洗かりて神の留守
春あした父に供えるちらしずし
祝箸 山崎ひさを
平仮名のわが名妻の名祝箸 (青山)
厨にて妻と御慶を交しけり
句会報作りを仕事始とす
老の身の春一番によろめきぬ
仮住い 山田 京子
茶屋の灯の陰る竹林初音かな (無所属)
花ミモザ今朝は目立たぬ訃報欄
「にごりえ」を読む白梅の仮住い
合格の一報入る菜種梅雨
肥後守 山地 定子
血管の若がへりゆく鴬菜 (どんぐり俳句会)
路地裏の駒下駄の音眞砂女の忌
盛り上がる黄身地玉子の山笑ふ
春うらら鉛筆削る肥後守
田草取 山本 一歩
来るといふ雨の来てゐる牡丹かな (谺)
目が慣れてくればありたる円座かな
見覚えの背中でありし田草取
くちなはの衣を脱ぎては若返る
ハンカチ 山本 一葉
海月に輪郭ないやうであるやうで (谺)
ハンカチを返すためなる待ち合はせ
手芸部のひたむきな黙風薫る
時鳥に急(い)かされてゐる急(い)ぎはせぬ
森林公園 西野 洋司
たんぽぽの穂綿離るる昼の鐘 (つぐみ)
畳まれし緋鯉を包む真鯉かな
浮びくる鯉や実を捨つ落葉松
〈蝮注意〉の看板古るび底無し沼
冬牡丹 西村 弘子
猫の恋はじまつてゐる谷中かな (無所属)
聖五月喧騒ときに癒さるる
花野来て牛の涙に遭ひにけり
尼寺の縁側乾く冬牡丹
修羅の世 二村 一青
産土の社ひっそり木の葉散る (無所属)
初時雨全て帆を揚げ日本丸
供花のごと色どる落葉蛇塚に
枯蓮は修羅の世を生き今令和
枯尾花 根本 朋子
着ぶくれて夢買う列に並びけり (風鈴)
山茶花やこの先ゆっくり歩きたい
名作の中に迷いし冬夜かな
撥ね返す力まだあり枯尾花
初時雨 野木 桃花
鰯雲麒麟の首のよく伸びる (あすか)
沈黙の軍港秋の声聴かむ
山鳩のふくみ鳴く里初時雨
立冬の蹴轆轤に壺立ち上がる
ゆるキャラ 野中 一軒
ゆるキャラにいと癒されて冬ぬくし (金沢俳句会)
鎌倉の蟬古都の音を奏でをり
外つ国の若き日偲ぶ終戦日
踏切に上り下りの残暑かな
朱鷺の羽搏き 橋場 美篶
観劇の余韻更なる星月夜 (末黒野)
紅の朱鷺の羽搏き冬日和
しさり見る五重塔と冬紅葉
枯芒の風となりたる夕間暮
鬼の子 蓮見 勝朗
逃げざまにぶつかる蟬の石頭 (鶴)
天道虫ドローンのやうに飛立てり
蜻蛉のこだはる石に坐りけり
鬼の子のはちきれさうな奴をりぬ
七五三 長谷部幸子
子宝に微笑み交はす七五三 (千種)
何も彼も気楽な独り置炬燵
湯豆腐や吾息災の八十路越ゆ
初詣粧かし川崎大師線
今朝の冬 畑 佳与
せせらぎは森の心音散り紅葉 (京鹿子)
天高し電車はスマホの人ばかり
人声のよくすきとほる今朝の冬
小石のやうな大粒の雨台風来
物忘れ 畑元 静恵
山茶花や秘め事一つ抱き継ぐ (どんぐり)
靴紐のいつしか解れ養花天
花茗荷日毎に殖やす物忘れ
浅き春連れて玻璃戸を叩く風
紙風船 八谷眞智子
紙風船核持つ星の宙歪む (阿夫利嶺)
デモ隊の我の一歩にある春日
千の御手をごめく観音亀鳴けり
春や行く古書に恩師の声聴ゆ
金色 土生 依子
空気読むやうに錆びゆく冬林檎 (青芝)
夢幻能始まつてゐる冬紅葉
金色の茶室見てより名草枯る
プライドが邪魔をしてゐる冬の鵙
万愚節 林 節子
万愚節色ある嘘をついてみる (千種)
緑蔭やハーレーダビッドソン屯ろ
灼け石としておはします夫婦岩
身の幅に足らぬ片蔭譲りあふ
ひとり言 速水 禧子
啓蟄や槌音がなく家が建つ (海鳥)
借金を忘れた予算花の冷え
かたつむり氷のような無関心
ひとり言だけの一日紅葉燃ゆ
冬桜 原 久栄
めだたずも古木の山手冬桜 (末黒野)
塵芥車路方にたまる枯葉積む
丸刈りの掃木赤き青き家
認知症の花にもありや返り花
名は春野 久田ひさこ
夭逝の友の寝姿秋深し (千種)
秋灯下黄泉の旅立ち紅うすく
名は春野秋の相模野逝きしかな
遺品となり指輪のダイヤ露の玉
花八手 菱沼多美子
秋の日の真正面に蔵の壁 (海鳥)
錦秋やうだつの上る海野宿
鉄鍋の制する炎冬隣
出来たてのベーグルを持ち花八手
鴨の声 檜山 京子
鴨は首背に埋めゐて水静か (梛)
塔の影崩してしまふ鴨の水脈
暗雲の翳りゆく湖鴨の声
佃煮を手計りで売る酉の市
二番子 平井伊佐子
コンドルの檻にはばたく秋思の目 (あすか)
奉納の白狐累累山眠る
二番子の燕の育つ釈迦の前
枯葦を撓はせ鳥のダイビング
球根 比留間加代
二所帯の揃ふ旦や雑煮箸 (蛮)
武蔵野や大根の葉のふさふさと
球根の分厚き芽吹売られをり
春寒や芸にきびしき猿回し
むらさきに 深沢 暁子
栗を剥く世のしがらみを剥くごとく (深吉野)
むらさきにけぶる山脈崩れ簗
路地小春幼馴染みに会へさうな
地球儀の国境線や火の恋し
右脳の動き 福田 仁子
木枯一号右脳の動き黙と成す (千種)
小春日や三半規管一休み
雑木林の一隅灯す冬桜
水涸るや泥鰌は腹で呼吸(いき)をする
萩便り 福田 洋子
宮城野のうすき消印萩便り (雲)
みせばやの咲きぬ薬缶の植木鉢
蔓のまま烏瓜生け江戸切り子
膏肓に入りて居座る冬の咳
冬の猫 福原 瑛子
いつからか身につく自愛ちちろ虫 (雲・青岬)
半里来て半里戻らず秋の蝶
冬空を押し上げ男子コーラス部
冬の猫雑木林にある吐息
冬支度 藤方さくら
老いきれず秋晴れ全部使い切る (祭演)
押入れに深入りしたる冬支度
爽やかに胸の振り子の鳴りし恋
摺り足で仏壇へ来る月夜茸
婚六十年 藤田芙美子
改元や皇嗣の太子緑立つ (どんぐり)
平成の天皇(すめらぎ)御退位四月かな
句に詠まむ令和元年五月かな
二重虹共に見てより婚六十年
ゐのこづち 舟木 克博
新涼や仕上げし畳積まれをり (枻)
一筋の風に蜻蛉来たりけり
減反となりゆく裾野ゐのこづち
勤行の睡魔を払ふ夜寒かな
風花 船津 年子
風花や掌に受く空のささめごと (無所属)
面影のゆらぐ独りの薺粥
海鼠ごろりもうこれまでよ省略は
大寒や胎に在るがの大朝寝
角帽 古橋 芝香
角帽の雨の行進走馬灯 (阿夫利嶺)
み仏に強く惹かれし京の秋
深みある教へを胸にいわし雲
ここまでと鴨居を指せり冬出水
錆 星 一子
初詣「御潮」の樋の箍の錆 (新俳句人連盟)
結界のぬさ一区画松の内
参道につつじ紅紅帰り花
期間限定ペット売り出し冬真昼
おかめ 堀江野茉莉
さびしげな顔のおかめの熊手かな (谺)
山国や人来れば打つ走り蕎麦
つまべにを弾く呟きをはじく
山紅葉開けるなとある宿の窓
昼の虫 本間 満美
八月の水もて浄む墓石かな (あかざ)
旅の荷に歳時記のある夜長宿
百年の土間の湿りや昼の虫
初荷旗掲げて帰船や夕かもめ
町小春 牧野 英子
十二月名もなき家事に日の暮るる (あかざ)
くねくねと曲るミニバス町小春
破魔矢受くみめよき巫女の社かな
松蒼し師の句碑建ちて年迎ふ
霜夜 増田 守
目覚めたる夢のあとさき霜夜かな (桜蔭)
潮の香やいのち繋ぎし水仙花
諍ひはしばし棚上げ大旦
凍蝶や生に序列のあるやうな
冬安吾 町田 秋泉
挨拶の嬉し北窓開け放つ (無所属)
赤いシャツ似合う火の国濃紫陽花
渋柿と言うて包みし土産かな
有りなしと語尾の惚けの冬安吾
再会 松田 知子
五十年ぶりの再会北辛夷 (松の花)
枝垂れ柳日高山脈仰ぐ土手
ダム堰の鮭の魚道や雪解山
叔父の忌の蝦夷の満月四月尽
うつしみ 松波 美恵
鳥帰る母一人置くふるさとを (松の花)
岩清水うつしみの手に掬ひけり
魚みじろがぬまま水澄みに澄む
天の川母と別れて来たりけり
春兆す 松本 進
臘梅や散歩の園児指差しぬ (あかざ)
春兆す番ひのめじろ里を訪ふ
待春や芽のふつふつと枝の先
梅一輪合格通知届きけり
難破船 丸笠芙美子
銀漢の宙をさすらふ難破船 (あすか)
艦船はみな無表情秋深む
星飛んで荒野に一つ灯をともす
旅先は時空を超えて星月夜
抽斗 三浦 文子
再会の疲れのように百合匂う (歯車)
来し方を重ねて男白鳥見る
抽斗に隠す海図と冬の蝶
パン生地の膨らんでゆく雪催
日脚伸ぶ 三ツ木美智子
歌留多よむそのこゑは母に似て (郭公)
サーカスの跡地いちめんの枯野原
日脚伸ぶ身の重心は前へ前へ
舟を曳くワイヤー二本冬蓬
冬の夜 宮崎 清美
地球儀の喋るに任す冬の夜 (阿夫利嶺)
開戦日地虫を深く眠らせる
焼け落ちし母校木椅子の骨凍つる
小六月焼きたてパンの列につく
吾亦紅 立野 治子
野の草を蹲ひに活け寺涼し (あかざ)
取説にあくびの生る目借時
草いろの風に吹かれて蝶生る
ノビシロのありやなしや吾亦紅
後の月 田中 悦子
鰯雲ジャズもロックも昭和かな (無所属)
封印の過去溶け始む後の月
パスポート切れて止むなし花野行く
狂い咲くほかに術なし返り花
台風来 寺島ゆうこ
土用蜆二級河川にいた頃も (青岬)
極暑なり人参ジユース土臭き
百日紅夕方の街汚れたる
忘れたる暗証番号台風来
断腸花 戸恒 東人
虫の音のかがやく夜となりにけり (春月)
学者肌ぬけぬ一族断腸花
秋高し水脈を斜めに鯉の背ナ
秋光や海の底より陶器片
清明 戸田 澄子
老桜幹に気合の一花かな (末黒野)
住み古るも庭清明の大気満つ
花すすき揺れて句ごころ蛇笏の忌
黄落やこんなに空が青いとは
星のぬけがら 内藤ちよみ
いのこずち着きしところが本籍地 (朱夏)
割れないのは星のぬけがら鬼胡桃
狐火が先に来ている文芸部
湯冷めしてアリスの国へ戻れない
蒲団 苗村みち代
月天心モスクワ発の夜汽車行く (風鈴)
霧晴れて一日ゆっくり始まりぬ
煌きの朝連れてくる氷柱かな
陽の匂いたっぷりふくむ蒲団敷く
薄枯る 永井 良和
身構へもせず道譲る枯蟷螂 (無所属)
薄枯る風のかたちを失はず
見えぬもの信じてうたふ聖き夜
どの棟もマスク美人のナース室
子の机 永方 裕子
双つ山一つが昃り鳥帰る (梛)
子の机借りてもの書く夜の秋
雲表を過る雲あり桃青忌
雲板の鳴つて全山枯れ急ぐ
秋の日 長尾 七馬
一と粒の寄り添ふて葡萄実りけり (群落)
秋立ちぬ飲み屋七福仕度中
原爆の始めや我の誕生日
父と同じ御代三代の秋迎ふ
二階の自由 中島修之輔
二階には二階の自由天高し (青岬)
台風の眼に居て思ふわが生涯
核の世に何と無邪気な吾亦紅
カジノより銀杏黄葉似合ふ街
野蛮 中島 俊二
白服や小島功の描く曲線 (あかざ)
とぶ天牛に胸元を撃たれけり
熔かされたにんげんをかえせ原爆忌
野蛮人と水槽の鱧にらみけり
萍 長濱 藤樹
木洩日の苔の濃淡秋の蝶 (蛮)
新酒酌む憎き女の名も忘れ
露天湯の客の散りゆく白雨かな
萍の余白にありし日の光
美は乱調 中村かつら
実葛美は乱調に絡みつく (遊牧・朱夏)
誰もこぬ久女の墓の夕(ゆう)カナカナ
角乗りの兄を捜したしじみ蝶
ガス灯に病むバッカスと秋の蝶
吊し柿 中村 誓子
風渡る野菊の道に石仏 (海鳥)
吊し柿夕間暮来る民家園
種採りや客を迎える小さき庭
裏庭に灯る一枝花八手
今日の月 鍋島 武彦
一隅の陋屋なれど今日の月 (末黒野)
縄暖簾分けて仰げり今日の月
ビル街の深き狭間や今日の月
横浜に賭場は要らぬよ今日の月
草の花 名和美知子
連れ許す秋蚊一匹夫の墓 (舞)
踏み跡がいつか抜け道草の花
石庭の渦乱れなく秋澄めり
野川澄む細鱗ひらり底に見せ
後期高齢者 新倉 文子
継ぎ継ぎや戦時くぐりし亡母の足袋 (どんぐり)
四代の食事にぎやか秋彼岸
雛売りし米にて生きた昭和あり
白玉や今日より後期高齢者
野分 新村 草仙
雨合羽いまが野分出でにけり (雅楽谷)
地上絵のごとき野分の筆捌き
野分前消えし烏の羽音かな
野分来よ真備は二つ蔵を建て
秋の日 西内 道彦
土佐人(びと)の血よりも濃くて曼珠沙華 (無所属)
鈴虫の太郎が鳴けば次郎もと
秋風や黒塀越しに三味の音
おとといおいでと残暑に塩をまく
兜太の書 西田みつを
孑孑や各階止まる昇降機 (千種)
毛虫焼く兄より妹大胆に
兜太の書触れてまいまい透きにけり
喪の明けを待ちて咲きおり茄子の花

七十周年記念特別合同句集
一 年 大輪 靖宏(輪)
老友の筆の強さよ初便り
水底に陽の輝きて春の川
古青磁の澄みたる色ぞ春の色
野も山も生命に満ちて風薫る
老鶯の声透き通る谷の寺
海辺駅列車待ちつつ月を待つ
露の世をともかくも生き今日暮るる
年新た 今村 千年(末黒野)
禅寺のとよもす鐘や淑気満つ
眠た気な猫に御慶申しけり
息災をひとりひとりに雑煮膳
真ん中に猫も加はり初写真
梯子乗みなとみらいへ手足伸べ
鳶は舞ひ綾竹舞ひぬちやつきらこ
頑に有季定型去年今年
静岡おでん 青島 哲夫(青岬)
おでん屋の女将の指に絆創膏
おでん鍋ぐつぐつ煮えて迷ひ箸
竹串の林立したりおでん鍋
ふる里のB級グルメてふおでん
竹串を楊枝がわりにおでん酒
おでん酒背もたれのなき屋台椅子
おでん食ぶ自己申告の串の数
無題 阿部 文彦(無所属)
沖をゆく船も染めたり初茜
日溜りへ雀舞い来る小正月
椅子三つ並べ卒業式終える
病室のベットは四つ夏の月
一つ散りひとつ膨らむ夏椿
独り居の玻璃戸を叩く秋簾
汽車降りて別の空あり鰯雲
溽 暑 大本 尚(あすか)
春立つも眠りの深きもの数多
青き踏む歩ける今を歩きけり
手枕の畳に夏のきてをりぬ
貝風鈴風を呼び込む島の路地
カラメルを煮詰めたやうな溽暑かな
虚貝踏めば遥かな秋の声
冬銀河忘れたきこと夢に見る
今日一日 岩田 信(無所属)
荒野には冬の足跡樹に微熱
やすらかな朝を映している植田
ひたむきに生きてきました羽抜鶏
ぎっしりと空をつめこむ青田かな
針刺すと血が抜けていく凌霄花
稲刈られ村は眠りの色になり
労働の重み噛みしむ今年米
四季折々 相 道生(無所属)
咲くものに枯れゆくものに春の雨
ばつさりと切れば水吐く新キャベツ
画用紙をはみ出す未来子どもの日
一坪の墓がふるさと麦の秋
敗戦忌砂落ち尽くす砂時計
旋盤の鉄屑の青寒波来る
しがらみを断ち切る火花飾焚く
梅の花 大高 芳子(蛮)
弥陀仏を彫りし一刀寒の水
マニキュアを落とし袱紗の初稽古
去る町の人のやさしさ梅の花
江ノ電の踏切の音夏終はる
空家の隣も空地地虫鳴く
ちやつきらこさざ波立つる船溜り
冬ざれや荒磯に立つる波しぶき
大根煮る 江田 ゆう(青岬)
小さき嘘重ねし看取り桜蘂降る
心地よき微風を知らぬ水中花
ピリオドの打てる会話やかき氷
八月は躓きながらやつて来る
晩年のほどよき色に大根煮る
好まざる世情を分つ白障子
素数だけはみ出す孤独懐炉抱く
無 題 大竹 鎌美(無所属)
冬夕焼富士を墨絵に浮き立てり
仏具みがく老の一途の年忘れ
むつみける庭賑はす福寿草
風紋に鳥の足あと風ひかる
小正月となり之猫の鈴なりぬ
ふっくらと南瓜煮上り人を待つ
流木に波とどかざる小春昼
合歓の花 麻実 洋子(青岬)
若菜摘む皺の手にある平和かな
真つ当に生きしも胡瓜曲がりをり
親の役生きてる限り合歓の花
国境無き宙の沈黙星流る
夫癒えよ耕しのもう目の前に
思ひ切りノーと言へた日とろろ汁
あんみつを運ぶロボット悲しげに
一 滴 勝又 民樹(無所属)
マネキンの小指に持たすサングラス
仏壇の花に蟻ゐる沖縄忌
糸締める汗は肘から畳職
掬ふたび雲を揺らして草清水
滴りのつぎの一滴見て去りぬ
全員にスイッチ入る阿波踊
草に木に音置いてゆく秋時雨
渡し船 池田 恵美子(あかざ)
新旧の撫牛のをり梅日和
若大将の映画観てゐる春炬燵
本籍の遠きままなり巣立鳥
空缶の転がつてゐる木下闇
猫走る袋小路や宵祭
鎌倉湖に彩を添へたる櫨もみぢ
冬うらら自転車と乗る渡し船
籐 枕 江原 玲子(無所属)
逃水のここが限界反戦歌
海鳴りの耳底にあり籐枕
抜け道の通行禁止梅雨鴉
赤ベコの首振らせつつ生ビール
どんぐりの帽子がとれて無礼講
欲いまだ助走中なり冬紅葉
おでん鍋湯気にまじりてつい本音
力 瘤 大関 洋(谺)
老松に力瘤あり年立てり
大榾の半分ほどが火となりぬ
池に来て行きどころ無き芝火かな
地球儀の北半球に春の塵
ペンギンは水の中なる大暑かな
良夜なり松には松の影ありて
声あらば叫んでをらむいぼむしり
岬回り 小野 元夫(百鳥)
早や秋の岬回りのバスの揺れ
梨の皮ひと帯に剥き母となる
冬の虹福音のごと孫生まる
栗落ちてただの林になつてゐる
灯台に叛きし椿から落ちよ
母もその母も揺らせり吊り雛
佐保姫と同宿の嶺暮れかかる
春日傘 金澤 一水(輪)
また一つ音を違えて椿落つ
花冷えのモカの香溢る日曜日
羞ひを会釈にたたむ春日傘
黒揚羽影一頭の重さあり
椅子二つ間合ひ正しく秋澄めり
枯菊の火中に誇る栄華の日
買ひたての靴の子軽く蹴る落葉
母の階 井上ミヤコ(あかざ)
万象の丸みを帯びし冬景色
福寿草久しき母とオンライン
映像の母の手招き冬温し
天寿てふ母の階六花舞ふ
お揃ひのチュチュにほんのり桜咲く
潮騒やコキアの丘の赤とんぼ
星流るちちははの家終ひけり
春 野 飯高 孝子(さへづり)
たつぷり遊びし子ら去る夕春野
梅の香や茶店ベンチの串団子
望まれて満ち咲く桜通院路
伝聞の曾祖母酒豪春の宵
春キャベツ今日の光も巻き込ませ
北窓を開けて春風通る道
春暁の富士は紫構へかな
靴 音 家田 あつ子(谺)
涼新た白磁の壺に何も活けず
空の色乗せて零るる芋の露
流星の果てたる山に明日登る
胸元の殊に綺麗な菊人形
枯木山より透き通る鳥の声
川流れゆく水鳥を留め置き
月冴ゆる靴音のなほ冴ゆるなり
花 樗 鵜飼 教子(あかざ)
古民家の土間に掃かれし余寒かな
御朱印の墨のしめりや朴の花
花樗旅のはなしの無尽蔵
コテージの寝入る子に添ふ夜涼かな
安らぎの大地を願ふ虫の夜
無住寺や木の実の落つる音かすか
大寒や火の穂小さく豆を煮る
初 心 荒川 杢蔵(無所属)
水仙のかをりのほどの今日の幸
調律師探りあてたる春の音
まんさくの咲いて田んぼの初仕事
鮎釣の我慢の竿のしなやかさ
渋柿を世に送り出す手間一ツ
達磨忌や父の達磨図父に似る
薄ごほり割つてさびしき顔に逢ふ
袖 袂 岡田 史女(末黒野)
夫婦して百七十歳明の春
放水の秀のきそひけり出初式
吹かれゆく成人の日の袖袂
指先のこはばる日なり霜の声
日当りし橋の袂や鴨の陣
起き抜けに飲む大寒の水旨し
醒めやすき二度寝の夢や寒の雨
臥竜梅 加賀田せん翠(無所属)
初つばめ一番好きなシャツを着て
落ちながら滝は水へと力抜く
妻の名はもう忘れたか石蕗の花
名月や明日はハッキリノーと言う
指笛は島の恋唄鳥渡る
声のする方によく咲く臥竜梅
木枯や母は一日探しもの
ふきのたう 太田 幸緒(無所属)
はろばろとたどりし八十路ふきのたう
クルーズの柔い汽笛や春の宵
機の眼下湧きしあまたの雲の峰
瀨の音を聞きつつ鮎の味を利く
日溜りや親子繕ふ鰯網
ひぐらしの声しみ入るや森の闇
湯ざめしてなほまとまらぬ返書かな
ネオン 梅津 大八(谺)
梅咲いて特に主張はなかりけり
横浜俳話会七〇年滴れる
おし黙る最後の一つ庭花火
九条のありてビールを飲んでをり
コーヒーよと妻が呼ぶ朝原爆忌
すぐ先を行く兄見えず雪降り降る
文字が文字押し出すネオン冬の雨
秋 冷 太田 土男(草笛・百鳥)
亡き人に時の過ぎゆく花すすき
蛇笏忌の山に入れば山の音
吾亦紅言葉飾らぬことにせり
秋冷や牛の引きたる涎にも
風にさへ切つ先のある厄日かな
ニッポニア・ニッポンのとぶ豊の秋
動物の末裔にヒト冬銀河
古 巣 大関 司 (谺)
落つるなら日溜りの中朴落葉
降り頻る雪にスクラム動き出す
夕暮れの迫つて来たる古巣かな
顔よりも大きグローブ子供の日
青春の日から戻りし昼寝覚
白木槿母がひとりで住みし家
健やかに老いて今宵のとろろ汁
転 生 安部 衣世(航)
春うらら土竜の穴に耳を寄す
里山は何はともあれ抱卵期
手の内にジョーカー来たり桜桃忌
冬銀河五坪の小屋は夢を編む
枯木立沼にみ空の深さあり
引つ越しは自分探しや氷面鏡
ひとときの転生ありや花吹雪
薄紅葉 片倉 幸恵(花林)
春兆す樹幹に満つる水の音
トトトントン薺若葉の三分粥
漆掻きの幹に傷跡冬ざるる
薫風や地球丸ごと脱皮して
あの時の空腹癒し甘藷蔓
五人囃今宵の曲はブラームス
子育ては急ぐことなし薄紅葉
浜どんど 大木 典子(あすか)
火を育て炎なだむる浜どんど
和布干す浜に媼の通る声
源流の始まりはここ苔の花
震災を知りたる蝉のまた一声
夕涼や吹けばビードロ異国めく
土踏まず枯野の温み持ち帰る
平凡を良しとす生活玉子酒
犬の影 小川 竜胆(雅楽谷)
犬は尾を猫は首振りうららけし
囀や波紋は空へかぎりなし
どつしりと団扇の上に黒き猫
まれて赤蜻蛉より西瓜の香
地球一周できさうな鵙日和
絡み合ふことを嫌ひて穴惑ひ
後ずさりする狼に犬の影
寒 造 木関 偕楽(谺)
小鳥来る移動図書館に子ら群るる
山里に水車の響き走り蕎麦
白濁の湯槽縁取る草紅葉
終バスを見送る野辺や虫すだく
気動車の始発の蒸気今朝の冬
杣小屋の厳かなりし斧仕舞
世界遺産女杜氏の寒造
御 降 伊藤 眠(雲)
ものの芽を数へ戦のなき国へ
娘の老いを母は知らずや母の日来
一鵜きて己が翳りに紛れたり
濁酒ざらりと荒き猪口の肌
白寿なほ終章ならず櫨もみぢ
寒北斗掬ふものなき濁世てふ
御降のふとおそろしき能登の海
初日の出 今吉 正枝(無所属)
水平線一糸纏わぬ初日の出
転入の子の席あたり余寒かな
さよならはクラクション一つ春の雪
風花の触れたる物に溶けにけり
吉兆や黄身二つなる寒卵
梅咲くや蒼い空詠む友のいて
木漏れ日に花片栗の飛ぶ構え
私 物 麻生 明(無所属)
冬日和ゴリラが見せている背中
屈伸のおのれの重さ春の昼
ぴりぴりと三叉神経柿若葉
永々と私物の手足昼の月
長生きの筋肉太し文化の日
この海鼠笑い返していたのかも
人日や人体という重きもの
雲の峰 稲村 啓子(あかざ)
安曇野の風集まりし春キャベツ
臥竜梅枝の先まで光留む
血管の沸とふくれる街暑し
若き日の父母のこと盆の客
爆音のダムの放流雲の峰
ぼうたんや母似の姉の笑ひ皺
人波に熊手持つ子や肩車
予報円 尾澤 彗璃(蛮)
ふらここのひとつひとつに水たまり
立ち漕ぎのおでこ丸出し夏来る
ポケットの小銭チャラチャラ海の家
虫の音や太平洋に予報円
同潤会アパート跡の小春かな
徳利の首に荒縄寒の入
床屋への道は平坦懐手
草の花 小沢 真弓(あふり)
蟬幼く光の中を登りゆく
新宿に痩せし落日夏つばめ
はたた神足より濡れし雨宿り
じやんけんで取られしあの子草の花
月光のかけらを拾ふ波の音
星飛ぶや継目の著き土器の壺
秋の夜の羊をいくつ数へても
母子手帳 麻生ミドリ(無所属)
下萌や嫗の赤きスニーカー
弔問の行きに帰りに沈丁花
束の間の同じ背丈や子供の日
三冊の黴のにおいの母子手帳
白シャツの恩師いつもの紙袋
投げ返す子等のボールや大西日
焼芋を包む新聞簡体字
幻 影 菅原 若水(小熊座・輪)
生も死もミカドアゲハの夢の中
雪渓は潰えし夢の欠片かな
人体の組織美し天の川
むざんやな汚染土に産むきりぎりす
床下より冬の虹立つ箟峯寺
五賤といふ民こそ宝竜の玉
みちのくの泪の化身雪蛍
初 鏡 木村 晴美(青山・オリーブ)
初糶や男衆の背炎立つ
ひと刷毛の紅まだ似合ふ初鏡
青空は富士の玉座や風光る
牛蛙控へてをりぬ勝手口
仰向けのかなぶんに貸す指一本
一村を染めて浮き立つ稲穂かな
百語捨て一語を拾ふ良夜かな
余 生 菅沼 葉二(無所属)
小春日や背中を合はせ聞く鼓動
空つぽになつても続く日向ぼこ
行く春や雨の江の島山二つ
峰雲や妻子連れ去る観覧車
厄日とて味な娘が酒提げて
育休を頑張る息子小鳥来る
余生てふ生は無かりしいぼむしり
花梨の実 川野ちくさ(蛮)
倖せの黄色い電車鳥くもり
朧夜や開きしままの謡本
斎場の椅子の軋みや目借時
ビル街の風は気まぐれ白日傘
鍵付の夫の抽斗夜の秋
秋暑し息整ふる鏡の間
花梨の実自分の個性など知らぬ
実南天 佐藤 久(蛮)
初電車いつもと同じドア開く
白無垢の渡る小流れ梅日和
紫陽花に千の真珠や昨夜の雨
万緑の中や朽ちたる半仙戯
いまさらの悋気無花果割れてゐる
小説にならぬ一生実南天
角打ちに混じるムートンブーツかな
山 桜 川村智香子(顔)
最後まで得体の知れぬ海鼠噛む
初蝶の光をこぼし風に乗る
春光やすくすく育つ樟大樹
ほたほたとほたえ死にかや落椿
佇めば時の流るる桜かな
嬉嬉と咲き鬼気と散るなり山桜
桐の花母との時を掘り出しぬ
散 華 君塚 凱宣(無所属)
丘に立つ桜雄々しき散華かな
無人駅降り立つホーム春の闇
山際が白み今世の蝉時雨
逆立ちし蜘蛛は虚空へ投網打つ
役目終へなほ堂々と捨案山子
竹林の闇に打ち入る野分かな
落葉抱く明和八年座す野仏
汎神論 川島由美子(歯車)
初蝶来母が出てくる勝手口
螢狩来るはずのない人といる
黒ぶどうゆっくり答出すつもり
柿誉めて無造作に柿渡される
梅真白恐れるもののない齢
おでん鍋どかっと置いて汎神論
冬木の芽まだ衰えぬ好奇心
時に遇ふ 金子 きよ(あすか)
大川に春の音する舟大工
青栗の毬やはらかき山雨かな
春の宵時差を直せし腕時計
父も見し大天狗あり夏木立
水打つて郡上八幡夜の帳
赤とんぼ下駄箱小さき分教場
蕉翁の遺愛の杖や虫すだく
イマジン 久保 遡反(蛮)
大袈裟な熊手置かるる定食屋
出勤の靴音硬き冬の朝
紅梅や図書館までの上り坂
歯髄まで削られてゐる梅雨の入り
神さまの寝転んでゐる青田かな
門火焚くイマジン歌ひながら焚く
病棟の動物園になる夜永
人 柱 清水 善和(繪硝子)
人柱立てし城とぞ冴返る
天心を抉るがごとく唸り凧
水を脱ぎまた水を脱ぎあごの飛ぶ
ダリの繪の時計ぐにやりと夏旺ん
街中にゐて人遠し鰯雲
天地に響く鶴唳波郷の忌
神木の樹齢三千注連飾
晩 年 櫻井 了子(無所属)
草笛の聞こえぬ城址雲速し
万緑や身の閂がはずされる
足裏から来る晩年やかたつむり
百姓を忘れた父のアロハシャツ
秋湿りゴム一本で決める髪
風にまだ少し棘あり台風過
糸嘗めて通す針穴夜長かな
福 笑 佐川キイ子(七草)
あるがまま生きると決めし福笑
馬鈴薯植う無為なる時を耕して
春を待つ三界の子の母なれば
春北斗銀河の水を野に山に
黒南風や少し嘘ある日記帳
月冴ゆる故山彩なき熟寝かな
サッカー場誰に蹴られし冬落暉
水 底 作山 大祐(無所属)
三宝柑窓辺の椅子に一つ置く
春の風邪淡き色なる薬かな
飛魚の鋭き目付き空中に
雨一滴土にまみれる夏の畑
一筋の光りをはじく冬の川
水底に動かざる寒鯉一尾
大きく跨ぐ雪原の轍かな
嫁 御 神野 重子(七草)
初明り戦なき世の星であれ
二月来る大地の目覚め誘ふ雨
幹抱けば芽立ちの鼓動わが鼓動
誕辰の亡夫へ土用鰻の上
秋なすび嫁御二人に支へられ
炎秘む穂芒の波火口原
饒舌なをんな無口に薬喰
冬銀河 芝岡 友衛(あふり)
春引き連れ長き螺旋の滑り台
寄木は物の怪めきて冬銀河
菜の花や茸のやうに家ばらけ
雷ひとつ予鈴ごとし春兆す
富士壺の涸ぶ隆起や涅槃西風
虫出しの男出て来しマンホール
真つ新な渚を歩くみすゞの忌
土 筆 酒寄 悦子(七草)
この星を人の世と言ふ寒月光
豆撒くや身ぬちに鬼のふて寝して
啓蟄や親の拓きし畑は野に
防災基地に摘む一握の土筆かな
うららかや等身大の影を連れ
金時山の時のあたりや山笑ふ
旅立ちの朝の桜隠しかな
風光る 剣持 紀夫(玉藻)
風光る地産地消の二つ星
子らと追ふドクターイエロー風光る
遠足やAIロボのお出迎へ
花見とて何処の坂も目黒川
春雷や巡回バスはまた遅れ
足を知る土光節なり目刺焼く
菜の花や瀬戸に夕日の渡し船
雛の夜 神山ひろし(あふり)
酸模噛む往時を偲ぶ語り種
かの人の余韻腕に冬銀河
苔のむす砲台跡や風薫る
人懐つこさは生来のまま進学す
夜の更けて雛壇よりの話し声
春雪や離れし心の落しどこ
蛤の汁の濁りや雛の夜
朧 月 桑原千穂子(風鈴)
聞き流す知恵も身につき花は葉に
急がざるこの世の旅路朧月
おしゃべりは老いの妙薬夕端居
長き夜のテレビ桟敷という居場所
水澄むや小事大事を駆けぬけて
女子会と称して老いの日向ぼこ
年の瀬や時短料理も板につき
鳴く蛙 佐藤 信(童子)
楽し気にまた集まりて蛙の子
たんぽぽやいつもの場所にまだ蕾
抱卵期屋根の隙間に鳴く雀
思ひきりまだまだ伸びる松の芯
帰り咲く椿や地にもびつしりと
人間は何故戦争か鳴く蛙
平和への願ひは止まず春の虹
無 題 佐藤 鈴代(無所属)
邂逅の綾を沈めて春の川
杜若古城に絡む雨の糸
落し蓋のごと長梅雨のけだるさよ
坂下る影を長しと桐一葉
杉玉の秘色碧き月登る
一粒の塩の耀く若菜粥
鴟尾照らす雲の一片秋逝けり
出羽三山 斉藤 繁夫(無所属)
憲法記念日山並みは関はらず
土用餅信濃の山河八重に立つ
錠剤はうぐひすいろや冷し汁
がね揚げの料理や減りし稲雀
百目柿戸口細目に開けておく
出羽三山朝日置きたる崩れ簗
石蕗の花黒潮土佐を離れたる
余 寒 杉本 春美(白馬)
草の香をにぎり園児の昼寝かな
花は葉に百年きざむ学舎かな
寄りあひて女かしまし額の花
饒舌になりて父子の端居かな
夢二絵の女わびしき十三夜
澄まされし古寺にある余寒かな
啓蟄やますます募る好奇心
人 日 窪田ますみ(七草)
曇天のサザンビーチや風白し
大矢数の爪垢煎ず西鶴忌
やうやくを心の折れる秋出水
昨夜の月落ちたる池の白き鯉
猿茸身内の虚ろ伐り倒す
時雨るるや哲学顔の鷺一羽
人日や類人猿との違ひ問ふ
勾 配 小山 健介(無所属)
才能という名の病蝮草
蝶生るる戦場という高低差
振り向かず埠頭へ急ぐ夏帽子
三線と太鼓指笛雲の嶺
色鳥の鳴き交す空退院す
軍港へ続く勾配枇杷の花
煤逃げやゆっくり探す文庫本
二拠点暮らし 菊地 春美(無所属)
唯一の東の窓や山笑う
痩せ畑を根城と定め葱坊主
醤油屋に和み拡がる燕の子
この先も生きてるつもり梅漬ける
選ばれて吾の畑にあり夏野菜
朝の畑我が我がと茄子・胡瓜
夏草や世代交替しのび来る
保線夫 鹿又 英一(蛮)
うしろ向きの保母が先頭春の風
囀やフランス山の膨らみし
扇風機まはして玉子掛けごはん
道化師の見する素顔や晩夏光
保線夫の一列にゆく昼の虫
マルエツの股引穿きし大阿闍梨
虎刈りの小学生のゐる炬燵
花 衣 佐藤 廣枝(無所属)
初日の出子らに託せる国であれ
片耳にせせらぎ両耳にうぐいす
各駅停車で座って行くわ花衣
奥の手を使わずに生き飛花落花
座してなお風呼ぶ僧の夏衣
病む地球はすかいに越え天の川
耳聡く小春の海へ抜ける径
星 満 天 佐藤 桂子 (あかざ)
あたたかや野の花を摘む人のゐて
家事の手の何やらたのし日永かな
遠蛙星満天の能舞台
御大師と巡る札所や合歓の花
朝霧の描く墨絵の家並かな
釣瓶落し骨董市の早仕舞
明り点く放射線室そぞろ寒
仙翁花 佐野 友子(七草)
糸口をとざすおぼろや瞽女の道
綿津見の腹に鎮めの桜散る
天邪鬼踏みつけて逝く男梅雨
片耳のピアスに埋む蝉時雨
血中の濃度ほどよき温め酒
かはたれのこの身を灯す仙翁花
日にけにも妹背山雪無尺
寫眞館 黒川 明(あかざ)
大根のどこを切つても水の音
よく伸びる猫の胴体春炬燵
冬日さす祖父の遺しし寫眞館
電柱の通夜の矢印春寒し
半坪の母の墓なる秋の草
海底の艦は動かず終戦忌
一瞥のトラの眼差しうそ寒し
冬木宿 坂 守(無所属)
生業の匂ひまとひて入学す
げんまんで明日の約束豆の飯
桑の実や幼どちみな貧しかりし
夏あざみ小道折れれば友の家
白桃や席替いつもままならず
縄跳びを潜り抜けるや秋の空
冬木宿友それぞれに本開く
汐干狩 衣川 次郎 (青岬)
尻といふ平和が並ぶ汐干狩
妻のゐる天くすぐりて遠花火
炎昼の無声映画のごとき街
屈みたる母しか知らず草の花
誰のものでもない月だから綺麗
捨てられて空の深さを知る案山子
喪正月指鉄砲で遺影撃つ
恵 方 北浦 美菜(蛮)
幼子の手のなる方の恵方かな
封印のセロハンテープ夏隣
寒明の素顔を映す硝子かな
水筒の水をひと口魂祭
鈴虫の一楽章に児の寝息
八月の米一合の重さかな
読みさしの人情話年の暮
桜 時 佐藤 公子(松の花)
花吹雪仔牛は二月生れとふ
羽音して何方なるや熊ん蜂
八ツ橋の右に左に鳴く蛙
堰音の奥に堰音山桜
水音の芽吹きの谷の底の底
夕日差崑崙黒といふ椿
渓音のほかは聞えず竹の秋
船 旅 石川 暉子(松の花)
夫と行きしサグラダファミリア春の旅
八十八春の船旅誕生日
秋の日の世界一周船の旅
夫運転伊香保温泉夏の日よ
ネモフィラの青き波打つ青き丘
新緑の風に誘はれ森を行く
青梅の大きくなりぬ小雨中
肝試し 景山田歌思(無所属)
炊上がる小泉米や薫る風
更衣弾けさうなる女学生
雨雲の飛ぶやうに来て梅雨の入り
千切れ雲飛ぶやうに行き梅雨上がる
釣竿の大きなたわみ夏来る
袖引いて顔伏せてゐる肝試し
木枯や三重連の登る坂
四 季 近藤由美子(蛮)
つぶやきを拡散される黄水仙
阪神忌オカンと二人震えた日
鳴り止まぬライン通知や去年今年
雑煮椀諸手で受くや輪島塗
速乾の赤いネイルやクリスマス
砂日傘留守にしている尻の跡
夜濯ぎや悔し涙のユニホーム
むしわらひ 鈴木香穂里(あふり)
屋上に木椅子の孤独山眠る
蘇る日々や手作り内裏雛
若者の料理豪快春大根
あたたかや手箱に旧知の古切手
命名の太字に春光むしわらひ
能面の翁と笑むや石蕗の花
秋風裡子と輪唱の声はるか
初 空 瀬崎 良介(蛮)
初鮎や蓼酢使ふか論ひ
籠球のかけ声高し夏きざす
天麩羅の玉蜀黍や恋話
白飯と焼売が好き旅の秋
立飲みの熱燗ぐびり鳩時計
初空や火の見櫓の鉄の色
竹窓の行き交ふ人や春景色
無 題 菱沼多美子(無所属)
熱中症予防と水を飲みにけり
昼寝覚何人家族だったっけ
赤とんぼ曲がりくねった道をゆく
鈴虫や発想転換しなくては
帰りなんと行けど行けども虫の声
羽子板の明るき市をめざしけり
寒卵このシンプルがたまらない
実千両 根本 朋子(風鈴)
早春の風は水色もえぎ色
八十路には八十路の歩幅風光る
丸太橋わたれば夏野開けたり
朝顔を咲かせ余生を彩どりぬ
山坂のほどよき風や新松子
これよりは各駅停車山眠る
晩年の一日一句実千両
暑気払ひ 長谷部幸子(七草)
春泥や弟遊ばすお兄ちやん
廃校の正門入らば余花白し
初鰹わくわく出刃の錆落し
日の目みる精米業の夕焼けかな
アルコール好きも嫌ひも暑気払ひ
文月や涼々と言ふ銘酒酌む
真つ新な一打の境地除夜の鐘
片 陰 立野 治子(あかざ)
辛夷咲くどこかへ抜ける里の径
雉鳩の含み声する朝曇
三角四角の片陰拾ひ駅の道
草むしり拳を梃に立ち上がる
子の直球受けるミットの音涼し
山の端の夕日に染まる榠櫨の実
風ぐせのままに活けられ秋桜
悠久の時 福田 仁子(七草)
昭和百年平和に明けし大旦
立春や足踏み止めず信号待ち
彼岸西風まだ来るなとて母の声
悠久の時を乗り継ぎ柿若葉
光の子遊ばせてゐる滝の水
大花野振り向きもせで兄のゆく
樟の木のざわめき神の旅立か
夢の屑籠 竹中 瞭(無所属)
夢少しふらここ空へ向けて漕ぐ
夢違ふ爺と婆なり花蓆
懐かしき俳人はみな鬼籍梅雨
新緑に妻立たしめて開けゴマ
撒しなり喰はばごきぶり死ぬ薬
生きいきとパセリ残飯処理の台
翡翠の唐津の繪皿旅終る
片 陰 中島 俊二(あかざ)
水茄子の刺身塩のひとつまみ
茉莉花に傘を寄せあふ川の端
シャボン玉わたしを前に力尽く
衣ずれの音きいてゐる夏座敷
しろつめ草大の字に沈みこむ
梅漬けるあらん限りの重石のせ
電柱の片陰たのむえにしかな
老 生 長尾 七馬(無所属)
生身魂孫まで送り我九十五
瓜の馬乗るべき我はここに居て
棚経や女盛りの孫娘
岐阜提燈初めての女孫道しるべ
稲妻の如く光りて消えにけり
ひこ孫はアメリカ人よ新豆腐
孫二人曽孫五人梅雨明けぬ
かき氷 苗村みち代(風鈴)
そよ風に口づけされて山笑う
藁葺きをくすぐっている花吹雪
女子会は苺づくしのティータイム
憂鬱を少し崩してかき氷
秋夕焼川辺に残る町工場
新蕎麦を打つ名人の真似をして
宿坊の五右衛門風呂やすきま風
葉月空 服部 光子(あかざ)
紅梅のつぼみほころぶ日和かな
落札の米の行方や夏隣
竹叢を覆ふごと咲く山の藤
湧水の流れ濁るや夕立後
援農の学徒来たるや葉月空
住宅の迫り来る墓地帰り花
鏡文字の文見付けたる煤払
水鉄砲 田畑ヒロ子(顔)
クーラーにかけ込み羽化をしていたる
蛇の外出その度嫌われて不整脈
水鉄砲「バキューン」と言われ倒れねば
虹消えしあたり仄かに彩湿る
新玉葱一皮剥けば写楽の絵
サーフィンや海に落書きしてもどる
ヨットの帆風不等辺三角形
晩 年 多田 学友(暖響)
あらたまの九十七歳夢ゑがく
匂ふまで刃を研ぎ篆刻始かな
難病癒え句作に生きるおらが春
春に受く日本篆刻展顧問賞
夏に受く日書家展大臣賞
もの言へぬ蟇は鳴くのみ楸邨忌
晩年に未知の道あり花野行く
勅使門 比留間加代(蛮)
梅は実にぽとりと天満宮の屋根
マネキンの睫うつむき藍浴衣
さよならの後の止まり木星涼し
枝豆の空莢並べ獺祭忌
万緑や老舗旅館のキッズ室
山桜ゴンドラの影ピンク色
石庭の勅使門より初燕
コラム 芳賀 陽子(無所属)
別段のこともなさずに去年今年
新年のコラムに谷川俊太郎
手話の手の流暢にして梅ひらく
薫風や能登にたなびく大漁旗
いつの日も夜店は時の玉手箱
赤とんぼ日に三本の路線バス
ごろごろと冬瓜でいる忌引なり
昭和の日 野木 桃花(あすか)
火に仕へ水に仕へて昭和の日
陶工の火の色をよむ花の冷
居心地の良き距離に夫さくら咲く
歳月はときに重たし髪洗ふ
今生の一隅照らす野路の菊
釣人の海鼠を釣つてしまひけり
ちちよははよ冬の花火が見えますか
臍 新村 草仙(雅楽谷)
臍にやや熱ある朝や瑠璃蜥蜴
行水の盥の女の臍斜め
臍見せて寝転ぶ土手の大花火
臍の緒に傘寿の埃山椒魚
蟇に臍あるかの如き佇ひ
養生記七情六欲臍下の手
臍隠せ小さき手重ぬはたた神
早稲田の夏 復本鬼ヶ城(河)
七円五十銭のバスで早稲田へ暑し暑し
図書館へ入れば涼しコピー取る
茶房といふ名の茶店(さてん)の扇風機
日陰なきスロープ上り教室へ
バリケードに阻まれてゐる炎天下
三朝庵での講義帆足図南次先生の汗
吉永小百合の出席カード夏の教室
蛇よぎる 関戸 信治(無所属)
蛇よぎる尺貫法の存在感
少し間のありてアウトや夏の雲
曲線の少し尖った初蛍
切り株は木の名を持たず青蜥蜴
父の日や問診めきし子の電話
ラムネ飲む最後一振り音を飲む
名ばかりの優先席や西日濃し
さるすべり 錦織 睦子(輪)
逃げ水や路面電車は音を踏み
初蝶の吹かるる翅の重さかな
枕辺の水の輝ふほたるの夜
百日紅生き抜く日々の厨事
敷居越し絵巻広ぐる夏座敷
針先の稚魚を流す子風光る
外湯まで飛び石五つしぐれけり
天高し 八谷眞智子(あふり)
娘を迎ふ名残の空の陽を受けて
凹んではをれぬ余生よ七日粥
老桜や会津の仏腰太き
輾転反側闇の底打つはたた神
まいまいも数十億年の列に
陋屋ゆする軍機低空風死せり
衣捨つ思ひ出も棄つ天高し
爽やか 櫻井 波穂(松の花)
爽やかや港のホテルは帆のかたち
爽やかに生きむ彼の世の夫のため
秋天へオブジェの動く美術館
物置のカタカタ出すやいとど跳ね
秋の宵峠をチャリで越え来し子
石榴裂け星の降る夜となりにけり
新涼や眼凝らして増やす星
二 胡 中村 誓子(鷗座)
円窓の軸に桜や風淡し
朧月晩学の二胡蘇る
嬰児(みどりご)よようこそ虹の七曜に
八月やどの子も育て童神
ほくほくの蓮の実飯や詩経から
柿林抜けるや武蔵野父の墓
どの背にも日差したっぷり初詣
木はうたう 平田 薫(つぐみ・海原)
春という感じ煎餅割ったとき
犬ふぐり空はいちにち空であり
蝶の昼ちいさな遮断機がおりる
春の雨ふっくら水にもぐりこむ
木はうたう鵯はきのうの雨をおもう
榠櫨の実いくつもの空おいてきた
知らないとこたえて柚子の黄色かな
夏の旅 西村 弘子(無所属)
晩年の旅を励ます夏かもめ
短夜や美しき水脈引き出航す
外つ国の空に映えたる夏の潮
炎昼の歩みとどめず島巡り
石畳露店に猫の三尺寝
パエーリヤの蟹に舌打つや地中海
夕涼み水平線を欲しいまゝ

句集・評論紹介
靖彦さんの俳句には、その歩んできた人生がある。函館の定時制に通いながら、函館ドック造船所で働き、母兄弟を支えた。その後、臨床検査技師として医事に従事してきた。そういう背景を理解してこそ靖彦俳句を真に理解できるのではないかと思う。
逞しき母は山独活二十年
山独活は、太く濃い暗緑色でなかなか抜けない。芯が強い。生きてゆくこと、子供を育ててゆくことに懸命な母の姿を山独活に喩えたのだ。山独活の持つ強さを、逞しい母の姿に重ねたのだ。句集名にしたことは、充分に納得できる。この句の有り様が、句集を貫いている。
ニコヨンの母ひぐらしの背中濃し
鉄削る音は日に溶け終戦日
鬼やらひそのまま妻のかくれんぼ
不随の君震へ抑へし年賀状
十年で区切れば余る蝌蚪の紐
般若心経唱へ真夏のスクワット
みみず鳴く戦車に付いた泥を食む
独活買うて描きついでの酢味噌和へ
コロナ禍に医職去る身や鳥雲に
まさに、人生叩き上げの俳句であり、「生きている証」そのものの句であると言えよう。
句集『メビウスの帯』は櫻井波穂さんの第一句集である。平成八年から二五年間の三〇五句が収められている。
生と死はメビウスの帯星月夜
句集名となったこの句は、最愛のご夫君を亡くされた後の一句である。「松の花」の松尾主宰は序に記される。「死者を愛する生者の内面で、死者はよみがえる。二人で歩んできた人生は、表面上は一人で歩む人生に変わったが、その一人が行き続けている間、これからも二人の人生は続いてゆく。あたかもメビウスの帯のように…。」と。
星祭命ちぢめて逢はむとぞ
雪しんしんそちらへ行つていいですか
夫恋いの絶唱である。
囀の沸き立つてゐる潦
唇に吸ひつくグラスビヤガーデン
手毬唄母の命の赫々と
明るくて誠実、家族思いの作者。
花吹雪明日は真つ新な頁
いつも前向きな波穂さん。初めて句会でお会いした日から変わらない印象である。
飯能在住の柳堀悦子さんとは「すはえ句会」でご一緒しているが、その好奇心、行動力と多彩な活動には目を見張るばかりである。句歴二十二年の現在は「晨」同人、「里」同人、「氷室」会員、日本伝統俳句協会員、地元では句会「赤とんぼ」を主宰されている。またお母様のお世話をしながら、趣味の農作業、旅行、種々の俳句大会や句会など実に忙しくしておられる。その悦子さんが昨年七月に待望の第一句集『鼓動』を上梓された。五月に九十四歳のお母様加藤節江さんが句歴二年にして句集『風が吹く』を出されたのに続いた訳で、親娘俳人の競作と話題になっている。
彼女の句の世界は、長年の研鑽で鍛えた写生の力をベースに、ご両親や娘さんなど家族への思い、自然の大景への敬虔な気持ち、小さな生き物への優しい眼差しなどを感性豊かに力強く詠まれていると感じた。
泥炭の沼や蛍の鼓動めく
月白や丹那盆地に鹿の啼く
父逝くや空に轟く冬の雷
海を見る母に傾げる春日傘
桐咲くやこれより神の坐す山
関八州山のずらりと深眠り
残雪を蝦夷黒貂の黒眼
これからの悦子さんの御活躍が楽しみである。
清水善和様の句集『湖北路』を紹介いたします。
『湖北路』は清水さんの第一句集ですが、どの頁を開いても、まっすぐ心を打つ句が並んでいることに驚かれるでしょう。私どもの結社「繪硝子」に入会されて八年、それ以前に横浜俳話会の梅津様らと句会を楽しんでいらしたことはお聞きしましたが、お勤めを終えてから始められて二十年の間にかくも極められたことに驚きます。
大根引き大地の力解き放つ
紙漉くや水の重さを漉き重ね
雪解川流木ときに立ち上がる
十二月八日海へ鷗の突入す
滴りや光となりて岩穿つ
若葉風床に映りしトウシューズ
水を脱ぎまた水をぬぎあごの飛ぶ
また、清水さんは生まれてから大学を卒業されるまで生国の湖北を離れることなく過ごされました。
生国を汝も忘れしか夏の鴨
湖に日矢山にしぐれの湖北かな
痛いほどの望郷の念が伝わります。故郷への思いも清水さんの詩情を支えている一書です。
「曼荼羅の道」は中華編、海外編、日本編の三部構成であり、作者の訪れた場所は優に百か所を越える。歴史的観点で捉えた土地固有の文化や史跡、出合った老若の中国人たちの人情や生活ぶり、土地土地で感じる独特の感性や諧謔性などへの、愛すべき軽い違和感がテーマとなっている作品が目立つ。また書家としての目が捉えた硯などの書道用具を句材とした作品も異彩を放つ。
作品は総じて旅吟として生き生きと描かれており、べたついた人情の世界に立ち入ることを避けて、見たものを淡々と詠じる形。独特の「乾いた抒情」を感じさせる一書といえる。登場する様々な句材は明らかに旅する道端に拾い上げられたものであり、個々の作品は結果としてタイトルの「曼荼羅」の何処かに嵌め込まれている。
儒仏堂摩崖の寺の土蛙(大同)
兵馬俑の兵に持たせよ曼殊沙華(西安)
しゃがれ声腹の突き出た半ズボン(北京)
さっき見し山椒魚のスープなり(張家界)
燕舞う砂の女の家がある(銀川)
子を背負う硯作家のふかし芋(攀枝花)
黄砂断つ河西回廊新幹線(蘭州)
大子町滝に生まれし国寿硯(日本)
古戦場話の好きな蜜柑売り(日本)
『繕ふ』松波美惠句集 松尾 隆信
- 生活と美意識 –
父の墓域を母の軽やか濃紫陽花 (P99)
冬至湯を出でたる母のひかりをり (P150)
母の荷の誰がための毛糸玉二つ (P190)
美惠さんの俳句には、句作を通して家族の存在を再確認しているような側面がある。集中、最も多いのは母を詠んだ句。父と居た母が一人になり、甘えられる母から支えねばならぬ母に。「冬至湯」の作では眼前の母が生き仏のような聖性を帯び、「毛糸玉」の句からは百歳近くとなっても女として生き抜こうとする母の心根が伝わる。
雪降らし一月の菓子作り了ふ (P191)
痛きほど白磁の白き新茶かな (P167)
青梅雨や白の小皿に金の継 (P134)
著者はこのところ、趣味の和菓子づくりと金繕い(金継ぎ)に加えて、生きがい事業団のスマホ講師と多忙のようだが、いずれも俳句に益すると思う。和菓子が季節感を大切にする点は俳句と共通するし、省略美は先師・上田五千石の「俳句模様論」にも通じる。「白磁」の純化された白、痛いほどの白さは完璧な美といえる。また、完璧な美が欠けることで生じる金継ぎのような複雑な美もある。この句集には、実生活と美意識の両面において、金繕いのような味わいを湛えた句も多い。美惠さんの俳句は今後、より一層深いものとなってゆくであろう。
『蝶の羽化』千葉喬子句集 和田 順子
- 生きる楽しさを -
千葉喬子さんは、鎌倉市の小学校校長を務めた後教育行政にも携わってこられたが、そんな雰囲気は少しも感じさせず明るく周りを楽しくさせてくださる方である。「繪硝子」に入会して間もなくの句
雲梯の右手左手夏が来る
は、第五十五回俳人協会全国俳句大会大会賞に輝き、題名となった
蝶の羽化見届け授業再開す
は、第二回復興いわき海の俳句全国大会の大会賞になるという目覚ましい出発であった。生き生きとした子どもの姿が捉えられ子どもと一緒になれる素晴らしい先生であった。
そして、俳句の時間が持てるようになってからの千葉さんは、よく旅をされた。国内も外国も旅人でなく見ている。
衛兵の汗の髭もて交替す
パアデレの大き木靴や初蝶来
きび搾る牛の歩みの日永かな
ハライソに続く海なり大夕焼
そして静かな感慨の句もよい。
杼と筬の閑かな間合ひ春深む
伯父といふレイテの石よ敗戦忌
松の芯きりりと会津童子訓
生きている楽しさを実感できる句集である。
『苧麻の帯』知久深雪句集 新村 草仙
- あぶらむし間髪入れず古女房 -
間髪入れずあぶらむしを叩いているのは古女房こと作者知久深雪さんである。彼女を紹介するのにはこの句をおいて勝るものは他にないと思う。恐らくこの不幸なあぶらむしは彼女に素手の一撃を食らったのだ。
揚句は平成十年中田水光主宰の門をたたいたころの作品、とても初学の作品とは思えない。いきなり斯様な句を詠めるのには理由がある。兎に角多芸であること。茶道・華道・三味線に日舞など手あたり次第に師範の免状が並び、今でもソプラノの美声で個人レッスンを受け、時には電話口でその声を拝聴することができる。
それも半端では済まない負けることが大嫌いの気性だから、何をやらせても様になるのが凄い。ある日彼女の出身地を聞いて納得、会津の女なのである。
「飯盛山に咲く花は 散って悲しい稚児桜」
「苧麻の帯」は奥会津に自生する「ちょま」と呼ばれる植物の繊維から織られ越後上布や小千谷縮となる希少な高級品だそうだ。
そんな彼女は近年最愛のご主人を亡くした。さらにその少し前に一粒種のご子息を亡くされている。
つたなきを一句に託しおらが春
夫ゆきてわが身寂しき茅花風
隣室は夫の部屋なり春の夜
はらからは吾一人なり田螺泣く
先日、寂しくされているのではと案じつつお訪ねすると、門の呼び鈴を押すと玄関先から続く飛び石を駆け足で飛ぶように出迎えに出てみえた。兎に角深雪さんには驚かされる。近々第二句集のお話が出て来るのではないかと期待をしつつ百歳の俳句にお目にかかる日を楽しみにしている。
戸恒東人句集『令風』 佐野 友子
昭和二十年茨城県生まれ。平成三年、個人俳誌「東風句報」創刊。後に「春月」に改題。平成十一年「春月」主宰。公益社団法人俳人協会理事長等歴任。雙峰書房社主。『令風』は第十句集。評論『漂白の風姿』 『誓子―わがこころの帆』にて第十四回加藤郁乎賞受賞。『いくらかかった奥の細道』等。
ほほゑみの色をこの世に桜貝
沼風や腐草螢となる岸辺
春田打つ嬥歌(かがひ)の山の影を踏み
火の鳥の孵化する形に牡丹の芽
草団子買うて渡舟(わたし)の客となる
ひとりの身ひとりで癒し月今宵
ひとりでは利かぬ頑張り男郎花
角(かど)のなき悟りの窓の余寒かな
春月の暈(かさ)の内なる筑波かな
波立てば海月に骨のやうなもの
転読の波のごと和し息白し
琅玕の輝く山路秋日濃し
風呂吹を吹いて一歳加へけり
大内山に和む令風春の宵
藤沢市片瀬の龍口山常立寺に句碑建立「令(よ)き風のここに和みて梅の寺」 訪うてみたくなる心地!
【「千種」 No.50より転載させていただきました。】
多田学友さんとは『寒雷』で加藤瑠璃子先生の選を受ける同じ神奈川の投句仲間だった。勿論大先輩ですが、勝手に競争相手と決め、負けては悔しがったものでした。
本句集は、米寿記念の第一句集『方寸の世界』以後の、平成二八年から令和三年までの三百句からなる学友さんの第二句集である。本句集「あとがき」によれば、学友さんは平成二九年と三〇年に癌を手術し、さらに令和二年に心臓を手術して、三度九死に一生を得た。闘病中句作に励み、九十路の生甲斐を見出したことがこの句集を上梓した所以だという。
癌告知がくんと身に入む思ひかな
秋に癌癒え合併症の肺を病む
呼吸苦や救急搬送秋入院
これら重篤な病の発症を伝える句は極めて冷静ながら、読者は句が伝える状況を思い、かえって作者の精神力の強さに心打たれることになる。一方、学友さんの日常の句には、特に幼い子供達へと向けられた愛情溢れる眼差しがあり、生命への感謝の気持がユーモアを伴って句に滲み出ている。病変を淡々と述べる句が‘緊張感’に満ちるのは、このコントラストによるところが大きいだろう。
薫風やこぶしゆるめて子の熟寝
大花野子の手放さば蝶となる
幼い孫や曽孫の傍にいる時、学友さんは実に幸福なのだ。幼子を花から花へと飛ぶ蝶と見立てるのも優しさだろう。
こんな良い日和に冬に入るとは
癒えし身の春たしかむる土踏みて
大病を乗り越えた学友さんは、季節の移り変わりを感じては生きてそこにいることを喜び、その喜びを俳句として表現することで、さらに生きる意欲、九十路の生甲斐を掴んだのだ。常に希望を失わない学友さんだから、優しさとユーモアに満ちた句を百歳過ぎても作り続けてくれるに違いない。 (「暖響」同人・西洋美術史家・元慶応大学教授)

我が師を語る
私の直接の師は故飯島草炎氏なので、中島斌雄先生を語る資格はないような気がする。しかしながら、草炎氏が勤務しておられた石油会社に、私も務めていた関係でお知り合いになってから、そこの句会に度々参加していた。そこに斌雄先生がお見えになり、ご講評を拝聴しているし、その後、私も同人としての、いわゆる師系として繋がっていると考え「師を語る」ことにした。
斌雄先生に関する評伝は、多くの方々が発表されているので、私が今更書くのも面映ゆい。したがって直接ご指導を受けた時のお話をさせて頂こうと思う。
戦後、私は地方の会社に就職し、会社内の俳句グループを知り、俳句というジャンルに強い関心を持ち始めた。その後、横浜へ転勤し、草炎氏を知った。そこから氏が所属する「麦」の主宰中島斌雄先生を知り、その硬質な抒情句に深く魅せられた、そんなことで躊躇なく「麦」に入会したのだった。
斌雄先生は大学教授として国語国文学、特に俳諧史教育に尽くされている。そして、もう一つの顔として俳句実作者の俳人斌雄がおられた。その豊かな思考を持ち、天分に恵まれている初期の作品のうち、私の好きな句。
葬り果てて秋空深き坂下る 斌雄
子へ買う焼栗(マロン)夜寒は夜の女らも 〃
爆音や乾きて剛き麦の禾(のぎ) 〃
私が同人となってから、初めて取り上げて頂いた句に
露草や自画像へ描く父の眉 巳左男
がある。先生のもう一つの顔として、学生時代から油絵版画をなされていたと聞く。その画家としての目線で、この句に懇切な評を頂いた。私の思考をずばりと見抜いてくださり、納得し恐縮したことを覚えている。
ちなみに、昭和四十年、五十年代の「麦」の表紙は、先生の絵で飾られていて、今も印象に残っている。
後年、北軽井沢に「月士山房」という名の山荘を構えられ、そこを拠点として多くの評論を発表され、また新しみを求めた人間探究の句に挑戦されている。更に先生の理念を受け継ぐ数多くの俊秀を育てているのである。
昭和六十三年斌雄先生は逝去された。しかし「麦」は連綿として発刊され、平成二十三年四月で通巻七〇〇号を達成し、また創刊六十五年の歴史を刻んでいる。
余談になるが、平成二十年は先生の生誕百年という事で翌二十一年縁の軽井沢で「麦」全国大会を開催した。その時「月士山房」を訪れたが、憧れていた山荘の余りにも荒廃している姿に、皆声を失ってしまった。私も何か胸がいっぱいになった事を今も忘れない。
山房の止まったメーター青蜥蜴 巳左男
〈距離は人を美しくする〉―私の好きなイギリスの詩人、テニソンの言葉である。
どちらかというと、偶然にも加藤楸邨先生に近い距離にあった私には、楸邨俳句の真の深さや美しさが見えていなかったのではなかろうか。それは、先生の存在が余りにも大きく、高く、はかり知れないものがあったからである。先生のご逝去(平成五年七月三日)後、常に現在の自分との距離から実感としてようやく楸邨俳句の大きさ、深さ、美しさがわかりかけて来たように思う。
顧みれば、私が教師への道を歩み始めたことが「寒雷」への契機となり、楸邨先生との出会いになった。
昭和二三年、都立第十女子高等学校(現都立豊島高校)へ新任で赴任。同じ職場に先生の高弟の森澄雄(故人・「杉」主宰)や、先輩の青池秀二(故人・「雪嶺」主宰)の句会に参加。翌年「寒雷」に入会。「寒雷集」で先生の選を受け、句会で直接先生の選評を頂いた。以後、厳しい楸邨選で二回巻頭に入り、昭和三六年、寒雷同人に推挙された。
飴山實は『俳壇』(平成5・10月号)の追悼文で〈楸邨は俳人でない人にもひろく親しまれる俳人だった。自分の生きるすべてをそこに投入していた俳人だったからだ〉と記している。先生は俳句を通して一人一人の心の奥にある生き方を見通しておられたと思う。
九歳の頃、当時北海道庁立帯広中学校(現帯広柏葉高校)校長であった父(三十八歳)と死別した私は、この時父の姿を重ねていた。
四十歳半ば過ぎて、私は父の遺志を継ぎ、教育管理職の道を選ぶべきか、更に専門職で研鑽すべきかの岐路に立ったとき、先生は、「教えるということは人を生かすことです。信ずる所に従い俳句より本業に専念するように」と助言してくださった。
昭和五六年四月、都立松原高等学校長に昇任の折、先生に「良い校長になれよ」と励まして頂いた。その頃は多忙な毎日であったが、「寒雷」で何とか俳句を続けることが出来た。
昭和五五年十月、焼津市で開かれた「寒雷創刊四十周年記念全国大会」で、〈飛鳥路を来て眠るまで天の川 晴生〉が先生の特選を頂き、再び句作に傾注した。
蟇あるくときわが息の深くなる 楸邨
掲句は、先生の多くの蟇の句の一句。ひたすらゆっくり歩く武骨な蟇との一体感が、深い息となり、振幅となる。先生に即かず離れず蟇のように歩んできた私に、「銀ちゃん、しっかり頼むよ」と言われているような先生の温顔が今も浮かんでくる―
距離は師を高く美しくする。 (「寒雷」同人会長)
「海光」は昭和二十一年、小巻豆城氏が「うらなり」を横浜で創刊、百号に達したのを機に「海光」と改めた。昭和五十八年豆城氏の逝去に依り、流石先生が主宰になられた。
流石先生との出会いは職場(富士通)の俳句部でした。数人の仲間と入会し指導を受けました。先生は優しくて几帳面、筆マメ、絵が得意(夢は画家だった様です)。そして歌が好きでユーモアがある。そうした人柄の先生のお陰で、俳句がどんどん好きになりました。その後、結婚・育児・仕事としばらくは俳句とは離れた生活でしたが、その間も先生からの絵葉書や賀状が届き、ずっと俳縁で繋がっていました。
改めて「海光」に入会したのは平成四年。仕事一筋で突っ走っていた私に突然、俳句への想いが湧き上がったからです。先生の俳句に対する情熱は変る事なく深く、私は学ぶ楽しさを再び見つけ出しました。先生は、
地面を浅く掘った水は美味しくない。深く掘り下げて得た湧き水に真の水の味がある。と言われているが、俳句も手頃な浅い境地を詠んだものは、味が乏しく、心に響いて来ない。作者の深い思い、新しい水脈を掘り当てる意欲のこもる句には、俳句の真がある。力がある。平明淡白だが、句意深遠な秀句と言うのがある。究極にはそのような句を作りたいが、まだまだ地下の水脈は、深くて容易には探り得ない。いい作品と言うのは人生を感じる句ではないかと思う ―以下略― (『海光』誌掲載・「断片」より)
と、書かれた。私はこれこそが先生そのものとずっと思っている。その想いは平成十五年九月三十日(享年八十一才)に永眠する迄持ち続けた想いだったと感じています。
ぶらんこの夜は詩人の座る椅子 流石
子がなくて春田の月を肩ぐるま 流石
窓に凍港火がよみがえる灰皿に 流石
先生の句集『油彩水彩』は平成十三年度、横浜俳話会大賞特別賞に輝いた。出版パーティは横浜東急ホテルに於いて盛大に行われ、今は亡き「季節」の田辺香代子先生や四十雀先生と肩を組み、歌い、満面の笑みでタクトを振っていた姿がついこの間の事のように甦ります。
充電をつづける壁の蝸牛 流石
黄落やほったらかしの故郷あり 流石
あれから既に十数年、私は流石先生に出会えた事に感謝し、俳句を心の糧としてこれからも心豊かに歩んで行こうと思っている。「海光」はその後、秋場久雄氏が主宰を引継がれたが、平成二十三年八月に他界された。指導者を失い乍らも「海光」は今、基本である通信句会を月一回発行し、妙蓮寺会館で月一回の句会を実施し俳句を楽しんでいる。
元横浜俳話会会長佐伯昭市先生は、昭和二年仙台市生まれ、俳句作家であるとともに俳諧を論ずる大学教授でもあった。元禄の俳諧を専門とし、芭蕉を中心に嵐雪、去来、来山、言水、才麿などに対する多くの論考があり、西行や定家の和歌も論じている。
私が先生に初めて接したのは、中学三年の東北を巡る修学旅行だった。ご出身が仙台であることから引率教諭を引き受けられていたのだ。高校二年、三年と続いて担任となり、お宅を訪ねるうちに句会に誘われ、作句の手ほどきを受けることになった。年譜をみると私の高校在学中は東京大学大学院に籍を置かれていたことになる。博士課程を修了後、明治大学講師を兼任されている。
その頃は間部隆の俳号で同人誌『炎群』の代表として高校生、大学生を指導していた。先生の師は仙台時代から続く「俳句饗宴」の永野孫柳、上京後は「暖流」の滝春一である。後に中島斌雄の「麦」に同人として参加している。その間に卒業論文を発展させた「つくる俳句」(緋衣)、「造型俳句序説」(暖流)、「造型俳句論」(俳句往来)などを発表し、俳句の進むべき方向を説いた。
ご自身の俳句理念・造型俳句を実践すべく俳句結社「檣頭の会」を創設したのは昭和四十五年二月であった。俳号は本名の佐伯昭市とした。また、克子夫人とともに登山にも熱中され、その頃の作品は山岳俳句と旅吟が多い。
来しは雪渓霧に鋭(と)く冷ゆとりかぶと (鹿島鑓)
霧おし分く積石(ケルン)の列よ蒼く濡れ(爺岳山頂)
湖は神話のはらわた夜涼湧き立たせ (松江)
聖堂のステンドグラス青嶺と海 (函館)
やがて、七十年安保の嵐が大学にも押し寄せる。
鎖す大学サルビア火の粉となっては枯れ
乾ききった大学秋蝶地に下りぬ
和光大学図書館長、文学科長等を歴任の後、昭和六十二年、定年を待たずに退職、名誉教授となる。作句活動と著述に専念なさるつもりであった。ところが平成九年九月、克子夫人が鳥海山で遭難死、その悲しみが癒えぬまま翌十年十月、脳溢血のため急逝された。
相次ぐ悲報に『檣頭』は途方に暮れたが、後を継ごうとする者がなく廃刊となった。平成十七年、七回忌に集った檣頭同人たちから先生の俳句理念を継承したいとの声が挙がり、「海鳥の会」が発足する。生前、句集を上梓することがなかった先生の作品を纏めたいとの意見があって海鳥三周年に句集『佐伯昭市集』を出版する。これより先に佐伯ゼミの教え子たちによって論文と俳論『俳句の論―古典と現代―」が編まれた。ご夫妻のお墓には次の句が刻まれている。
霧よりも白し白樺は眠らぬ木 克 子
春愁や電池の切れし腕時計 昭 市
和知喜八先生との出会いは、今から三十五年ぐらい前の昭和四十一年頃、日本鋼管株式会社(現在のJFE)の俳句部に入部してすぐ宮崎筑子さん(横浜俳話会在籍―街同人)に連れられて、休刊中の「饗焔」の東京句会が初対面であった。たしか、神田三崎町の「窓」という喫茶店であった。当時の饗焔は同人制で、在籍者は六十人前後で、女性は十名前後の男性ぽい句会だった。喜八先生の頭髪はまだ残っていて、往時の「スッポン喜八」の面影がかすかに残っていた。喜八先生は代表で句会を仕切っていた。直接指導をいただいた記憶がなく、何時も宮崎筑子さんからの指導だった。
この私との出会いの前の、昭和三十一年四月十一日秋元不死男ら三十八名を発起人とする「横浜俳話会」が華々しく発会していた。その発起人の中に、人付き合いの上手でない喜八先生がいた。おそらく、「寒雷」の仲間であった古沢太穂さんのすすめによるものであったろうか。
昭和三十三年十一月刊行の「横浜俳話会」句集―第一句集に「俳句」の名残を少し残した次のような作品十句を寄稿している。
篊抜き舟へ鯉幟一本赤く躍る
倉庫上屋に黒い学生達艦が沖へ
霞んで赭い満月街娼と運河隠る
昭和四十三年「饗焔」が復刊して、三年後の四十六年初から、宮崎筑子さんの誘導で、編集の実務を担当し会誌「饗焔」を季刊刊行から隔月刊行を経て月刊誌への移行に関わった。その間、喜八先生も同人代表、会の主宰者へと変貌しつつ、その都度、助言をいただいた。
「饗焔」の復刊と機を一つにして、喜八の抒情俳句が完成したのである。すなわち
分水嶺発しゆくもの柿に会え
定年や山の蜜柑の顔があり
錦鯉は夜がくるまでの雪女
寝るときのこのでこぼこの夏蜜柑
ささ雪この樅消せばすべて消ゆ
「饗焔」に入会したばかりの一年生に、親しく声を掛けてくれるとは思われないが、内向的な先生が安定期に入ったばかりで、積極的な教導をもらった事も、他の先輩諸氏に対しても、手を取って教える事はしなかった。しかし、今になって思い当たるのは、喜八先生の考え方、俳句作品、生活態度が、総て指導になっていたように思えるのだ。吟行が好きで、日常作品が出来なくなると誰れ彼となく声を掛けて出かけていた。吟行地に行っても、俳句手帳も出さず、同行者と四方山話に打ち興じていた。「俳句は書き急ぐものではない」と言う一言を発して、締切時間ぎりぎりの出句だった。
師、小林康治に始めて会ったのは昭和五十三年の夏のことだ。当時職場の句会に飽き足らず、俳句雑誌数誌を読んでいた。偶然にもその中に、職場の句会の指導者、榊原康一さんが所属していた雑誌があったのである。
その雑誌「泉」の藤沢で行われていた湘南句会が康治先生との始めての出会いの場所だった。
どんな句を出したのかも覚えていないし、また点が入ったかどうかも覚えていない。ただ記憶に残っているのは、句会が終ったあとの蕎麦屋の二階でのやり取りのことである。
当時の句会の世話役であった津田汀々子さんが、
「始めて来たのだから先生の前に座りなさい」
と言ってくれたのであった。恐る恐る前に座ると先生は、
「山本君はお酒は好きかね」
と聞く。私は、
「好きかどうかはよくわかりませんが、飲めることは飲めます」
と応えたのだった。そうすると先生は、
「それは結構、大いに飲みなさい。大いに飲んで、自分は俳句がうまいのだと思うことだ。それを繰り返していればいつかきっとうまくなる」
と言うのだった。
先生も周りの人もみなお酒が強かった。お酒を飲みつつ俳句のことは意地を張り通す。これが世間一般にいう「俳人」なのだ、とそのときに意識させられたのであった。
当時私は二十四歳、仕事では半人前にもならない若造だったが、そんな話の仲間入りが出来たことが、なにか一人前になったようで嬉しかったのである。
以来、「泉」から「林」に先生の主宰誌は移り、先生の亡くなる平成四年まで指導をいただいたのだが、先生が句会の席で採った句を褒めることはほとんどなかった。
始めのころはそれが不思議で、あるとき直接聞いてみたことがあった。先生は平然として、
「いいたいことがあるから採ったんです」
というのだった。採ってもらった句がこれでは、採られなかった句は箸にも棒にもかからないということか、とがっかりしたことを覚えている。
先生との最後の酒席は平成四年一月二十六日のこと。この日、「林」で始めての同人会の句会が行われた。そして、「耳ふたつあればふたつの寒さかな 一歩」が康治選に入ったのであった。先生に褒めてもらったのはこのときが最初で最後である。
それから八日後、先生は帰らぬ人となったのである。
一合の酒剩しきく初蛙 昭和三二年
雨蛙不思議に酒の飲める夜や 昭和四二年
この両句は自註現代俳句シリーズ『大野林火集』と小生の書いた脚註名句シリーズ『大野林火集』に共に載つている句である。一合の酒の句は林火先生が佐野俊夫より白幡南町の自宅を建てる為に借りた金が、『俳句』の編集を担当して角川書店より貰つた給料によつて完済出来たのを期に、当時「濱」の編集を担当していた私と、会計事務を担当していた田中灯京氏と二人が林火宅によばれて夕飯の御馳走を受けた時の事で、奥様の手料理と云つておられたが仕出し物であつた。亡くなられた時に厨を初めて見たが、手料理の出来る様な厨ではなかつた。仕出し物の突出しが来て手を付けようとした時、男三人で一本もなくては可笑しいというので、奥様に一本つけさせたのである。そして夕食が始まつたのであるが、三人共下戸なので、夫々杯に一~二杯で終つてしまつたのである。やうやく暗くなつた頃、蛙の声を聞いて一合の酒の句が出来たのである。
さて第二句目は同席していないが別の時にその体験をしている。楠本憲吉氏の世話で冬の柏原へ行つた時のことである。前日上田城を見て別所温泉泊りであつた。一行四名であつた。温泉へ入つて温まつても出ればすぐ寒くなり、三階の部屋へ入る迄に湯で使つたタオルが棒になつて凍つてしまうのである。食事しながらも背中がぞくぞくするのでつい酒に手が行つてしまうのである。四人で十五本程飲んだのである。小生も一本は飲んだであろうが酔わなかつた。先生も二本以上は飲まれたようであつた。考えて見れば私も役所に長く勤めていた間は飲む機会がしばしばあつた。秋から冬に掛けて、いつというきまりはないが、体と気温の状況によつては不思議に酒が飲める時があるのであつた。林火先生もその時は丁度そのチャンスであつたと思う。二句共に蛙が季語となつているのが面白い。
先生は私との会話になるとおのずからべらんめえ口調となる。昭和十四年の春、入門の時の会話は忘れない。「お前(めえ)何を詠つてんだい。何がいいでえんだよ」この一語ですつかりどやし付けられたようで、血がいつぺんに頭へのぼつて顔が真赤になつてしまつた。帰りの市電の中でもいやしめられた悔しさがおさまらなかつた。よし一度この恥を挽回しようと思うようになり、毎週十句ほど書いて行つて見てもらつた。その後「何がいいてえんだよ」の言葉は聞かなくなつた。或る日「おめえ馬上杯という言葉知つてるか」と云われたので、王翰の「葡萄美酒夜光杯、欲レ飲琵琶馬上催」ですかと答えたら、「そんなものじゃねえやい。女の腹の上で酒を飲むことだよ」と云つた。それを聞いた途端に先生は若い頃には相当酒を飲んだのではないかと思つた。
先師上田五千石を知ったのは、昭和四十四年の『俳句』二月号の誌上であった。「第八回俳人協会賞決定発表」と表紙右下にタイトルがある。この賞の受賞者が上田五千石。記事としては、受賞作品「田園」抄(五十句)、選考経過と評を不死男、桂郎、吉男、稚魚、時彦、草田男、秋櫻子の選考評。鷹羽狩行による六頁に渡る上田五千石論「伝承の使者」。他に書評欄で高橋沐石、句評蘭で香西照雄が評をしており、上田五千石特集号と言える内容であった。
この時の五十句の中で、次の一句に、強く惹かれた。
もがり笛風の又三郎やあーい 上田五千石
さっそくこの句を、当時自分でガリを切って出していた同人誌の編集後記に引用しました。
なお、この『俳句』二月号には、飯田龍太が、その代表句「一月の川一月の谷の中」以下三十句を巻頭に発表して、まさに俳壇の頂点に立ちつつある時代でした。
この『俳句』二月号は以来、私の座右に常に有り続けて、この文章もそれを見ながら書いています。
さて、私が五千石に出会い入門したのは、昭和五十一年八月と七年余りも後になります。飛騨高山で「氷海」鍛錬会の席で『畦』も頂きました。まだ薄く世にまだ知られていないささやかな雑誌でした。
この頃の五千石は、「田園」で俳人協会賞受賞のあとの大きなスランプをようやく脱したところでした。
竹の声晶々と寒明くるべし 昭和五十年作
開けたてのならぬ北窓ひらきけり 昭和五十年作
和紙買うて荷嵩に足すよ鰯雲 昭和五十一年作
【眼前直覚】の言葉を昭和五十年の作句の体感から得て、ひとりおのれの俳句を鍛え直した句集『森林』の時代の姿勢を確立した頃の五千石に、私は入門したのでした。
その後、神奈川県下の「畦」の人達を中心に、【眼前直覚】「いま・ここのわれを詠む」集団「さねさしのつどひ(五千石命名)」を創立し、隔月に五千石指導の吟行会を行いました。この会への五千石の毎回出席は、昭和六十二年まで続き、以後は年一回の主席となった。NHKテレビ俳句の講師出演以後、超多忙となったためである。この会のメンバーが、現在の「松の花」をささえる中核の人達である。
戦後、俳句を始めて七年たった昭和二九年十月、炭鉱ではたらく若者の俳句仲間で吟行をした。私の住む三井美唄炭鉱の周りには「氷原帯」「アカシヤ」「寒雷」など多くの結社があって交流も活発であった。
この日私は書店で創刊間もない『俳句』誌を買った。見開きのページの古沢太穂の次の作品に惹かれてしまった。私の所属する『水明』とは違う新鮮な魂を感じた。
工場地帯に虻が先行く運河わたる
いわし雲食後横臥す眼鏡澄み
おみなえしは草にまぎれ咲き被爆地帯 (三渓園)
当時の炭鉱は合理化、閉山反対で長いストライキで闘ったがついに閉山となった。私は昭和三七年夏横浜で就職、四二年の秋、多摩湖で開かれていた「赤旗まつり」に参加した。そのとき投句箱をみつけ一句入れた。午後投句の結果はと見ると、丁度私の句が評されていた。その人が古沢太穂先生であった。そのときの太穂選の句。
赤旗まつりへわが体内とぴたりの空 紅楓
この日が太穂先生とわが「思い」の出会いと成った記念日である。ここで太穂先生のほか、橋本夢道先生、石原沙人先生に会って、不思議に「わが体内とぴたりの空」になった。勿論この場で「道標」「俳句人」の一員となった。
間もなく先生指導の「鶴見金曜句会」に参加するようになり議論の中の一言一言を大切に学んだ。句会後も京急駅前の「萬屋酒店」の暖簾をくぐり、ここでも論評が続き、先生の高笑いのあと順々と評する姿はいつも印象に残った。また焼酎の味もこの時から覚えた。
こんな事もあった。道標賞選考のとき、須田紅楓は欠稿が多すぎる、これがないと賞がとれると評された。これが刺激となって翌年は欠稿無しで「道標賞」を受賞。昭和五七年であった。翌々年「同人賞」も。この時ほど師の励まし、教えの有難さを味わったことは前後にない。そして私の欠稿封じで本部道標句会の責任幹事を任された。今思うと先生のご配慮だったなぁと嬉しく反芻している。
昭和五七年十一月、青森県深浦町八森山公園に先生の句碑が建立され、そのお祝いには大勢で先生と句碑を囲んだ。
怒濤まで四五枚の田が冬の旅 太穂
白神山地のブナ林、日本海の怒濤、太穂師の呵呵大笑と仲間の笑いがいまも懐かしく聞こえてくる。太穂六九歳。
わが師、田口一穂は昭和四十九年「花林」を創刊した。初参加の日、先生は「俳句とは心を言葉に置きかえて詠う、生きる目的であり命の尊さである。」と語った。十二月の霙まじりの寒い日であったが、子育てを終えやや淋しさの中に居た私の心が、久しぶりの知的な時間に熱く火照って帰った事を今も鮮明に覚えている。
とは言うものの先生の俳句は難しく、句集名も『褶曲』『繁霜』『白商』『泡影』と難しい漢語が並ぶように、漢語・和語を駆使されていた。さらに伝統の世界を句にする先生の俳句は平明な写生句の時代にはそぐわず、なかなか句友が集まらなかった。会の存続も危ぶまれる時期もあったが、先生の凄い所はそんな中でも「惚け防止のために俳句でも」などと言おうものなら、眼鏡の奥の目が鋭く光り、参加許さぬ旨を告げていた。
武士は食わねど高楊枝、古武士のような先生は「何かを創造しようと思ったら爪先立ちでもいいから膨れ上がっていなさい、志を低くしてはいけない、本を読みなさい」と〈格物致知〉を説き、学ぶ事の楽しさを教えてくれた。
俳句以外の事を多く語らない先生の若い頃の事を知ったのは『俳句四季』(平成十三年三月号)に「現代俳人の肖像」として田口一穂が八頁に渡って特集されたからである。ご両親との関係、戦争までの少年期、ご家族のことなどが書いてあり、あたたかい文面で俳人田口一穂が最も評価され輝いていた。先生がご逝去される一年前のことであった。
晩年の先生の句は若い頃とは変り
絵蝋燭購つてゐる間のたびら雪 一穂
冬帽子眉まで下げて逆らはず 〃
水澄めり余生十指のうちあたり 〃
自己の内面を季語を介しながら探求し、人間の心の在り方、人間学ともいうべき文芸の本道を詠い上げていた。私の心に棲みついている一句は
歳晩や淋しい顔のてれつくてん 一穂
はじめ技巧の入った句とも思ったが、再々読しているうちに淋しい自分をもうひとりの自分が見つめているような「差し向いの淋しさ」という得体の知れない渇望と沈潜の如きものを五七五音でうまく搦めとっていて、「てれつくてん」が物悲しく胸に衝き上げてくる。
先生は世に受け入れられない自分の感受性や感覚に自分の居場所を与えたいという気持から俳句と対面するようになったと言う。だが作句をしてもこれで満足という心境からは程遠く、何時も足元の覚束なさに苛まれると、結局文芸というものは虚栄の産物であり、また或る意味では、「やせ我慢」なのかも知れないと語った。
古武士のような師の境地は深く遠く未だ理解出来ないでいるが、生きる目的、命の尊さを教えてくれる俳句の道へ導いていただいたことを心から感謝している。
音楽を降らしめよ夥しき蝶に 藤田湘子
雁ゆきてまた夕空をしたたらす 同
二十代半ばだった私は湘子師の冒頭句に出会い、新鮮で抒情溢れる作品に強く惹かれた。昭和四十八年頃のことである。母と共に藤沢の句会で初めて指導を受けた時の 師は、その句の印象とは少し違っていた。若くして馬酔木の新鋭俳人を率いて新人会を作った師の人間像をそこに垣間見ることができた。
今思うと、頑なまでの強い意思は敵も味方も多く、そのカリスマ的存在は、人の心を傷つけてしまうことがあったのかもしれない。繊細な感覚を持ちながら大きな野望を抱いていたことも事実ではなかったか。学生時代にT・S・エリオットの詩に魅せられていた私にとって当時の鷹の作風は心地良いものであった。句会では「風花や別の私のすれ違う」「花野いまつめたき炎かけめぐる」みゆき・・・といった今の鷹では通用しないような作品をとっていただけたのである。
入会当時、飯島晴子を筆頭に有能な俳人たちが綺羅星のように連なっていた。若い集団として活気に満ち、吟行等、互いに切磋琢磨したと思う。昭和四十九年十月、鷹十周年記念パーティを目前に母が逝去、私たち親子の句も鷹合同句集に掲載されたので当時編集長だった永島靖子さんが生前間に合うようにとまだ誰も手にしていない本を送って下さった。当時の鷹の温かい側面を目にした。
鷹に入会して三年目の昭和五十一年二月号で「冬の芹いくたびも鈴鳴らしけり」「着ぶくれの顔あつまりし鳥の家」みゆき 他三句により巻頭。五十三年に鷹同人に推薦された。ところがここから湘子の飴と鞭の指導が始まる。その厳しさ故、何度やめたくなった事か!「みゆきの句は甘い。今までと同じような句を作るな。しっかり物をよく見よ・・・」その頃、急成長をしていた東京の大手企業に通勤していた私にとって仕事と俳句の両立は困難極まりなかった。ある時、湘子師から「句集を出した方がよい」と言われ、昭和六十年五月に『楽章』を上梓。あえて辛口の序文にするからとの仰せのとおりのものだったが、塚本邦雄氏等二度にわたって毎日新聞に書評を書いてくださった。
湘子師は生前に語っていたことの中で、「自分より上手な句の作り手はたくさんいると思う。しかし、私は句作に関して弟子の句を育て実力をつけることに関しては自信がある・・・」長い年月の間、湘子師の容赦ない厳しさゆえ、多くの有能な俳人たちが鷹を去って行った。しかし、各々は今しっかりと主宰者として俳壇の中心的存在として羽ばたいている。
無季「死ぬ朝は野にあかがねの鐘鳴らむ」「億万年声は出さねど春の土」 「われのゐぬところどころに地虫出づ」「草川の水の音頭も春祭」湘子
湘子師の遺言により小川軽舟が主宰を継承し鷹は今、新主宰のもとで大きく育っている。
銀杏の黄があとからあとから零れて来る晩秋、高校生だった私は、その日はじめて俳人八幡城太郎に目見えた。青柳寺の住職でもあった城太郎師は、青春時代の紆余曲折の中で日野草城に師事、同門の小寺正三、伊丹三樹彦、土岐錬太郎、桂信子らと交流。昭和二十八年九月、草城第二句集名『青芝』をそのまま冠した俳誌を創刊する。
俳誌「青芝」の最大の特長は創刊号より表紙裏に「青芝友の會」の会員の名がABC順に並んでいたことである。安住敦・秋元不死男・岩佐東一郎・角川源義・川上澄生・眞鍋呉夫・那須辰造・高木蒼梧・田中冬二・津軽照子・八十島稔ら計四十三名、いずれも当時から文人墨客として名を馳せていた人達である。一年に一度原稿を貰えると有難いのだがとの呟きも遠い思い出となった。
庫裡の土間は四月末と言ってもひんやりと冷たい。その土間に大きい順に並べられた掘ったばかりの筍。筍句会も果て一日俳人たちは高点者から順番でお土産の筍を選ぶ権利があるのだが、最高点をとっても、家は家内と二人だから小さいのでよろしいとか、大きなのをぶら下げて帰りたいなど、「たけのこ句会」は長年前記の文人たちの楽しみの天皇誕生日であった。
たけのこ句会
芹摘んできて落日に手を洗ふ (昭和51)城太郎
木々芽吹くひとが見えねば歩をかへす(昭和54) 〃
昭和四十二年句集『念珠の手』を刊行。
「佛陀と共にあなたは粛々と歩んでいられる 法雨の道を 菩提樹の花ざかりの道を永劫の白のコスチュームで 田中冬二」
昭和十八年から四十年までの二九四句で、戦中、戦後の混乱からの立ち直りの中、病草城見舞をはじめとする旅は、人に会うために、そして人を迎える為にの人恋いの旅で、青柳寺は常に旅人の憩の宿ともなった。
昭和四十四年、不審火による本堂の炎上
四月二日、本堂炎上
焼け出され乞食柳に芽張られて 城太郎
火事以後のいつもねむたし罌粟坊主 〃
おたまじやくしうしろめたさのなほとれず 〃
昭和五十一年句集『まんだらげ』刊行。「十月廿九日本堂山門の落慶法要を厳修す。炎上以来三年有半、茲に完成を見たり。…略。三句」
夢托しきれざるものへ唇寒し
ひとに蹤きひとに蹤かるる稚児の秋
天童のいろあざやかに芋の秋
昭和六十年一月四日、当時私の勤務していた国立相模原病院にて遷化。享年七十二歳。
私の俳句のスタートは昭和十六年中学二年生の時であった。父(青陽・「馬醉木」一句組)を師に、母と兄(青旦子)と私の四人句会が炬燵に入り乍ら始まった。時に警戒警報のサイレンが鳴ると、電燈の笠に黒い布をかけ、明かりが外へ洩れないようにして句会を続行したりした。今考えれば呑気な戦時下であった。
こうした家内行事的な句作りが十五年間ほど続き、昭和三十一年、父のすすめで篠田悌二郎先生の「野火」に入会した。その頃会社では営業部に所属し、甲信越、北関東担当で週五日は出張、在京時は接待と忙しい日常で俳句から離れ勝ちであった。昭和四十年代は大阪支店勤務(七年間)があり、後半は本社勤務と環境が変わり、俳句不作期間になってしまった。
昭和五十一年、子会社への出向が決まり、一転して時間的余裕と行動上の自由の身となり、再び俳句への回帰路線に入った。「野火」の年一回の一泊吟行は福島、新潟、長野などが主で、それには必ず参加した。そうした際、悌二郎先生は「人事句より風景句の良さ」を主唱され、それは「野火」の主唱でもあった。私の脳中も風景句で満たされて行った。
ここに悌二郎先生の句を掲げると、
日のある梅うれひの梅も雲一朶
ささ鳴の後遙かより山の音
佐渡の方より一沫は渡り鳥
来てわれの一つ灯ふやす雪の谷
右の四句は全て吟行句で、細やかな感性の結晶である。そして句の底に流れる情感で裏打ちされている。先生の持ち味と言えよう。
「野火」の流れに戻ると、昭和五十年半ばに若手八名が選ばれて野火新人会が発足した。この会は一年という期限付きで、赤羽の先生のお宅で毎月一回行なわれた。全員嬉しくもあり真剣に取り組み、出句に対する先生の講評に聞き入った。中には福島から毎月参加の者も居た。
その新人会の一年が終り、会を共にした者を中心に、「火の会」を結成し、 阿部誠文が結社内同人誌『火』の発行者となった。会規の中に「会員は野火の次代を担う作家とする」と記した。こうした活気ある行動も他の高齢会員との反りが合わず、『火』は十年間に五十五号まで発行して終刊し、「火の会」も解散した。
今振り返ってみると、前述の一年間の野火新人会で、直接悌二郎先生の薫陶を受けたことが、今の私が存在する大きな起爆剤であったと心底から感謝している。
昭和二十一年の夏即ち終戦の翌年。往診の帰りの医師原田樹一に出合った。夏のこととて涼み台でボロンボロンと下手なギターを弾いていた私は、十七歳の旧制中学五年生。
「君、君ギターもいいけれど俳句作ってみない、身の廻りの出来ごとを季節の言葉を入れて五七五に纏めればいいのよ。明日こうゆう所で夜七時頃から句会をやるからよかったら来てみない。」と誘われた。早速頭をひねり始めた。「子等去りて一人大の字涼み台」の一句を持って句会に行った。
なんだ、じいさんばっかりじゃ、皆んな奇異な眼で私を見てなんだこの餓鬼は、という雰囲気。かの樹一先生は「よく来たね、こっちへ来なさい。」と招いてくれた。句会の中で「この句は正直でいいよ、涼み台の状景がよく表現されている。」と、ばかに褒めてくれる。十七歳は舞い上る。次の句会はいついつで場所はここだと教わると、もう待ち遠しくて仕方がない。そんなこんなで、いつの間にか俳句にのめり込んでしまったのである。
先生は近所では赤ひげ先生として知られていた。診療費の払えない患者さんからは取らなかったらしく、往診先で酒瓶があれば「その酒一杯くれればいいよ。」とコップ一杯の酒で済ませてしまったそうである。十七歳の私に酒を、それも薬局から持ってきたエチールアルコールを水で薄めて飲ませ、自分も一緒に飲んでわいわい騒ぐ本当に悪い?先生であった。
先生は真田病院の副院長だったので運転手付の車を使っていた。運転手さんも先生に感化されて句を作っていたらしい。ある句会で「夏痩せの妻包米粉抱えきし」という句が最高点になった。(ちなみに包米粉とは占領軍が放出した玉蜀黍粉のこと)運転手さんは点が入る度に「いたずらのつもりで出したのですが、すいません、すいません。」とペコペコと頭を下げる。例のじいさん達の白け振りは見事だった。愉快、愉快と喜んだのは先生と私だけ。その後、なぜか運転手さんは句を出さなくなった。
先生は山形県の鶴岡の出身である。昭和四十四年頃の五月の連休に最上川の舟下りに行こうということになった。泊る旅館はみんな親戚。先生は最上川舟唄のレコードを買ってきて、「流花この唄を覚えてこい、そして舟の上で唄ってくれ。」ということになった。私は毎晩ヨーエサノマカショ、エンヤコラマーカセと猛練習をした。
当日は五月雨ではなく五月晴であった。なぜか舟頭さんが芸者ワルツを歌い始めた。「流花!舟唄を唄ってくれ。」といわれて唄った。大喝采で他のお客さん達も喜んでくれた。変な顔をしていたのは舟頭さんだけ。今の様にまだ観光化されていなかったので舟も小さく三角波が恐かった。
最期に先生の人柄を偲ばせる一句を。
病よき人診て帰る夜の梅 樹一
高校三年の時、知人の紹介で句会に出席させていただく事になった。そこで、先師石川桂郎と初めて出会ったのである。当日の出席者は主宰の石川桂郎、神蔵器(現「風土」主宰)、手塚美佐(現「琅玕」主宰)、西川たがね、二本松輝久、鵜飼礼子といった方々で、その句会が「風土」生え抜きの主要同人の勉強会であった事は知る由もなかった。
若気の至りというか、世間知らずというか、自信を持って出句したものの惨憺たる結果であった。当然、互選にも入らず、師の句評も終わって、師が私の句を拾うように批評、添削してくださった。その夜、私は悔しさで寝られなかった。無論、選に入らなかったという悔しさではなく、己の句と同人の方々との句のレベル差を思い知らされたからである。今考えてみれば当たり前のことで、たかが高校生の分際で何が出来るか、である。
人づてに石川桂郎は短気で怖い人だと聞かされていたが、一度も怒られたことは無く、怒った姿なども見たことは無かった。寧ろ気配りの細やかな人という印象である。「峯人さんが結婚する時には俳句婚式をやりましょう」などと言われたが、恐縮するばかりであった。
鶴川の竹林の中にある通称七畳小屋(桂郎先生の一人住い兼編集室)に同年代の島谷征良や吉田木魂らと尋ね、編集の手伝い(?)、とは言っても素人の我々が出来ることは何も無くせいぜい小間使い。でも仕事の合間合間の師の話はとても面白かった。師の軽妙洒脱な文章は皆の知るところであるが、話術も文章以上である。特に波郷、三鬼の話は面白く、この紙面ではとても書けないような男同士の話は、何よりの思い出。師は生前、私は天国には行きたくない、なぜなら波郷や三鬼は到底天国には行けない、必ず地獄にいるはずで、波郷や三鬼のいない天国より地獄に行きたい、などと言っていた。
昭和四十九年十一月、食道癌と告げられ、コバルトを照射し続けたが病状は好転しなかった。
粕汁にあたたまりゆく命あり 桂郎
裏がへる亀思ふべし鳴けるなり 桂郎
二句目は翌年の作品。亀は裏返ってしまうと自力では起きられない。つまり、死を意味するわけで、まさに癌と告げられた石川桂郎の絶唱なのである。師は病床で、もう少し生きたいと言ったそうである。もう少し生きればもっと良い句ができると。昭和五十年十一月六日未明に永眠されました。
山本健吉の弔文に「波郷の『軽み』は、あるいは虚子にまで遡ることが出来そうだ。虚子ー青畝ー波郷ー桂郎とつづく、一つの『軽み』の系譜をたどることが出来る」と。これを聞いたとき私事のように嬉しかった。
「鶴」昭和四十一年八月号(第256号)入門号である。見開きの右に、石田波郷「水中花」と題して八句、左に石塚友二「白南風」と題し八句。
寝返りても胸のドラムや水中花 波郷
白南風や柳最も日を零し 友二
友二、連載の「日遣番匠」には「ところ雨」と題して〃…地を接しながら或るところには降り、別のところでは降らぬ雨。…人間を不幸にするだけの、ところ雨的な事象が、地球のあちらこちらに生起したり続いていたりすることは情けない。各地の戦争や核実験の如きも然り…。〃と。
(東京)青山で戦災にあい一週間ほど厄介になった宿舎の前で、責任者の安部能成の厚情に謝している。
師の横光利一は評し、「友二の飄逸な淡白さと共に、すべてが、忍苦、人に勝つことを目的としている俗情がない。残酷無残に人に負けることを願う。この非凡な心境こそ何ものよりも氏の恐るべき資質。」と。
この号に草間時彦は、「先生は挨拶句を即妙に成すが句帳にも留めず、個に執着せず作り捨てをしている。」と。
「鶴」の創刊は昭和十二年九月だが十・十一月は刊行されていない。担当者が不在となり、沙羅書店を営んでいた友二に半ば強引に委ねられ、十二月に第2号が発行された。爾来、しばしば三協印刷社長の侠気によって助けられ、時には生家を頼み「牛を売つて」発行に充てたとも。
波郷は昭和四十四年十一月に亡くなるが、初めから「鶴」を支えてきたのは友二である。
横浜に支部をと、小林康治に託し昭和四十五年八月に関内駅前の酒販会館にて横浜句会が始まり、平成二十四年四月、五百回を迎えた。「鶴」はこの年二月に八百号の記念号を刊行。畏友、鈴木しげをは、友二の句会での様子を語る。
「師は句座にちよこんと座り、句稿を左手に立てて見る。きりつと結んだ口、ときどき低い咳払い。選に入つた句は「うん、まあいいんじやない。」あとで選句帳をみんなで見ると、余白に、「今日は俳句らしきもの非ず。」など記してあり。ああ。
友二は大正十三年、叔父を頼りに横浜井土ヶ谷の濾水機工場(今もある)に住込むが文章を志す。戦前は東京、戦後は鎌倉を借間、借家を転々と。自称〃俳句に溺れて〃。
昭和五五年「神奈川文化賞」。祝賀句会の建長寺で、
瓢より駒が出たるよ茶立虫 友二
その建長寺を入って左手に昭和三十六年建立の句碑がある。
好日やわけても杉の空澄む日 友二
昭和六十一年二月八日横浜栄共済病院(現)にて七九歳で殁。「横浜」に来て去った。神奈川に縁の深い人であった。
六十年にわたる俳句作りに影響を受けたのは、俳誌「雲母」を主宰した飯田蛇笏・飯田龍太父子であります。
俳句との出会いは、愛媛松山出身の父「桑志」が、京城(現ソウル)に「雲母」の支社句会があり所属し、自宅が句会場の時勧められたのがはじまりです。昭和十七年の「雲母」に少年一志として掲載されています。
昭和二十六年二十歳の時、西嶋麥南・石原舟月・松村蒼石・松澤楸江等蛇笏の高弟が毎月横須賀に指導に来られていましたので、必然的に雲母横須賀支社に入り、蛇笏先生に師事することになりました。昭和三十七年十月逝去されるまでの十年。そして逝去後はその子息飯田龍太先生に、平成四年「雲母」終刊までの三十年間。合わせて四十年間「雲母」一途に精進しました。
俳句には師を選ぶということが、自らの方向を示すひとつの要素と考えていますが、私は蛇笏先生の選句の姿勢というものに絶対的なものを感じていました。
さて、蛇笏・龍太父子について西嶋麥南さんは、龍太句集『百戸の谺』の跋文において、蛇笏は端厳、龍太は端正といっています。まことに言い得て妙です。
蛇笏先生は多くの方に、謹厳実直といわれ、涙などは見せないと言われていました。「戦死報秋の日暮れて来たりけり」の句は、ご長男の戦死にかかわる句ですが、本当のところ一人部屋では涙しておられたそうです。
病で倒れられた後、ある日の句会で、龍太先生を頼むといわれた蛇笏先生の目に涙を見たことがあります。先生はまことに情の人であります。
西嶋麥南さんの還暦の祝賀をしたいということにも、まわりの人は無理だというのをあえてお願いをしたところ、若手の気持もすぐに受け入れていただきました。
山梨増富の吟行の際、句会の前に弟子の墓参りをされて参加され、心あたたかい師でありました。思い出すと涙が出ます。
龍太先生は、はじめは蛇笏を意識しておられるという思いがあったかと思いますが、独自な踏まえ処をもって自らの句を確立してゆかれました。蛇笏先生と同じく広い視野をもって俳句を見ておられました。
選句の確かさは、作者を勇気づけるとともに選評にとりあげられると、よろこびも大きかったことを思い出します。今日そうしたひたむきさや喜びを与えられる選者はなかなかいないものです。
そして、飯田龍太先生もまた気くばりのある方でありました。何回も山廬に伺いましたが、客を迎える姿勢は人によって変るということはありませんでした。
そうした処に惹れる飯田蛇笏・龍太父子であり、長く師として精進することが出来ましたのは喜びであります。
坊主頭の工業高校生が「人間味豊かな工業人」を目指せと云う校是に背中を押され、就職活動に心落ち着かぬ日々を送っていた昭和四十年の夏。気散じに親父の所属していた俳誌『あざみ』に初めて投句をしてみようと思い立った頃だった。
投句先は、川崎市塚越居住の編集長・乾鉄片子宛。
此の「テッペンシ」=「鉄の欠けら」と云ういささか人の意表を衝く、ユニークな俳号に少なからず興味を持たされた私は親父の本棚から古い『あざみ』を引っ張り出し、作品と人となりを追い掛けてみたりしたものだ。
工場風呂夕焼に毛穴までも染む 鉄片子
障子貼るや鉄削るやうにはゆかぬ 〃
風邪ひきし帰路起重機に頭を越され 〃
大寒の機械の臓腑あらためる 〃
野分どき掌に新しい切子傷 〃
「家業の工場を戦災で失い、戦後間もない昭和二十四年にいすゞ自動車に入社。二十六年河野南畦の『あざみ』に参加すべく意を決して旧号の(池田朱暈)を捨て、(乾鉄片子)に生まれ替わった」のだと後年上梓された処女句集『浮輪』の中で呟いているが、掲句、南畦が評する様に「自己の映像を忠実に、克明に描写しようとする姿勢、慈しみと温かみが凝縮」したその頃の作品だ。製造現場に身を置き、汗水流す職業意識旺盛な工業人の矜恃というべきものが窺えて、世間知らずの高校生にも何かグサリと来る大切なものを教えてくれた様な気がして嬉しくなったのである
さて、編集長と言えば主宰の次くらいに偉い人とあの頃は思っていた私だが「あざみ」内には南畦と「獺祭」時代からの兄弟弟子で巽巨詠子という創刊同人が既に存在していたから、南東を意味する「巽」の向こうを張って全く正反対の北西を指す「乾」を名乗ろうとするには余程の勇気を要したろうと思われるが、浅草生まれの血、江戸っ子の負けん気が騒いだのか、自分より古株の偉そうな存在には精一杯対抗する後発の心意気に、当の巨詠子自身が面白がって遇したと云うからお互い大正生れの好人物同士、不思議な出会いがそこにはあった。
子が入りて見まはす蚊帳の吊りはじめ 鉄片子
賜暇一と日懸けてぱらりと玉のれん 〃
見事な夏妻ただよはせて借り浮輪 〃
親子四人に海より青い浮輪ひとつ 〃
親交のあった平柳青旦子は鉄片子の人と作品を「山の手ではなく下町の庶民性の中にある」と評した。
家族を慈しみ、多面的で飄逸で、そして洒脱で豪快な数多くの作品を示してくれた。私の中では先達の中の先達として、指を折りたい一人である。 (文中敬称略)
この度、会報編集長伊藤眠さんから、「わが俳友を語る」の企画により、青木千秋について何か書いて欲しいとの依頼があった。弟の事なので何でも気軽に書けると思ったのだが、過去を振り返ってみても、弟については特に採りあげるような記憶がなさそうである。つまり、何事もなく穏健に過ごして来たという事であろうか、その弟も昨年十二月に七回忌を修した。歳月の流れの早さに驚くばかりである。
振り返ってみると、上京して一人住まいを始めたばかりの弟を、既に私が入会していた原田樹一主宰の「風鈴」を紹介、入会したのが昭和二十九年だった。私が中島斌雄主宰の「麦」と「風鈴」に在籍、二股をかけていたのに対し、弟は「風鈴」一筋に精進したのである。
昭和三十年、弟が結婚のため住まいを購入する事になった。既に私は三年前に自宅を購入(田舎の実父より資金調達)して棲んでいたので、近くを探したら、隣の東六郷に新築中の手頃な家があったので購入(弟も田舎の父より資金調達)。弟が近くに住むようになってから、三十五年に私が横浜へ転居するまでの間、楽しく行き来する事ができた。私が至って口下手で内気なのに比べ、弟は社交的で、嫌いな人もなく、誰からも好かれていたようである。至って愚鈍な私にも、一度も逆らった事が無かったし、兄として仕え、よく応えてくれたと思う。私が云うのも照れるが、優しい可愛い弟だったのである。
弟は勤めていた大田区の東京計器(株)が黒磯に移ったため、暫くの間通勤していて、その間、当地に於ける句会での収穫も大きかったようである。
創刊主宰原田樹一が、数年前頃から体調を崩され治療の処、五十七年に惜しくも逝去、遺言により青木千秋が後任主宰となった。その直後に弟から、主宰になったとの電話を受けたが、直ぐに「おめでとう」とは、どうしても言えず、「主宰は大変だよ、先輩もいる事だし断ったら」と言ってしまった。今になってあの時何故、「おめでとう」と喜んで上げなかったのかと悔やんでいる。
弟が主宰になってから何かと心配もしたが、会員も次第に増え、大会も盛会に催されるようになった。弟は、地方の支部句会にもよく出席して、遠い会員との繋がりを大事にしていたようである。時々電話すると、妻が出てきて「何処かの句会に、今出て行ったわよ」と、笑っていたのである。家に居る時でも、お茶を飲む時だけは妻の傍にいるが、直ぐに後姿を見せて何かを書き始めるという。パソコンなら楽だと思うが、手書きの方が好きだったようだ。
時々二人だけで呑みたくなるらしく、盃を重ねる事もあった。そんな時、「風鈴」の事について批判めいた事を私が云っても、弟は只「うん、うん」と頷くだけであった。特に俳句を語るでもなく、お互い心を温め合うだけでも充分満足だったようである。
珍しく酔いし影かな盆の月 千秋
弟が亡くなる前に家族で喜寿のお祝いをしたと云って写真を見せてくれたが、幸せそうで何よりだった。
清崎敏郎氏と私は師弟の関係ではない。私が慶應義塾大学の国際センターの専任講師で、清崎敏郎氏が慶應高校教諭であったとき、共に文学部の兼任講師になった。それ以来、清崎氏と親しくなったのである。
こういう関係だから、清崎氏は私を対等扱いして、大輪さんと、さん付けで呼んでくださっていた。しかし、大先輩であるから私の方は清崎先生と呼んでいた。というのも、清崎門下に私の親しい人が多く、彼らが皆、心からの敬意を込めて清崎先生と言っていたからである。
当時の清崎門下には、鈴木貞雄(現・『若葉』主宰)、伊東肇(現・『若葉』編集長)、行方克己(現・『知音』代表)、西村和子(現・『知音』代表)、本井英(現・『夏潮』主宰)、三村純也(現・『山茶花』主宰)などがいて、皆、私の親しい友人であった。そんな関係で自ずと清崎氏と飲む機会なども増え、そのうちに、清崎氏から『若葉』に何か書いてくれと依頼されるようになった。『俳句に生かす至言』・『花鳥諷詠の論』など、後に本となった私の原稿のかなりが『若葉』に載ったものである。
清崎氏は、高浜虚子門下として、富安風生門下として客観写生ということを大切にしていたから、その作風は地味だが、描写力は極めて的確である。
目に止る速さに滝の落ちにけり
まさしく滝は目で追うことができる速さで落ちるのだ。清崎氏の句は既存の概念で対象を捉えるのではなく、発見により対象そのものを正確に描写しているのだ。
うすうすとしかもさだかに天の川
一茎の危く支へチューリップ
一握りとはこれほどのつくしんぼ
こうした句を見ると、清崎氏の対象を捉える独自の目というものが感じられる。既成の概念で捉えることはせず、自分の目で感じ得たことで対象を把握しているのだ。
したがって、こういう目で描き出された光景も見事だ。
前山に日の当り来て時雨けり
発電所雷雨の中に灯点れり
山門を掘り出してある深雪かな
蹤いてくるその足音も落葉踏む
私は清崎氏から俳句の指導を受けたり、句会を共にする機会は持たなかったが、酒を飲みながら俳句論を交わすことはよくあった。いま思えばこれは貴重な体験で、研究者であった私が俳句にのめり込む原因でもあった。
また、清崎氏は、大島民郎、楠本憲吉、宮脇白夜などと共に慶應出身の俳人の組織である「慶大俳句丘の会」を組織して、その初代会長となった。私は今、その会の第四代会長である。いろいろと清崎氏とは繋がりが深い。
私がはじめて河野南畦先生のお宅を訪ねたのは、私が十八歳になったばかりの五月初旬だった。このとき先生が大正二年五月二日生まれ、私は昭和二十三年五月二日生まれでともに《八十八夜》に生を享けたことを知った。 そこに何か因縁めいたものを感じたものだ。南畦居のある横浜市港北区大倉山は当時まだ田園のなかにあって、その匂うが如き春の闇に蛙の声のみが喧しかった。私はかしこまって先生の温和な目元だけを見つめていた。
田蛙の囃すよ我が師と決めしより 元夫
五月二日師弟溶け合ふ誕生日 〃
思えばこの日、私は「河野南畦」を生涯唯一の師と決めたのだ。
先生は大学に入ったばかりの私に向かって、君は学校を出たら立派な社会人となり、いい家庭を築きなさい、と言われた。なぜか俳句の話は出なかった。そのことを鮮明に覚えている。のちに「都会派」と称された先生自身、大手都市銀行に勤め、マイホームと家族を大切にされ、スマートな手法で有為な弟子たちを結社内に育てた。私はときに「サラリーマン俳人」の先輩として、その処世を有意義に活用させて頂いた。また一方で先生は過去に横浜俳話会の設立に尽力するなど、なにより《横浜》が似合う俳人でもあった。野毛や伊勢佐木町での粋な飲み方を熟知されてもいた。
ゲーテ座の昔冬木が風呼んで 南畦(昭50)
秋風や鳥の眼にある異人墓地 〃 (昭51)
ソ連船荷役荒ら語に雲炎えし 〃 (昭52)
これらの作句工房の意識下には古沢太穂氏や秋元不死男氏ら、ともに横浜の街を愛し、横浜俳話会を盛り上げた郷土作家たちへの親愛の情や、ときに遠眼差しや、また或るときには意地さえ見せた。
ところで…
誕生日この一日の薔薇を買ふ 南畦
昭和四十一年の作。痩身で寒がりの先生にとって五月は一年のうちで最も好きな季節だったようだ。そのせいか自祝の《誕生日俳句》も数々作っている。「生在ることを確かめた歓びに浸る一日でもある」(南畦著/随筆集『朝雲夕雲』)とも書いている。私は先生の薔薇好きをよく知っていたから、誕生日のたびに赤い薔薇の花束を持って私邸へお祝いに行った。男同士で花のプレゼントなんておかしいとも思ったが、それはまた私自身のバースデイへの楽しみ方でもあった。
八十八夜南畦生を享けし夜 元夫
平成二十一年八月号の「あざみ」で子息の河野薫主宰が雑詠巻頭に採ってくれた一句だ。